(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月22日16時30分
長崎県五島列島中通島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船神洲丸 |
総トン数 |
6.6トン |
登録長 |
11.98メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
308キロワット |
3 事実の経過
神洲丸は、昭和57年8月に進水したFRP製漁船で、主機が損傷して処分されようとしていたところ、平成14年11月にA受審人が譲り受けたうえ、それまで同人が使用していた所有船(以下「初代神洲丸」という。)から主機及び逆転減速機を取り外して据え付け、佐賀県星賀港を定係地に一本釣り漁業に従事していた。
主機は、B社製のMGN133X型逆転減速機(以下「逆転機」という。)と組み合わせてあり、平成3年に製造されてまき網漁業に従事する漁船に搭載され、約6,000時間運転されたのち、平成8年にA受審人が同逆転機とともに一体で購入し、初代神洲丸に据え付けられた来歴を有していた。
逆転機は、入力歯車と前進子歯車を組み合わせた前進軸、入力歯車で反対方向に回転させられる従動歯車と後進子歯車を組み合わせた後進軸及び両子歯車と噛み合う減速大歯車が固定された出力軸で構成され、前後進軸に備えられた油圧湿式多板クラッチにはそれぞれ交互に組み込まれた摩擦板9枚とスチール板8枚からなるクラッチ板が内蔵されていた。
逆転機の潤滑油系統は、ケーシング底部の油だめからこし器を経て直結潤滑油ポンプにより吸引された潤滑油が、作動油圧力調整弁で約25キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧されたうえ、前後進切替弁を介して前後進軸いずれかのクラッチに供給されてクラッチ板を圧着するほか、一部が潤滑油圧力調整弁で約3キロに減圧されてクラッチ摺動部、歯車、軸受等各部に供給されるようになっていたが、同系統には圧力計や警報装置は備えられていなかった。
A受審人(一級小型船舶操縦士 昭和52年7月免許取得)は、内航貨物船に40年近く乗り組んで船長で定年を迎えたのち、平成8年に初代神洲丸を手に入れ、以来、同14年に神洲丸に乗り替えてからも月に1ないし2度ばかり気が向いたときに出漁していたもので、たまに五島列島周辺まで出掛けることもあったが、ほとんど星賀港から1時間程度の周辺漁場で操業していたので、主機の使用時間は年間50時間ばかりであった。
このことから、A受審人は、主機及び逆転機について、整備来歴不詳のまま初代神洲丸に据え付けたときを含め、一度も開放整備を行っておらず、両機の潤滑油を年に一度新替えしていたが、同油があまり汚れていなかったので、こし器の掃除もほとんど行わず、逆転機ケーシング後面の左舷側下方に組み込まれた潤滑油こし器に至っては、後進軸々受の陰になっていたこともあって、取付場所も知らなかった。
神洲丸は、平成15年8月と9月に続けて2度、航行中にプロペラに漁網を絡ませ、過大なトルクがかかったことから前進軸クラッチ板に滑りが生じ、摩耗粉が潤滑油こし器を目詰まりさせ、作動油圧とともにクラッチ板の圧着力が徐々に低下し始めた。
A受審人は、プロペラに漁網を絡ませた事故のあと、逆転機を前進操作するとき利きが遅くなったことに気付いたが、クラッチ板が摩耗してこし器を目詰まりさせていることに思い至らず、そのうち元に戻るものと思い、取付場所を調べてこし器を掃除することなく、逆転機の操作を繰り返していた。
こうして、神洲丸は、A受審人が1人で乗り組み、祝い事の鯛を釣る目的で、同15年10月21日05時00分星賀港を発し、長崎県五島列島中通島東方沖合の相ノ島周辺で08時30分ころから夕方まで操業したのち、中通島の鯛ノ浦漁港で一泊したうえ、翌22日も早朝から夕方まで同じ漁場で操業し、鯛10匹を得て操業を切り上げ、星賀港に帰航しようと主機を始動して逆転機を前進に操作したところ、潤滑油こし器が目詰まりして作動油圧が十分に上がらず、16時30分鯛之浦港寒古島灯台から真方位150度2.2海里の地点において逆転機が作動しなくなった。
当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、海上には白波があった。
神洲丸は、救助を要請し、来援した漁船に曳航されて長崎県浜串漁港に引き付けられた。のち、修理業者の手により、逆転機が開放され、潤滑油こし器が閉塞して前後進クラッチ板がともに焼損していることが判明し、損傷部品を全て新替えして修理された。
(原因)
本件機関損傷は、逆転機の運転管理にあたり、航行中プロペラに漁網を絡ませた事故のあと逆転機前進操作の利きが悪くなったことを認めた際、潤滑油こし器の掃除が不十分で、同こし器が目詰まりするまま逆転機の操作が繰り返されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、逆転機の運転管理にあたり、航行中プロペラに漁網を絡ませた事故のあと逆転機前進操作の利きが悪くなったことを認めた場合、クラッチ板が摩耗して潤滑油こし器を目詰まりさせているおそれがあったから、目詰まりが進行して作動油圧が更に低下することのないよう、速やかに潤滑油こし器を掃除すべき注意義務があった。ところが、同人は、そのうち元に戻るものと思い、速やかに潤滑油こし器を掃除しなかった職務上の過失により、同こし器の目詰まりが進行して作動油圧が更に低下し、クラッチ板を焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。