(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月5日11時10分
響灘蓋井島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第八栄吉 |
総トン数 |
1,451トン |
全長 |
86.56メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分215 |
3 事実の経過
第八栄吉(以下「栄吉」という。)は、平成8年に進水した鋼製の貨物船兼砂利採取運搬船で、水中サンドポンプ装置、砂採取油圧装置及びバケットクレーンなどを設け、航行区域を限定沿海区域とし、主機として、B社製の6M38GT型と称するディーゼル機関を備えていた。
主機の潤滑油系統は、サンプタンクに保有の潤滑油が、32メッシュの複式一次こし器(以下「一次こし器」という。)を通して機関直結の潤滑油ポンプで吸引加圧され、潤滑油冷却器を経て50ミクロンの二次こし器に至り、二次こし器で同油に混入したカーボンやスラッジなどの夾雑物が捕捉されたのち、機関内部及び過給機に導かれ、各部の潤滑及び冷却作用を終えてサンプタンクに戻るようになっていた。そして同系統には、潤滑油冷却器と機関入口との間に潤滑油圧力を調整する手動の圧力調整弁が取り付けられ、同圧力が2.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に低下すれば警報を、更に1.5キロまで低下すれば機関が自動停止するようになっていた。
また同系統には、サンプタンクから吸引されて直接同タンクに戻る側流清浄装置が設けられており、同装置は、中速の遠心分離機、CJCフィルタ及びポンプや加熱器をユニット化したもので、年間の運転時間が約3,200時間に及ぶ主機の運転に併せ、航行中に稼働使用されていた。
潤滑油の二次こし器は、ステンレス製ノッチワイヤのエレメントを備えた自動逆洗式こし器(以下「こし器」という。)で、逆洗開始の要件を満たせば、エレメントを回転させながら洗浄用電磁弁を開き、同弁の下流側に取り付けたオリフィスによって適正な差圧を維持しながら潤滑油を一部のエレメントに逆流させ、エレメントの表面に捕捉された夾雑物を分離し、洗浄に利用した潤滑油とともにスラッジコレクタ(以下「コレクタ」という。)に排出するものであった。
こし器は、通常の運転において入口側と出口側の圧力差(以下「差圧」という。)が0.3ないし0.5キロで、エレメントの目詰まりなどによって差圧が0.5ないし0.6キロに拡大すれば自動的に逆洗を開始し、逆洗による洗浄が不十分でなおも差圧が拡大するようであれば、0.7ないし0.8キロの差圧で警報を発することとなっており、圧力スイッチなどを備えたゲージボード及びこし器の作動を制御する制御盤とも接続配管され、更に同盤の電源が喪失しても手動のハンドルでエレメントを回転させることができるようになっていた。
ゲージボード及び制御盤には、電源スイッチ及び必要に応じて随時逆洗を行うための押しボタンのほか、差圧が大きくなくても一定時間毎に逆洗を行わせるタイマー、出入口側それぞれの圧力を示す双針計、逆洗の累積回数を示すカウンター及び逆洗中であることを示す緑色表示灯などがあり、これら計器の作動及び表示を総合判断することで、こし器の作動確認やエレメントの夾雑物捕捉状況及び油中の夾雑物多少による潤滑油の汚損程度などを把握することができるものであった。
コレクタは、こし器の付属品として備え付けられたもので、内部に130メッシュの金網を設け、こし器から排出された逆洗油と夾雑物が流入し、同油をクランク室に還流させるとともに夾雑物を蓄積していることから、定期的に開放して夾雑物の量や物性を点検し、同時に内部の掃除を行う必要があった。
ところで、こし器は、修理の際などに備えて同じ管径のバイパス経路が設けられており、バイパス弁を開けた場合には、こし器の差圧がなくなるので、差圧を感知して作動する自動逆洗は実行されず、逆洗は、押しボタンスイッチによる随時洗浄もしくはタイマーによる定期洗浄のみとなり、これらの洗浄が行われなければ、本来捕捉されるべき潤滑油中の夾雑物が機関内部に到達することから、常時こし器側を通油状態とし、差圧変化の推移、一定期間あたりの自動逆洗の回数、逆洗による差圧縮小の模様、エレメントの作動及びコレクタの内部など、それぞれの状況が的確に把握されていなければならなかった。
A受審人は、新造時から機関長として乗船し、機関全体の保守及び運転の管理に携わっていたところ、就航後しばらくして、こし器の差圧が大きくなったまま上部蓋の駆動軸シール部から潤滑油が漏洩することを認めたものの、このとき、こし器のろ過機能が正常に作動していないおそれがあったが、バイパス弁を開けたところ、差圧が縮小して漏洩もなくなったことから、同弁を開けたままの状態としていても支障はないだろうと思い、取扱説明書を読むなり製造者に問い合わせるなどして、こし器の機能を十分に認識することなく、その後も同弁を開けたまま主機の運転を続けた。
こうして、こし器は、電磁弁の下流側に取り付けたオリフィスが詰まって夾雑物がコレクタに排出しなくなり、主機の潤滑油は、系統通油量のほぼ全量がバイパス経路を流れ、こし器を経由しないまま機関への供給が続き、油中の夾雑物などが捕捉されず、不純物の量が徐々に増加する状況となった。
栄吉は、平成12年の定期検査工事において、主機全シリンダの主軸受及びクランクピン軸受の両軸受メタルを新替し、その後平成14年9月乗揚事故で損傷した船体を修理するため造船所に入渠し、外板切替作業で主機潤滑油サンプタンクの底鋼板を切り取り、主機については、船体重量軽減のために全シリンダのピストン抽出やシリンダヘッドなどを開放して陸に揚げ、同抽出に伴って全シリンダのクランクピン軸受の開放及び同軸受のメタル点検を行って異状のないことを確認した。
そして栄吉は、出渠間近となった翌10月3日サンプタンク内部を掃除点検して新油4キロリットルを張り込み、潤滑油系統のフラッシングは実施しなかったものの、予備電動潤滑油ポンプの一次こし器を数回開放掃除し、機関の据え付け及び心出しを終えて水通しや油通しを経たのち、同日夕刻係留運転を行った。
翌4日朝、栄吉は、A受審人ほか6人が乗り組み、前日に引き続き係留運転を行い、その後海上試運転も終了し、同日13時50分造船所からの発航に備えて主機を運転し、同人が潤滑油圧力が正常であることを確認したのち、14時50分造船所を発し、山口県仙崎港に向かった。
こうして栄吉は、翌5日02時40分同県六連島の西方沖合に至り、目的地である仙崎港入航の時間調整のために同沖合に錨泊して主機を停止し、同日09時25分主機を再始動後、同時30分揚錨ののち航行を再開したが、主機の潤滑油を全量新替したことによって、同油が、クランク室内壁などに付着していたカーボンやスラッジを洗い落とし、それらを同油中に混入させ、多量の夾雑物を含んで汚損が急速に進行したものの、依然こし器が機能しないまま夾雑物を多量に含んだ状態で直接機関に到達することとなり、主機の回転数を毎分225に定め13.0ノットの速力で同港に向け航行中、機関内部の回転部及びしゅう動面の潤滑が著しく不良となり、11時10分蓋井島灯台から真方位038度2.7海里の地点において、主機が各軸受のメタルなどを焼損して異音及び発煙を生じ始めた。
当時、天候は晴で風力1の東風が吹き、海上は穏やかであった。
その結果、栄吉は、航行を中止して前日まで入渠していた造船所に引き付けられ、主機潤滑油系統の一次こし器に大量の金属粉の付着が認められ、のち、主機は、焼損した主軸受やクランクピン軸受の各メタル、ピストン、シリンダライナ、亀裂などを生じていたシリンダブロック及びクランク軸並びに連接棒をそれぞれ新替し、こし器のエレメントを陸揚げして超音波洗浄を施した。
(原因の考察)
本件は、主機の全シリンダにおいて主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルに焼損を、一部シリンダのピストン及びシリンダライナ並びに連接棒それぞれに損傷を、クランク軸に亀裂を、シリンダブロックに損傷を生じたもので、そのような損傷を及ぼす原因としては、過速度や危険回転数範囲での異常な運転状態、軸受メタル等部品の経年劣化、軸受回転部及びしゅう動面等への潤滑油の供給不足、同油の汚損による潤滑不良などが考えられるので、これらのことを考察する。