(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年3月24日02時00分
石川県舳倉島北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三正栄丸 |
総トン数 |
36トン |
全長 |
26.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
250キロワット |
回転数 |
毎分1,080 |
3 事実の経過
第三正栄丸(以下「正栄丸」という。)は、平成8年7月に進水し、毎年8月の休漁期を除き、石川県舳倉島周辺の漁場での沖合底びき網漁業に従事する全通一層甲板型のFRP製漁船で、A受審人ほか5人が乗り組み、船首2.2メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、操業の目的で、平成15年3月22日23時00分同島北西方15海里沖合の漁場に向け石川県福浦港(ふくらこう)を発した。
主機は、平成8年5月B社が製造した、6NSDL-M型と呼称する4サイクル機関で、常用回転数を毎分1,100とし、逆転減速機、中間軸及び推進軸を介して推進器に動力を伝達するようになっていたほか、その船首側に設置された漁労用油圧ポンプ3台及び発電機1台の動力としても使用され、運転時間が月間約500時間であった。
逆転減速機は、主機とほぼ同時期にC社が製造した、MGA86DL-1型と呼称する歯車式で、主機後端のはずみ車に弾性継手を介して接続された駆動軸、同軸上の後進小歯車、同軸に組み込まれた歯車によって駆動される小歯車を備えた1速及び2速用の各前進被動軸及び大歯車が装着された推力軸からなる動力伝達軸系を有し、ケーシング上部には、点検口が設けられていたので、各軸を開放することなく歯車の目視点検を行えるようになっていた。そして、駆動軸及び各前進被動軸には、油圧式多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)1組ずつが組み込まれ、前後進切替弁を経て供給される潤滑油(以下「作動油」という。)圧力により、それぞれの嵌脱の制御が行われるようになっていた。
前記軸系の各軸は、動力の伝達に伴って発生する推力を受ける目的で、それぞれ両端がケーシングに組み込まれた円すいころ軸受によって支持されており、それらのうち、駆動軸後部は、船尾方に向かって、同軸受が組み込まれたエンドカバー、スペーサー及び前後進切替弁の順に貫通し、後端に駆動スリーブを介して歯車式潤滑油ポンプ(以下「直結潤滑油ポンプ」という。)が連結されていた。
逆転減速機の潤滑油系統は、ケーシング底部に溜められた約17リットルの潤滑油が、こし器を経て直結潤滑油ポンプによって吸引・加圧され、潤滑油冷却器を経て約22キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧されて前後進切替弁に至る作動油系統、及び3.5キロに調圧されてクラッチ板、歯車及び円すいころ軸受に至る潤滑系統からなっており、潤滑系統の油圧が0.4キロまで低下すると、機関室及び操舵室で作動する警報装置が備えられ、1年毎に同油全量が新替えされていたほか、3ないし4箇月毎にこし器の開放掃除が行われていた。
ところで、クラッチは、出入港時のほか、操業中においても嵌脱操作が頻繁に行われ、投網中など特に推力軸に大きなトルクを必要とされる場合に操舵室で嵌入操作が行われると、駆動軸などの動力伝達軸系の円すいころ軸受にも瞬間的に過大な推力がかかることから、クラッチや歯車などに大きな衝撃音が生じ、同室においてそのことを明瞭に識別できる状況で操縦が繰り返されていた。
逆転減速機は、平成12年6月専門業者により、就航以来初めての開放・整備が行われ、次回開放時期を同16年8月に予定されていたところ、その後、前記状況で運転が繰り返されているうち、いつしか、エンドカバーのほぼ対角線上で相対する2箇所のスペーサー取付ボルト穴部付近に亀裂が生じたが、スペーサーに隠れた同部を外部から目視できなかったため、このことに気付かれず、亀裂が進行して駆動軸後部円すいころ軸受の外輪と同カバーとの嵌合があまくなったことにより、同軸の軸心が振れ回り、同軸受及び歯あたりが異常となった各歯車の摩耗が進行する状況となった。
平成14年12月A受審人は、逆転減速機の潤滑油こし器を開放したところ、内部に微量の金属粉があるのを認めたが、漁の最盛期であったことから、運転を続けることを余儀なくされたので、現状での長期間の運転に不安を抱き、前記次回開放予定時期を1年繰り上げて翌15年8月の休漁期に変更することとした。
平成15年2月上旬A受審人は、逆転減速機の運転音及び振動が増大していることを不審に感じて再び潤滑油こし器を開放し、潤滑油が著しく汚損したうえ、内部に多量の金属粉が混入していることを認めた際、約2箇月前の前記開放時と比べ明らかに悪化した状態であり、異常な歯あたり状態となった歯車などの動作部品に異常摩耗が生じていることがわかる状況であったが、6箇月先の休漁期に予定していた次回開放予定時期までは支障なく運転できるものと思い、点検口を開放して内部を目視するなど、歯面の摩耗状況について速やかに点検を行わなかった。
こうして、3月23日07時30分正栄丸は、前記漁場に至り、投網、曳網及び揚網を各5回繰り返して操業を行ったのち、翌24日01時00分主機を回転数毎分1,100の全速力前進で運転し、漁場を移動していたところ、02時00分舳倉島灯台から真方位327度13.1海里の地点において、潤滑油こし器が金属粉などの異物で閉塞したことにより、同油圧が著しく低下して各部の潤滑が阻害される状況となり、前部甲板上で投網の準備作業中であったA受審人が、操舵室内の低圧警報装置の作動を知り、急ぎ機関室に向かっている途中で歯車などに焼き付きを生じた逆転減速機が大音響を発して停止した。
当時、天候は曇で風力3の南南東風が吹き、海上には白波が立っていた。
正栄丸は、主機に損傷が生じていなかったものの、A受審人が、逆転減速機の点検口を開放し、内部を目視点検した結果、各軸の歯車などに焼損が認められたので、続航を断念し、来援した僚船によって福浦港に引き付けられたのち、エンドカバー、各歯車及び円すいころ軸受等の損傷部品を新替えするなどの修理が行われた。
(原因)
本件機関損傷は、歯車式逆転減速機の保守管理にあたり、運転中の音及び振動が顕著となり、また、潤滑油中に金属粉が混入する状況となった際、歯面の摩耗状況の点検が不十分で、異常な歯あたり状態であることが気付かれず、駆動軸の軸心が振れ回る状態のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、歯車式逆転減速機の保守管理にあたり、ケーシングエンドカバーの駆動軸後部軸受支持部に亀裂が生じ、同軸の軸心が断続的に偏位して運転中の音及び振動が顕著となり、また、潤滑油中に金属粉が混入する状況となった場合、歯あたり状態の異常の有無を判断できるよう、ケーシング上部に設けられた点検口を開放して内部を目視するなど、歯面の摩耗状況の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、6箇月先の休漁期に予定していた次回開放時期までは支障なく運転できるものと思い、歯面の摩耗状況の点検を行わなかった職務上の過失により、前進及び後進小歯車などの歯面に異常摩耗が生じていることに気付かず、同軸が振れ回る状況のまま運転を続け、多量の金属粉などを潤滑油に混入させて潤滑阻害を招き、駆動軸及び被動軸に組み込まれた各歯車を焼損させ、運転を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。