(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年3月17日03時00分
静岡県御前埼南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船佐吉丸 |
総トン数 |
149トン |
全長 |
41.20メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
853キロワット |
回転数 |
毎分560 |
3 事実の経過
佐吉丸は、平成9年3月に進水した、かつお一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてA社(旧社名E社)が製造した機関型式名6N280-EN2と呼称する機関番号FZR0499のディーゼル機関を装備し、主機の架構船尾側上部に過給機が付設され、各シリンダに船尾側から順番号が付されていた。
主機のシリンダヘッドは、船首方に排気弁及び船尾方に吸気弁がそれぞれ2個ずつ組み込まれた4弁式で、いずれも耐熱鋼製きのこ弁の排気弁及び吸気弁が動弁装置により駆動され、両者の弁角度がそれぞれ90度及び120度になっていた。
また、主機の過給機は、F社製造のNR24/R型と呼称される排気ガスタービン過給機で、タービン翼とブロワ翼とを結合したロータ軸の中央部が浮動スリーブ式軸受で支えられており、排気がタービン翼の外周側のノズルリングから半径方向に流入していた。
ところで、主機の球状黒鉛鋳鉄製一体型のピストンは、汎用ピストンと称する、外径280ミリメートル(以下「ミリ」という。)、ピストンピンボス中心からピストン頂部までが213ミリのもので、バルブリセスが設けられていなかった。そして、機関型式名6N280機関には、ショートストローク用ピストンと称する、ピストンピンボス中心からピストン頂部までが汎用ピストンのそれより7ミリ長く、バルブリセスが設けられた、同ピストンと互換性のないものがあった。
指定海難関係人Aは、旧Aの名称が変更(同16年6月)されていて、旧A当時からB責任者が課長に就き、機関製造業者の品質保証業務部門として販売会社に対する支援等にあたり、平素、品質保証関連工事用部品を受注した際には、発注側作成書類に記載された部品名、機関型式名及び機関番号等を機関出荷来歴表と照合していたが、急を要するときは電話連絡による受注に応じて特別扱いで手配していた。
佐吉丸は、小笠原群島付近の漁場で操業を終えて千葉県勝浦港に向け、同群島父島東方沖合を航行していたところ、同14年3月11日主機の3番シリンダの過負荷に起因してピストンやシリンダヘッド等が損傷したため、越えて14日同港に入港した後、機関製造業者側による損傷箇所の調査及び修理が行われることとなった。
Aは、東京支社駐在課長が佐吉丸に赴き、工場における主機のピストン全数に対する調査が必要と認め、同月15日昼過ぎB責任者との電話連絡により機関番号を省いて同ピストンを発注したが、これを受注した際、同番号の確認を十分に行うことなく、機関出荷来歴表と照合のうえ汎用ピストンを指定しないまま、特別扱いで手配し、兵庫県尼崎市の工場からショートストローク用ピストン6個を納入することにした。
C指定海難関係人は、Dに所属する技術者で、同社が販売した機関型式名6N280機関等の整備を多数経験しており、特約店職員を指揮して佐吉丸の主機の修理作業にあたり、同月16日00時30分納入されたピストン6個にバルブリセスが設けられていて、既に取り外したピストンの形状と異なることに気付いたが、ピストンピンボス中心からピストン頂部までの計測値を比較するなど、納入されたピストンの形状の確認を十分に行わなかったので、これが適合しないことに気付かないまま、同ピストンを組み込んだ後、3番シリンダのシリンダヘッドを新替えして復旧を終え、15時20分試運転開始前に手動でターニングを実施したものの、同職員から異状ある旨の報告を受けなかった。
その後、C指定海難関係人は、1時間ばかり佐吉丸の主機の試運転に立ち会っていたところ、各シリンダのピストン頂部と排気弁及び吸気弁とが接触し続けたことから、平素と異なる運転音になったが、同音に気付かず、これを聞いた機関長が特約店職員に指摘したものの、同職員が燃焼最高圧力を計測して異状ないことから、特に報告を受けなかった。
こうして、佐吉丸は、機関長ほか18人が乗り組み、回航の目的で、同日16時20分勝浦港を発して三重県和具漁港に向け、主機の回転数毎分430にかけて航行中、ピストン頂部と排気弁及び吸気弁とが接触し続けているうち、排気弁は吸気弁と比べて弁角度が狭いことから衝撃力が緩和されないまま、クランク配置によりピストンの上昇行程で慣性モーメントとクランク軸中央部のたわみ等の影響を最も受ける3番シリンダの同弁弁棒の弁傘付け根部に繰返し曲げ応力が集中し、翌17日03時00分御前埼灯台から真方位237度27.3海里の地点において、疲労破壊により燃焼室に落下した弁傘破片が同頂部とシリンダヘッドとの間で挟撃され、ピストン、シリンダヘッド及びシリンダライナ等が損傷した。
当時、天候は晴で風力2の北北東風が吹き、海上は穏やかであった。
佐吉丸は、機関室当直者が主機の異状に気付いて停止操作を行い、機関長がクランク室を点検したところ、シリンダライナの損傷による冷却清水の漏洩を認め、運転不能と判断してその旨を船長に報告し、海上保安部に救助を求め、来援した巡視船等により三重県鳥羽港に曳航された後、主機が精査された結果、前示損傷のほか、ピストン頂部等の破片の侵入による過給機のノズルリング、タービン翼及びロータ軸等の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
また、本件後、Aは、主機の部品を受注した際には機関番号の確認の徹底を図る改善措置をとった。C指定海難関係人は、主機の修理作業にあたる際には納入された部品を十分に確認して再発防止に努めることにした。
(原因)
本件機関損傷は、機関製造業者の品質保証業務部門が、主機のピストンを受注した際、機関番号の確認が不十分で、適合しないピストンが納入されたこと、及び機関販売会社の技術者が、修理作業にあたり、納入されたピストンの形状の確認が不十分で、適合しないピストンが組み込まれたことから、航行中、ピストン頂部と接触し続けた排気弁弁棒に繰返し曲げ応力が集中し、疲労破壊により燃焼室に落下した弁傘破片が同頂部とシリンダヘッドとの間で挟撃されたことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
Aが、主機のピストンを受注した際、機関番号の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
Aに対しては、本件後、主機の部品を受注した際には機関番号の確認の徹底を図る改善措置をとった点に徴し、勧告しない。
C指定海難関係人が、主機の修理作業にあたり、納入されたピストンの形状の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、本件後、主機の修理作業にあたる際には納入された部品を十分に確認して再発防止に努めることにした点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。