(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年3月6日02時00分
鳥取県鳥取港北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船海王丸 |
総トン数 |
54トン |
全長 |
30.98メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
279キロワット |
回転数 |
毎分655 |
3 事実の経過
海王丸は、昭和56年7月に進水した、沖合底引き網漁に従事するFRP製漁船で、主機としてB社が製造したT210-T2形と呼称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、鋳鉄製台板の主軸受台にクランク軸を据え、台板上に同製シリンダブロックを載せてクランク室を形成し、同ブロックに内径210ミリメートル(以下「ミリ」という。)のシリンダライナを直列配置で挿入し、各シリンダライナにピストン仕組を挿入してクランク軸と連接させ、シリンダには船首側から順に番号が付されていた。また、就航後、シリンダライナ、ピストン仕組が220ミリのものに取り替えられていたところ、平成9年の定期検査に際してT220-T2形として出力表示とともに承認された。
主機の潤滑油系統は、直結潤滑油ポンプ又は電動の潤滑油ポンプがクランク室下部の油溜まりの潤滑油を汲み上げ、150メッシュ相当のノッチワイヤ形式のこし器と冷却器を経て主軸受、カム軸装置、伝動歯車等に送り込み、各部を潤滑するほか、主軸受からクランク軸を貫通した油穴、クランクピン軸受、更に連接棒内の油穴を経てピストンピンなど各部の潤滑とピストンクラウン内面の冷却を行い、各部から再びクランク室に戻るのを主たる経路としていた。また、こし器入り口で圧力調整弁に分岐した配管から少量が機関室中段にある容量560リットルの静置タンクに送られ、同タンクをオーバーフローしたものがクランク室の油溜まりに戻る経路とで構成されていた。
主軸受メタルは、鋼製ベースにケルメットを貼りつけ、表面に錫をフラッシュメッキしてオーバーレイを施した、いわゆる3層メタルで、下メタルが主軸受台に嵌められ、上メタルとの合わせ面にメタルが連れ回りしないよう突起が付されて軸受キャップで抑えられており、T220及びT210形に共通であった。また、取扱説明書では2年毎又は8,000ないし10,000時間運転毎に点検し、摩耗量を計測してクランクジャーナルとの隙間限度を超えていないか、あるいはオーバーレイが摩滅してケルメットが露出した面積が全体の30パーセントを超えていないかを確かめるよう記述されていたが、平成5年に定期検査工事に際して主軸受メタルが全て新替えされて以来、継続使用されていた。
海王丸は、例年9月から5月末までの間、底引き網漁の操業を行い、主機の運転時間が年間4,500ないし5,000時間ほどで、6月から8月末まで休漁して漁具の整備に当たるとともに、入渠して船体及び機関の整備と点検を行っていた。
A受審人は、平成14年5月末に操業が終わったのち、7月に定期検査を受けるべく、自ら主機の整備計画を立て、鉄工所の手を借りてピストン抜きなど主要部の開放整備に取りかかり、主軸受については、上メタルを外して検査に備えたが、上メタルにケルメットの露出部が顕著でなかったので下メタルについても問題ないと思い、下メタルを抜き出したうえで、ケルメットの露出面積が大きくないか確認するなど、主軸受メタルの点検を十分に行うことなく、下メタルの摩耗が進行していることに気付かなかった。また、主機がピストンや主軸受の上メタルなど主要部の目視点検を経て定期検査を受けたのち、ピストンのリング溝幅が摩耗限度に近いものもあったが標準サイズのリングを装着して復旧させた。
海王丸は、平成14年9月1日再び操業を開始して主機の運転が続けられていたところ、ピストンのガス漏洩がやや多かったものの、潤滑油の保有量が多く、また消費量に見合った補給がされていたので潤滑油の汚損は顕著にならなかったが、平成5年から継続使用されていた主軸受のうち、特に1番及び4番の下メタルの摩耗が進行し、ケルメットの露出面積が増加した。
こうして、海王丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、船首0.9メートル船尾2.7メートルの喫水をもって、操業の目的で、平成15年3月5日06時00分兵庫県諸寄漁港を発し、同日07時30分鳥取県沖合の漁場に至って操業を開始し、翌6日早朝、主機を回転数毎分650(以下、回転数は毎分のものとする。)にかけて投網を行い、その後曳網の状況に合わせて順次220、330及び400と回転数を変えて運転していたところ、1番及び4番の主軸受メタルの鋼製ベースが露出してクランク軸と焼き付き、連れ回った同メタルが、1番及び4番連接棒への潤滑油経路を塞いで両ピストンへの潤滑油供給が阻害され、同日02時00分網代埼灯台から真方位329度10.2海里の地点において、前示軸受台が過熱変形するとともに両ピストンが過熱膨張してシリンダライナと金属接触し、主機が自停した。
当時、天候は曇で風力1の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船尾の食堂で主機の異音を聞いて機関室に赴き、主機を再始動しようとしたが、全く回転しないので、クランク室を開放してみたところ、焼き付いた臭いがして白煙が充満しているうえ、シリンダライナの摺動面にたて傷を生じているのを認め、主機が運転不能であることを船長に報告した。
海王丸は、僚船に曳航され、同日06時30分諸寄漁港に引きつけられ、のち精査の結果、1番及び4番のクランク軸ジャーナルが異常摩耗して油穴が塞がり、台板の主軸受台が過熱変形し、1番及び4番ピストンとシリンダライナにたて傷を生じていることが分かり、のちいずれも損傷部が取り替え修理された。
(原因の考察)
本件機関損傷は、主軸受メタルの鋼製ベースが露出してクランク軸ジャーナルと焼き付き、更にピストンとシリンダライナが金属接触して自停したものであるが、本件後、ピストンリング溝が摩耗していたとして同リング溝の改修が行われたとされているので、同摩耗と本件との因果について検討する。
海王丸の主機は、詳細に検討してみると
(6)本件後の修理業者の回答書に、ピストンリングの折損、膠着はなかった旨の記載があることと、損傷写真写中のピストンリング周辺の状況がほぼ符合すること