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平成15年横審第107号
件名

漁船第五十八知丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年7月15日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(安藤周二、中谷啓二、浜本 宏)

理事官
千葉 廣

受審人
A 職名:第五十八知丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)

損害
主機の過給機、6番シリンダのピストン、シリンダヘッド及びシリンダライナ等が損傷

原因
主機シリンダの不具合箇所の調査不十分

主文

 本件機関損傷は、主機の排気温度が高いシリンダの不具合箇所の調査が不十分で、排気弁の弁座が脱落してピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年5月4日04時00分
 南方諸島硫黄島西方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第五十八知丸
総トン数 79トン
全長 29.90メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 507キロワット
回転数 毎分810

3 事実の経過
 第五十八知丸(以下「知丸」という。)は、平成4年7月に進水した、まぐろ延縄漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてB社が製造した6MG22HX型と呼称するディーゼル機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置を備えていた。
 主機は、架構船尾側上部に過給機が付設され、また、クランク室下部の油受に入れられた潤滑油が直結駆動の潤滑油ポンプに吸引され、主管を経てシリンダヘッド上部の弁腕注油、システム油のほか、過給機等の系統に分岐して各部に送られた後、油受に戻って循環しており、船橋には潤滑油圧力低下警報装置の警報ブザー及び警報灯が設けられていて、主管内部の潤滑油圧力が2.0キログラム毎平方センチメートル以下になると同装置が作動するように設定されていた。
 主機のシリンダヘッドは、船首方に吸気弁及び船尾方に排気弁がそれぞれ2個ずつ直接組み込まれた4弁式で、中央部垂直方向の貫通穴に燃料噴射弁が取り付けられ、燃料噴射ポンプによって加圧されたA重油の燃料油が、水平方向に挿入されている燃料高圧ユニオンと呼ばれる鋼管の先端と、同噴射弁の油路入口との接続部に導かれており、同噴射弁上部には弁腕注油系統を循環している潤滑油の油密用Oリングが装着されていた。排気弁は、耐熱鋼製きのこ弁で、直径72ミリメートルの弁傘がシリンダヘッド底面に冷しばめにより固定された弁座との当たり面に接触し、開閉する構造になっていた。
 一方、主機の過給機は、株式会社新潟鉄工所が製造したNR20/R型と呼称する排気ガスタービン過給機で、排気がタービン翼の外周側のノズルリングから半径方向に流入していた。
 A受審人は、平成9年1月知丸に機関長として乗り組み、主機の運転保守にあたり、同12年6月定期検査受検時に全シリンダのピストン、シリンダヘッド及びシリンダライナ、同13年6月出漁の合間にシリンダヘッドの定期整備等をそれぞれ業者に行わせており、平素、煙突からの排気に黒煙が混じり始めると入港時、業者に依頼のうえ燃料噴射弁の整備を行い、漁場往復20日間ばかりの全速力の航行中には、回転数毎分730(以下、回転数は毎分のものを示す。)にかけ、各シリンダの排気温度を摂氏370度(以下、温度は摂氏とする。)程度として漁場に至った後、回転数約500に減速のうえ6時間の投網を終えて停止し、揚網開始前に始動して14時間を超える揚網中は停止回転数400にかけながら、消費する潤滑油量を適宜補給し、周年にわたって月間600時間あまりの運転を無難に続けていた。
 知丸は、A受審人ほか9人が乗り組み、船首1.8メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、同14年4月1日17時00分高知県奈半利港を発し、越えて10日カロリン諸島周辺の漁場に至って操業を開始し、まぐろ28トンを獲た後、水揚げの目的で、和歌山県勝浦港に向け、同月26日05時00分漁場を発進し、主機を全速力の回転数にかけて航行した。
 ところが、A受審人は、漁場発進直後、主機の船首側6番シリンダが燃料噴射弁の不具合によるものかして高い排気温度になったが、これを認めた際、煙突からの排気に混じる黒煙を見ていたものの、入港までどうにか運転できるものと思い、同シリンダの燃焼室周りに付着するカーボンが増加しないよう、同噴射弁を取り外すなどして不具合箇所の調査を十分に行うことなく、燃焼不良のまま運転を続けた。
 こうして、知丸は、主機の6番シリンダ左舷側排気弁の弁傘と弁座との当たり面にカーボンをかみ込み、燃焼ガスの吹抜けにより異音を発するようになり、5月3日15時00分回転数600に減速した後、航行中、亀裂を生じて弁座が脱落してピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃され、燃料噴射弁を突き上げたことから、燃料高圧ユニオンと同噴射弁とが接続不良となって燃料油が漏洩(ろうえい)するとともに前示Oリングが油密機能を失い、シリンダヘッド上部にあふれ出た燃料油が潤滑油に混入して粘度を低下させ、翌4日04時00分南方諸島硫黄島西方沖合の北緯25度00分東経140度14分の地点において、潤滑油圧力低下警報装置が作動し、同弁座の割損破片の侵入により過給機のノズルリング及びタービン翼等が損傷した。
 当時、天候は晴で、風力2の東風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、自室で休息中、主機の潤滑油圧力低下警報装置が作動したことを認めた船橋当直者から連絡を受け、機関室に急行して同機を停止した後、油受油量の増加及び6番シリンダのシリンダヘッド上部等の異状に気付き、減筒運転を試みたものの、過給機の損傷による給気不足のため、同運転を果たせないままその旨を船長に報告した。
 知丸は、海上保安部に救助を求め、来援した巡視船及び引船により高知県高知港に曳航された後、主機が精査された結果、前示弁座破片による過給機のほか、6番シリンダのピストン、シリンダヘッド及びシリンダライナ等の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。 

(原因)
 本件機関損傷は、主機の排気温度が高いシリンダの不具合箇所の調査が不十分で、燃焼不良のまま運転が続けられ、排気弁の弁傘と弁座との当たり面にカーボンをかみ込み、燃焼ガスの吹抜けにより亀裂を生じた弁座が脱落してピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃されたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、主機の運転保守にあたり排気温度が高いシリンダを認めた場合、排気に黒煙が混じっていたから、同シリンダの燃焼室周りに付着するカーボンが増加しないよう、燃料噴射弁を抜き出すなどして、不具合箇所の調査を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、入港までどうにか運転できるものと思い、不具合箇所の調査を十分に行わなかった職務上の過失により、燃焼不良のまま運転を続け、排気弁の弁傘と弁座との当たり面にカーボンをかみ込み、燃焼ガスの吹抜けを招き、亀裂を生じた弁座が脱落してピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃され、同弁座破片により過給機のほか、ピストン、シリンダヘッド及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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