(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月6日02時50分
沖縄県汀間漁港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船松定丸 |
総トン数 |
4.68トン |
登録長 |
9.80メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
139キロワット |
3 事実の経過
松定丸は、昭和53年3月に進水した、主にそでいか旗流し漁業に従事する1層甲板型のFRP製漁船で、甲板下には、船首方から順にいけす8個、船体中央から船尾方にかけて機関室、主機始動用及び船内電源用の各蓄電池を格納した船員室、次いで船尾格納庫及び舵機庫などをそれぞれ備えていた。また、甲板上には、機関室後部から船員室前部の上方に操舵室を備え、船尾甲板上から操船できるよう同室後部に舵輪及び主機遠隔操縦装置などを設けていた。
機関室は、長さ約3.0メートル幅約1.8メートル高さ約1.6メートルで、その中央に、主機としてB社製のUM6BD1TC型と称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を装備し、主機の船首方に、動力取出軸によりVベルトを介して駆動される舵機用油圧ポンプ及び雑用水ポンプを備えていたほか、主機の船尾方左舷寄りに、電動式のビルジポンプ及び油水分離器などを備え、同室の両舷には容量500リットルの船体付き燃料油タンクを縦列に2個ずつ配置していた。また、同室は、囲壁頂面の右舷側前部に、一辺の長さが50センチメートル(以下「センチ」という。)の正方形の出入口用ハッチ、及び後部隔壁の右舷寄りに、幅約60センチ高さ約70センチの引き戸式出入口を備え、換気装置として、同ハッチの後部に空気抜き管、及び左舷側壁の前部に、自然通風式の空気取入口をそれぞれ設けていた。
そして、主機の燃料油管系は、燃料油タンクに入れられたA重油が、同タンク取出弁から主機両舷の各台板に沿って配管された燃料油取出管を通って油水分離器に至り、同器より主機右舷側前部に取り付けられた燃料油こし器及び直結の燃料油供給ポンプを経て燃料噴射ポンプに至り、同噴射ポンプにより加圧されて燃料噴射弁から燃焼室に噴射されるようになっており、同取出管にはところどころにゴムホース製継手が使用されていた。また、主機の戻り油管系は、ゴムホース製燃料油戻り管(以下「燃料油戻り管」という。)が、主機右舷側前部から船尾方に向かい、主機と逆転減速機間から主機の左舷方に立ち上がり、主機左舷側後部に設けられたセルモータの至近を通り、左舷側後部の同タンクに戻るよう配管されていた。
一方、主機の始動用キャブタイヤケーブル(以下「主機始動用ケーブル」という。)は、船員室に格納された主機始動用蓄電池から操舵室左舷側壁に取り付けられたメインスイッチ、及び同室前部に設けられた主機遠隔操縦盤の発停スイッチをそれぞれ経たのち、同室床面を貫通して機関室左舷側前部の天井に至り、操舵室にある配電盤からの機関室照明灯やビルジポンプなどの電路と束となって船尾方に向かい、セルモータに至るよう敷設されていた。
ところが、主機始動用ケーブルは、全速力航行時、主機後部周辺の振動が激しかったものの、結束バンド及びハンガーなどの装着が十分でなかったことから、主機左舷側後部の架構などと接触を繰り返していたので、いつしか、セルモータに至る同ケーブルの被覆が損傷して短絡を生じるおそれがあったうえ、燃料油戻り管や左舷側燃料油取出管が同モータの至近にそれぞれ配管されていたため、同被覆が着火、炎上すると同戻り管などに延焼するおそれがあった。
A受審人は、昭和58年4月に一級小型船舶操縦士免許を取得し、平成3年12月に中古船であった松定丸を購入したときから船長として乗り組み、沖縄県汀間漁港を基地として同港東方沖合の漁場に赴き、3日ないし4日間操業したのち基地に帰港する操業形態のもとで、周年操業に従事していた。
ところで、A受審人は、定期的に主機の潤滑油及び同油こし器フィルタエレメントの取替え及び主機始動用蓄電池などの点検を行い、一日に一度は機関室を巡視するなどして、平成6年1月に換装した主機の運転と保守管理に当たっていたが、全速力航行時、主機後部周辺の振動が激しいこと、セルモータに至る主機始動用ケーブルに十分な結束バンド及びハンガーなどが装着されていないことを知っていたものの、これまで同モータが回転しないなどの不具合が生じておらず、また、主機始動時のみに電流が流れるだけであるから問題はあるまいと思い、定期的に同モータに至る同ケーブルの点検を行うことなく運転を続けていたので、同モータの至近に敷設されていた同ケーブルが機関振動などの影響を受けて主機架構などと接触を繰り返しているうち、いつしか、同ケーブルの被覆の損傷が著しく進行する状況となった。
こうして、松定丸は、A受審人が単独で乗り組み、操業の目的で、船首0.6メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成15年11月6日02時12分ごろ主機が始動され、同時15分汀間漁港を発し、主機の回転数を徐々に上げながら同港東方沖合の漁場に向け航行中、始動時に主機始動用ケーブルが短絡して過大電流が流れ、同ケーブルの被覆が着火してくすぶり続けているうちに燃え上がり、至近に配管されていた燃料油戻り管などに延焼して機関室火災となり、02時50分高墓埼灯台から真方位135度1.9海里の地点において、機関室の空気抜き管などから黒煙が吹き出すとともに、同室左舷側壁の空気取入口周辺が燃え出した。
当時、天候は曇で風力2の南東風が吹き、海上には少しうねりがあった。
主機始動後、機関室に赴かないまま操舵室で漁具の手入れをしながら操船に就いていたA受審人は、黒煙と火炎を認め、直ちに主機を停止し、近くにいた僚船に無線で火災発生を連絡したのち、火炎が増勢することから危険を感じて海中に飛び込み、駆け付けた僚船に救助された。
火災の結果、松定丸は、来援した巡視船の放水活動により10時ごろ鎮火したが、上部構造物を全て焼損して外舷を残すのみとなり、のち引船により汀間漁港に引き付けられ、廃船処理された。
(原因)
本件火災は、機関の運転と保守管理に当たり、セルモータに至る主機始動用ケーブルの点検が不十分で、機関振動などの影響を受けて同ケーブルの被覆が損傷し、主機始動時に短絡を生じて過大電流が流れ、同被覆が着火して同ケーブルの至近に配管されていた燃料油戻り管などに延焼したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関の運転と保守管理に当たる場合、航行中、主機後部周辺の振動が激しいこと、及びセルモータに至る主機始動用ケーブルに十分な結束バンド及びハンガーなどが装着されていないことを知っていたのであるから、定期的に同ケーブルの点検を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、これまで同モータが回転しないなどの不具合が生じておらず、また主機始動時にのみ電流が流れるだけであるから問題はあるまいと思い、定期的に同ケーブルの点検を十分に行わなかった職務上の過失により、機関振動などの影響を受けて同ケーブルの被覆が損傷していることに気付かないまま主機の運転を続け、主機始動時に同ケーブルに短絡が生じて過大電流が流れ、同被覆が着火し、至近に配管されていた燃料油戻り管などに延焼して機関室火災を招き、上部構造物が全て焼損して松定丸を廃船させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。