(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月11日01時30分
和歌山県日ノ御埼南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
遊漁船つるしま丸 |
総トン数 |
9.1トン |
全長 |
15.79メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
426キロワット |
3 事実の経過
つるしま丸は、春から秋にかけ月間5ないし6回遊漁船として運航され、その他の期間や釣客がいないときには一本つり漁業にも従事する、1層甲板型のFRP製小型遊漁兼用船で、平成6年4月に一級小型船舶操縦士の操縦免許を取得したA受審人が単独で乗り組み、機関室内の点検を終えたのち、釣客7人を乗せ、燃料として軽油約1,000リットルを保有する状態で、船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、遊漁の目的で平成15年8月10日16時30分和歌山県戸津井漁港を発し、同県日ノ御埼南方の釣場に向かった。
つるしま丸は、船体中央部に船首方よりキャビン及び操舵室からなる上部構造物を有し、キャビン下方に機関室が配置され、機関室出入口として、キャビン前方に平素排気用として運転される電動通風機が取り付けられたハッチ(以下「通風機付ハッチ」という。)のほか、キャビン内床面にもハッチが設けられていた。
機関室は、長さ約7メートル幅約4.1メートル高さ約1.5メートルで、ほぼ中央に主機、その前方に魚群探知機用発振器、主機を挟んで左舷側に船首方から係船機用油圧ポンプ、容量約40リットルの係船機用作動油タンク、操舵機用油圧ポンプ、容量約15リットルの操舵機用作動油タンク及び電圧12ボルトの主機始動用蓄電池2個が、また、右舷側に同方から交流100ボルトの主機駆動発電機(以下「交流発電機」という。)、直流24ボルトの主機駆動発電機(以下「直流発電機」という。)及び電圧12ボルトの船内給電用蓄電池2個がそれぞれ設置されていた。
主機の燃料油は、機関室後方に隣接した区画の両舷に各1個設置された容量約600リットルのステンレス鋼製燃料油タンクから、油水分離器及び1次こし器を経て、主機台板の左舷側に沿って主機駆動の燃料油供給ポンプに至り、予圧されたのち、2次こし器及び集合型燃料噴射ポンプを経て各シリンダの燃料噴射弁から噴射され、余剰の燃料油が戻り油として燃料噴射ポンプ及び燃料噴射弁からそれぞれ燃料油タンクに環流するようになっており、油水分離器から燃料噴射ポンプに至る配管及び戻り油管にはゴム管が使用され、鋼製バンドによって船体に固定されていた。
ところで、主機は、平成14年2月に出力がより大きな機種に換装されたもので、右舷側に排気管及びセルモータ、左舷側に前記燃料関係の諸装置を配し、クランク軸前端に取り付けられたプーリ及び電磁クラッチを介して、それぞれ直流発電機及び操舵機用油圧ポンプ、並びに交流発電機及び係船機用油圧ポンプを駆動できるようになっており、換装前に比べて機関振動が若干増加したものの、機関室内に敷設された電路や燃料油配管などに障害を与えることなく、運転が繰り返されていた。
蓄電池は、容量150アンペア時の蓄電池2個を直列に接続し、主機始動用蓄電池の陽極及び陰極ターミナルから単芯ゴムキャブタイヤケーブルが主機シリンダブロックの右舷側後部に取り付けられたセルモータ及び船体アースへとそれぞれ敷設され、操舵室内の始動スイッチを操作してセルモータに組み込まれた主接点を閉じると同モータに通電できるようになっており、また、船内給電用蓄電池から、ビニルキャブタイヤケーブルが操舵室内に設置された分電盤を経て航海灯、航海計器、無線機、電動リール及び各照明灯などに敷設され、主機運転中は直流発電機によって船内給電されるほか、各蓄電池に充電できるようになっていた。
一方、交流発電機は、専ら出力1キロワットの集魚灯4個に給電するために使用されるもので、電路が前記直流系統から独立していることから、集魚灯を点灯して遊漁や操業を行う場合には、電磁クラッチを入れた状態とし、主機を連続して運転する必要があった。
平成15年8月10日19時30分A受審人は、予定していた紀伊日ノ御埼南方の釣場に至り、主機を回転数毎分800として電磁クラッチを入れ、集魚灯及び電動リールに給電するなどの準備を整え、同時45分釣客に釣りを始めるよう指示した。
翌11日00時55分A受審人は、釣りを終了することとし、電磁クラッチを切ったのち、キャビンに赴いてハッチを開け、機関室内に異変が生じていないことを確認し、腕を延ばして同室内の電動リール用電源スイッチを切り、釣客2人を船首甲板上、3人をキャビン、残りの2人を船尾甲板上に配した状態で、01時05分主機を回転数毎分1,700の全速前進に増速し、戸津井漁港に向け帰港を開始した。
こうして、つるしま丸は、16.0ノットの対地速力で航行中、A受審人が操舵室前方から漂ってくる異臭を感じ、主機をアイドリング回転数である毎分500まで減速したうえクラッチを中立とし、通風機付ハッチを開けたところ、01時30分紀伊日ノ御埼灯台から真方位186度3.9海里の地点において、機関室から吹き出る多量の黒煙と係船機用作動油タンク付近が黒煙の中で赤くなっているのを認め、機関室が火災であることを知った。
当時、天候は晴で風力2の南南西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、01時33分無線で付近にいた僚船に救援を依頼したのち、主機を停止し、ばけつを用いて機関室囲壁に散水するなど消火を試みたが、効なく、01時37分ますます強くなる火勢に耐えきれず海中に飛び込み、相前後して飛び込んだ釣客全員とともに、ほどなく来援した僚船に救助された。
その結果、救助された釣客のうち、3人が腕などに火傷を負ったほか、1人が溺水し、いずれも最寄りの病院に搬送された。
つるしま丸は、同じく来援した巡視船による消火活動の結果、鎮火したものの、焼損が著しく、のち、廃船とされた。
(原因の考察)
本件は、釣客7人を乗せたFRP製小型遊漁兼用船において、釣りを終え、帰港する目的で航行中、機関室が火災となったもので、その原因について以下のとおり考察する。
1 着火時期
すでに事実認定を行った火災発見に至る状況から、着火は、00時55分以降の35分間のうちに生じたものと推認できる。
2 着火の原因及び場所
すでに事実認定を行った火災発見時の状況及び調査書中の記載により、着火の可能性を有するとみられる以下の事項を挙げることができ、それぞれについて検討する。
(1)電気系統
主機始動用電路について、経年劣化していた被覆材が船体振動などの影響を受けて損傷し、漏電したことによって同材などに着火したとの推測がある。
しかし、同電路は、左舷側から配線されていたものの、セルモータが主機シリンダブロックの右舷側後部に取り付けられていたことから、燃料油管に近接して敷設されていたものと推認できること、調査書中、「機関室内の電線には溶断した部位が認められなかった。」旨の記載及び新造当時からのものを継続使用していたため、電線被覆材の経年劣化を無視できないものの、船体振動による顕著な電路への影響を認定できないことなどから、同電路が着火源であったとまでは言えない。
一方、船内給電用電路は本件後、残存していた右舷側の蓄電池が正常な蓄電状態であることがわかったものの、01時33分主機が停止された直後、直流発電機に代わって同蓄電池から給電されるはずの無線機において、その電源表示灯が消灯したほか、キャビン内の電灯も消灯していたことから、同電路のうち、同蓄電池と分電盤間の電路に、接地又は短絡などの異常が生じていた可能性もある。
ところが、これらの状況が、火災の結果として生じた2次損傷である可能性を排除できず、加えて、調査書中の電線に関する前記記載から、着火源であったとまでは言えない。
(2)排気管
調査書中、「主機付過給機から船首方に配管された排気管の伸縮管フランジ継手が、締付けボルトが破断していない状態で大きく開いていることが認められた。」旨の記載により、排気管に施されていたラギング材が油分などの可燃物を含浸していれば、運転中に漏洩した多量で高温の排気によって着火した可能性がある。
しかし、主機排気管のフランジ継手が大きく開いた状態で運転されると、機関室内に漏洩した排気による周囲の汚損及び変色、並びに異臭などの異変を容易に知ることができたはずであるところ、A受審人の当廷における、「そのような異変を認めなかった。」旨の供述から、同状態は、火災発生後、高温の火炎にさらされた同継手ボルトが伸びたことによって生じたと考えるのが妥当であり、着火源と認定することができない。
(3)燃料油系統
燃料油が排気管などの高温部に飛散して着火した可能性がある。
この場合、燃料油管及び排気管の配管模様、燃料油圧力及びA受審人の当廷における、「主機のシリンダヘッドにはカバーが取り付けられていた。排気管にはラギングが施され、汚損はなかった。」旨の供述などを勘案すると、排気管に直接燃料油が降りかかった事態を想定することは困難である。
(4)係船機用作動油タンク付近
01時33分A受審人が通風機付ハッチを開けて機関室内を覗き込んだとき、赤くなっているのを認めた係船機用作動油タンク付近が着火場所となった可能性がある。
この場合、同タンク近くには、係船機用油圧ポンプに主機の動力を伝達するベルトがあるほか、調査書中、「同ポンプに接続されているべき油圧ゴム管が外れていた。」旨の記載から、漏洩した作動油が付着したことにより、ベルトがプーリ上で滑る状況で運転が続けられるうち、発熱、着火したと推測できるものの、同ポンプの運転模様を勘案すると、前記着火時期を満足せず、着火源と認定することが困難である。
以上のことから、本件火災について、着火の原因及び場所を特定するに足る合理的な根拠を見出すことができない。
3 延焼
(1)着火後の火のまわりが速かったのは、本件発生直前の燃料油タンクに約800リットルの軽油が残存していたところ、鎮火後大半が流出して同タンクが空に近い状態になっていたことから、短時間のうちに主機燃料油系統中のいずれからか流出した多量の軽油に燃え移ったことによるものと認められる。
また、短時間のうちに多量の軽油が流出した箇所は、A受審人が火災を知り、同人が停止するまで主機が運転されていたことから、主機燃料油系統のうち、供給側である燃料油タンクから燃料噴射ポンプに至る間であったと認定できる。
(2)軽油は、主機への前記供給側配管のうち、機械的強度及び耐熱性が劣るゴム管から流出した可能性が高く、A受審人に対する質問調書中、「本件発生までビルジに軽油が混入することがなかった。」旨の供述記載及び調査書中、「燃料噴射ポンプ入口のゴム管が外れ、戻り油管が焼失していたものの、燃料タンクから主機に至る間のゴム管に顕著な焼燬及び亀裂が認められない。」旨の記載を勘案すると、火災発生後に火炎に触れるなどして高温となった燃料噴射ポンプ入口のゴム管が外れ、多量の軽油が同管から漏洩したと推認できる。
(原因)
本件火災は、和歌山県日ノ御埼沖合の釣場から戸津井漁港に向け帰航中、機関室内で発生したものであるが、その原因を明らかにすることができない。
(受審人の所為)
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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