(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年7月3日14時50分
南方諸島沖ノ鳥島南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十一光丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
19.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
558キロワット |
3 事実の経過
第十一光丸(以下「光丸」という。)は、平成2年10月に進水した、まぐろはえ縄漁業に従事する長船尾楼付一層甲板型FRP製漁船で、甲板上には船首部に甲板長倉庫、中央部に操舵室、無線室、機関室囲壁及び船尾寄りに漁具倉庫、並びに甲板下には船首から順に船首水倉、1番ないし4番各魚倉、機関室、燃料タンク、船員室、5番魚倉及び船尾水倉等がそれぞれ配置され、機関室左右両舷上部に電動通風機を内蔵した通風筒が装備されていた。
機関室は、長さ5.17メートル幅3.88メートル高さ2.20メートルの区画で、出入口として、船首側中央部に無線室床開口蓋、船尾側左舷に上甲板及び船員室へ通じる各扉が設けられており、中央部に主機、左右両舷に電圧225ボルト容量50キロボルトアンペアの船内電源用三相交流発電機と発電機原動機(以下「補機」という。)が据え付けられていた。
ところで、冷凍装置は、ブラインによって魚倉を冷却する仕組で、ブライン戻りヘッダーからブラインポンプに吸引されたブラインが、フロンガスの冷媒と熱交換されるブライン冷却器、ブラインヘッダーを順に経て魚倉蒸発管に至り、魚倉を冷却した後、ブライン戻りヘッダーに導かれる経路で循環し、冷凍装置操作盤の温度調節計により設定される魚倉温度の摂氏マイナス12度を維持するように冷媒給液電磁弁が開閉して自動運転が行われており、発泡スチロール製の保温材で覆われたブラインヘッダー及びブライン戻りヘッダーが機関室船首側壁に、船内電源から電力供給を受ける同操作盤が機関室右舷側壁に、ブラインポンプ及び出力0.4キロワットの電動機で駆動される冷媒凝縮器冷却海水ポンプ(以下「冷却水ポンプ」という。)が機関室右舷側にそれぞれ装備され、冷凍機、冷媒凝縮器及びブライン冷却器が機関室船首側上段に設置されていた。
冷凍装置操作盤は、高さ70センチメートル(以下「センチ」という。)幅55センチ奥行30センチの鋼板製デッドフロント形で、横開きの前面扉には温度調節計のほか、冷却水ポンプ、ブラインポンプ及び冷凍機の各駆動電動機用始動停止スイッチ等が、中央部には各電動機用電磁接触器等がそれぞれ装着されており、また、冷凍装置の自動運転中に霜が着いているブラインヘッダーに近接していたことから、霜の影響による塩害を受け、同扉を固定する締付金具付近に腐食が生じて進行する状況にあった。冷却水ポンプ駆動電動機用の電磁接触器は、縦19センチ横10センチ奥行き9センチの合成樹脂製絶縁体に熱動式の過電流保護装置、入力側及び出力側の電流容量2.6アンペアの固定接触子と可動接触子からなる接点が組み込まれ、同接点の端子に撚り線(よりせん)をビニール絶縁体で被覆した電線が接続されていた。
A指定海難関係人は、所有する小型漁船に長年乗船していたが、平成8年に体調を崩して下船した後、同船が火災を起こして沈没し、同9年12月に息子であるB指定海難関係人が購入した光丸の漁ろう長として適宜乗り組み、自ら乗組員の手配にあたり、B指定海難関係人の弟を船長として雇入手続を行っていた。
一方、B指定海難関係人は、同4年7月に一級小型船舶操縦士の免許を取得しており、光丸の船舶所有者として従業制限小型第2種の登録後、機関員の雇入れで乗り組み、機関長を乗り組ませないで本邦の海岸から100海里を超えて出漁を繰り返していたものの、同11年以降、A指定海難関係人に船舶所有者関連業務を代行させることになったが、その際、船舶職員を手配して乗り組ませることを徹底するなどして同職員の乗組みに関する基準を遵守しないまま下船した。
ところが、A指定海難関係人は、漁ろう長として乗り組み、静岡県御前埼南方沖合の漁場に出漁しているうち主機が不調となり、修理の目的で、同14年6月上旬同県御前崎港に寄せたとき、船長が都合により下船したが、そのまま同港を発し、三重県長島港に向けて航行中、冷却水ポンプの不具合による過負荷で冷凍装置操作盤の同ポンプ駆動電動機用の電磁接触器に組み込まれた過電流保護装置が作動し、冷凍装置が運転不能になったことから入港した後、業者に依頼して同装置を修理する際、同操作盤の前面扉が締付金具付近の腐食により固定不良となってひも等で縛り付けられているのを知っており、また、電磁接触器は塩害や過電流保護装置の作動時に発生したアーク等で接点の接触面の荒れにより通電中に接触抵抗が増加する状況であったが、運転不能の経緯を説明のうえ、前面扉を固定できるようにして電磁接触器を開放するなど同操作盤の整備を十分に行うことなく、冷却水ポンプだけの補修を終え、和歌山県勝浦港に寄せて燃料を補給した後、出漁を続けることにした。
こうして、光丸は、A指定海難関係人が船長及び機関長を手配せず、同指定海難関係人ほか甲板員6人が乗り組み、船首1.2メートル船尾2.3メートルの喫水をもって、同月21日18時00分勝浦港を発し、越えて26日南方諸島沖ノ鳥島南方沖合の漁場に至り、操業を開始した後、まぐろ6トンを獲て漂泊中、冷凍装置を自動運転していたところ、冷凍装置操作盤の前面扉が固定不良のまま冷却水ポンプ駆動電動機用の電磁接触器が塩害や接点の接触面の荒れにより過熱する状況になったが、機関長による機関室見回りが適正に行われなかったことから、その状況が放置されているうち、同接点付近の絶縁体の炭化による短絡を生じ発火して電線被覆、温度調節計及び前示ひも等が燃え上がり、同扉が開いて周囲のブラインヘッダーの保温材等に燃え移り、異臭に気付いた甲板員が同指定海難関係人に報告し、翌7月3日14時50分北緯19度16分東経136度16分の地点において、機関室の上甲板へ通じる出入口から火災が発見された。
当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、海上にはうねりがあった。
A指定海難関係人は、無線室床開口蓋を開けて持運び式消火器で初期消火を行ったが、消火に至らなかったことから、機関室の出入口及び通風筒を閉鎖して密閉消火措置をとった後、鎮火することができた。
火災の結果、光丸は、前示冷凍装置操作盤及びブラインヘッダーの保温材等のほか、冷凍機駆動用電動機及び右舷補機等を焼損し、自力航行に努めたものの主機及び操舵機等の運転継続が困難になり、海上保安部に救助を求め、来援した巡視船等により勝浦港に引き付けられた後、各焼損機器等が修理された。
また、本件後、A指定海難関係人は、光丸の業務をすべてB指定海難関係人に任せ、同指定海難関係人は、自ら船長として乗り組むことにした。
(原因の考察)
本件は、機関室の冷凍装置操作盤の前面扉が固定不良のまま、電磁接触器が短絡を生じ発火して電線被覆等が燃え上がり、周囲に燃え移って火災が発生したものであるが、その原因について検討する。
A指定海難関係人は、光丸の船舶所有者関連業務を代行し、漁ろう長として乗り組み、冷却水ポンプの不具合による過負荷で冷凍装置操作盤の同ポンプ駆動電動機用の電磁接触器に組み込まれた過電流保護装置が作動し、冷凍装置が運転不能になり、業者に依頼して同装置を修理する際、同操作盤の前面扉が締付金具付近の腐食により固定不良となってひも等で縛り付けられているのを知っていたから、運転不能の経緯を説明のうえ、同扉を固定できるようにして電磁接触器を開放するなど同操作盤の整備を十分に行うことは可能であったと認められる。
したがって、A指定海難関係人が冷凍装置操作盤の整備を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
また、本件は、船舶所有者が機関長を乗り組ませていたなら、冷凍装置操作盤の電磁接触器が塩害や接点の接触面の荒れにより過熱する状況になった際、機関長による機関室見回りが適正に行われ、その状況が放置されることにならないから、火災の発生には至らなかったと認められる。
したがって、B指定海難関係人がA指定海難関係人に光丸の船舶所有者関連業務を代行させる際、機関長による機関室見回りが適正に行われるよう、船舶職員を手配して乗り組ませることを徹底するなどして同職員の乗組みに関する基準を遵守しなかったことは、本件発生の原因となる。
(原因)
本件火災は、機関室の冷凍装置操作盤の整備が不十分で、漂泊中、前面扉が固定不良のまま電磁接触器が過熱する状況になった際、機関長による機関室見回りが適正に行われなかったことから、短絡を生じ発火して電線被覆等が燃え上がり、周囲のブラインヘッダーの保温材等に燃え移ったことによって発生したものである。
船舶所有者が、機関長による機関室見回りが適正に行われるよう、船舶職員の乗組みに関する基準を遵守しなかったことは、本件発生の原因となる。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が、冷凍装置が運転不能になり、業者に依頼して同装置を修理する際、運転不能の経緯を説明のうえ、冷凍装置操作盤の前面扉を固定できるようにして電磁接触器を開放するなど同操作盤の整備を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。
B指定海難関係人が、A指定海難関係人に光丸の船舶所有者関連業務を代行させる際、機関長による機関室見回りが適正に行われるよう、船舶職員を手配して乗り組ませることを徹底するなどして同職員の乗組みに関する基準を遵守しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対して勧告しないが、船舶職員の乗組みに関する基準を遵守するように努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。