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平成15年神審第119号
件名

漁船長勢丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成16年7月2日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤、平野浩三、横須賀勇一)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:長勢丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定・履歴限定)
指定海難関係人
B 職名:C組合鉄工主任

損害
冷水用冷凍装置、同装置制御器、発電機盤、集魚灯用分電盤、いかつり機用分電盤及び集魚灯用安定器並びに機関室、無線室及び操舵室などの電路が焼損、主機及び補機駆動の発電機に濡れ損

原因
溶接工事時の防火管理に係る指示不十分、施工業者の防火措置不十分

主文

 本件火災は、岸壁係留中、無線室床面において鋼板の電気溶接を施工業者に行わせるにあたり、隣接する機関室内の防火管理についての指示が不十分であったことによって発生したものである。
 施工業者が、無線室床面において電気溶接を行うにあたり、隣接する機関室内の防火措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年12月26日10時30分
 兵庫県浜坂漁港
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船長勢丸
総トン数 95トン
全長 36.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 507キロワット

3 事実の経過
 長勢丸は、昭和58年7月に進水し、平成10年5月Dが中古で購入した、沖合底びき網漁業及びいか一本つり漁業に従事する鋼製漁船で、A受審人が機関長としてほか8人と乗り組み、操業の目的で平成14年12月21日兵庫県浜坂漁港を発し、隠岐諸島北東方沖合の漁場に至って漁を行ったのち、同月25日14時00分同漁港に帰着し、船首1.6メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、陸電をとったうえ機関室内のすべての機器を停止した状態で、C組合倉庫前の岸壁に左舷付けで係留された。
 長勢丸は、船体中央からやや船尾方寄りの甲板上に操舵室及び機関室囲壁などからなる構造物を有し、操舵室内の船尾方に無線室と称する区域が設けられ、前部甲板下に5区画に区分された魚倉、また、後部甲板下に船員室などの居住区が設けられていたが、いずれにも火災警報装置が設備されておらず、居住区以外には、操舵室及び機関室にそれぞれ1本及び3本の持ち運び式消火器が備えられていた。
 機関室は、上段と下段の2層からなり、それぞれ船縦方向長さ6.00メートル及び8.60メートル、船横方向幅2.90メートル及び5.70メートル並びに高さ2.05メートル及び1.90メートルで、上段には、船首側隔壁に沿って右舷側から発電機盤、集魚灯用分電盤、冷水用冷凍装置用分電盤及びいかつり機用分電盤が設置され、各盤の船尾側に幅約30センチメートルの下段との吹抜け部を隔てて、船横方向に幅約60センチメートルの通路及び集魚灯用安定器40台が格納された棚が設けられていた。そして、下段には、ほぼ中央に主機、主機の両舷にそれぞれディーゼル機関で駆動される発電機、主機の前部に空気圧式クラッチ及びベルトからなる動力伝達装置を介して主機で駆動される発電機2台が据え付けられ、同装置上部の船首側隔壁に近接した位置に設けた機械台に冷水用冷凍装置が設置され、同冷凍装置の直上が前記吹き抜け部になっており、また、同装置の至近距離には、前記各盤に至る多数の電線が束になった状態で敷設されていた。
 また、機関室には、通常の出入口として、上段の後端側壁に上甲板に通じる開き戸が設けられていたほか、無線室を経て外部に通じる非常用出口として、無線室床面にあたる上段前部の厚さ約6ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋼製天井に、一辺の長さ500ミリ前後のやや歪な方形で、縁部にコーミングが施されていない開口部(以下「ハッチ」という。)が設けられ、それが発電機盤などの電気設備及び冷水用冷凍装置などの機器の直上となる位置にあたり、普段、非防水の木製蓋で閉鎖されていた。
 冷水用冷凍装置は、圧縮機、電動機、凝縮器などからなり、低温部が、厚さ約40ミリの硬質ポリウレタンフォームを材料とする保冷材で被覆され、更にその表面を薄い塩化ビニルフォーム製シートで覆われていたが、それらの安全使用温度がそれぞれ摂氏約120度及び70度であったので、保冷材や同シートに溶接の際に生じる火の粉や溶けた鉄(以下「火の粉等」という。)が付着すると、容易に着火するおそれがあった。
 ところで、長勢丸は、時化の中を航海すると、操舵室の窓などから海水や雨水(以下「海水等」という。)が浸入し、同室内床面の両舷端に放水口が設けられていたものの、一部がハッチから漏洩し、下方に設置されていた機関室内の機器に滴下することから、同ハッチを防滴構造とするなどの対策を講じる必要があった。
 前記係留作業を終えたA受審人は、ハッチが普段出入口として使用されていなかったので、海水等の漏洩を防止するために鋼板で密閉する模様替を思い立ち、独断で係留中に実施することとした。
 同日15時半ごろA受審人は、C組合に電気溶接(以下「溶接」という。)工事を電話で依頼し、程なく訪船したB指定海難関係人に工事仕様の説明を行った際、使用される火気の影響が機関室に及ぶことを予想できたものの、同指定海難関係人が溶接工事に慣れているので任せておいても大丈夫と思い、工事中に保安要員の配置を求めるなど、機関室内の防火管理についての指示を行わないまま帰宅し、長勢丸を無人状態とした。
 一方、C組合は、組合長の下、総務部、業務部及び直販部並びに諸寄(もろよせ)及び居組の各支所で組織され、業務部に属する業務課に鉄工主任1人を配置し、同主任に浜坂漁港を基地としている漁船の配管及び漁労機械などの軽微な修理を担当させていた。
 B指定海難関係人は、昭和63年6月C組合の鉄工主任の職に就き、溶接及びガス切断などの技量資格を受有していたことから、溶接など火気を使用する工事を自ら施工することもあった。
 B指定海難関係人は、A受審人から依頼された前記工事を行うにあたり、平成14年12月25日16時ごろ長勢丸に出向いてA受審人から工事仕様についての説明を受け、厚さ6ミリの鋼板をハッチ内縁に嵌め込み、無線室床面において、4辺に開先をつけない状態で下向きの突き合わせ溶接方式で施工することとし、ハッチの寸法を採取したのちC組合に戻り、鋼板を予め概略所要寸法に切断して翌日の工事に備えた。
 翌26日09時30分B指定海難関係人は、依然として無人状態にあった長勢丸に1人で赴き、携えてきた前記鋼板をハッチに嵌め込んでみたところ、その寸法がハッチに合致せず、4辺のうち右舷側船首尾方向の1辺に船尾側から船首側にかけて6ないし13ミリの隙間が生じることを知ったものの、太さ10ミリの鋼製丸棒を削製して同隙間に挿入すれば溶接可能と判断し、立ち会ってくれるものと思っていたA受審人が来るのを待ったが、同受審人が現れず、同日午後に他船での仕事が予定されていたこともあり、単独で工事を始めることとした。
 10時00分B指定海難関係人は、溶接箇所から火の粉等が機関室内に落下することを予想し、冷水用冷凍装置周辺にばけつ1杯の水を撒いたうえ、万一の場合に備えて上段に水を入れたばけつ1個を用意したものの、同室内に保安要員を配置するなどの防火措置を十分にとることなく、無線室床面においてハッチに鋼板を仮止めするための溶接を開始した。
 こうして、長勢丸は、B指定海難関係人が、溶接の合間に2度ばかり機関室に赴き、異常がないことを確認して3辺の仮止めの溶接を終えたのち、10時20分無線室に戻り、前記隙間が生じた右舷側船首尾方向の1辺を船尾側から溶接を始め、同隙間から落下する火の粉等の量が次第に多くなる状況で船首側に向かって溶接棒を運棒し、ほぼ船首側端部に至り電弧を用いて前記丸棒を溶断したところ、10時30分浜坂港矢城ケ鼻灯台から真方位155度650メートルの前記係留地点において、多量の火の粉等が落下したことを認めて不安を感じた同人が、機関室に赴き、降りかかった火の粉等により冷水用冷凍装置の保冷材が着火、炎上しているのを発見した。
 当時、天候は曇で風力3の北風が吹き、港内の海上は平穏であった。
 長勢丸は、B指定海難関係人が、持ち運び式消火器の設置場所を承知していなかったことから、用意していたばけつで水をかけるなどの初期消火を試みたが効なく、近くに敷設されていた電線などに燃え移って機関室外にも延焼するおそれが生じたので、同人から連絡を受けたC組合が消防署に通報し、放水による消火活動の結果、12時ごろ鎮火した。
 その結果、長勢丸は、冷水用冷凍装置、同装置制御器、発電機盤、集魚灯用分電盤、いかつり機用分電盤及び集魚灯用安定器並びに機関室、無線室及び操舵室などの電路が焼損したほか、主機及び補機駆動の発電機に濡れ損を生じ、のち、いずれも修理された。
 B指定海難関係人は、本件後、溶接工事に際して防火措置が不十分であったことを認め、C組合の指導により、今後同工事を行うにあたっては、可能な限り乗組員の立会を求めるとともに、複数の作業者が従事する体制で施工するなど、同種事故の再発を防止する対策をとることとした。
 また、長勢丸は、機関室には通常使用できる出入口のほか、非常用出口としてハッチ以外になく、密閉することが不適切であるとして、本件後、ハッチの前記模様替が断念され、原状に復された。 

(原因)
 本件火災は、岸壁係留中、無線室に通じる機関室天井に開口されたハッチを密閉する目的で、無線室床面において鋼板の溶接を施工業者に行わせるにあたり、機関室内の防火管理についての指示が不十分で、有効な防火措置がとられることなく、多量の火の粉等が機関室内に落下する状況で溶接が行われ、冷水用冷凍装置に施されていた保冷材に降りかかって着火したことによって発生したものである。
 施工業者が、無線室床面において鋼板の溶接を行うにあたり、隣接する機関室内の防火措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、岸壁係留中、無線室に通じる機関室天井に開口されたハッチを密閉する目的で、無線室床面において鋼板の溶接を施工業者に依頼する場合、使用される火気の影響が機関室に及ぶことを予想できたのであるから、その直下に備えられていた機器等に着火することのないよう、施工業者に保安要員の配置を求めるなど、機関室内の防火管理についての指示を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、施工業者が溶接工事に慣れているので任せておいても大丈夫と思い、機関室内の防火管理についての指示を行わなかった職務上の過失により、有効な防火措置がとられない状況で、火の粉等が冷水用冷凍装置に落下するまま溶接が続けられ、同装置に施された保冷材が着火する事態を招き、同装置、集魚灯用配電盤及び安定器などの電路を経て操舵室に延焼させたほか、主機及び補機駆動の発電機に濡れ損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が、無線室に通じる機関室上部に開口されたハッチを密閉する目的で、隣接する無線室床面において鋼板の溶接を行う際、保安要員を配置するなど機関室内の防火措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件に至った責任を痛感し、反省していること、また、同人の所属する漁業協同組合より、今後溶接工事を行う際には、複数の作業者を配置して監視にあたる旨の指導を受け、同種事故の再発を防止する措置を講じた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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