(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年9月6日14時10分
長崎港口
(北緯32度43.3分 東経129度47.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船濱喜丸 |
プレジャーボート平丸 |
総トン数 |
3.9トン |
|
全長 |
11.90メートル |
7.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
169キロワット |
29キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 濱喜丸
(ア)船体構造等
濱喜丸は、平成8年5月に進水した限定沿海区域を航行区域とする最大搭載人員8人の自動操舵装置を設備しないFRP製遊漁船で、船体中央より少し後方の甲板上に操舵室を備えてその天井には天窓が設けられ、船首部ブルワークの高さが喫水線上1.65メートルであった。
操舵室には、右舷側前面に舵輪、機関計器盤及び配電盤が取り付けられ、甲板上高さ約1.2メートルの前面の棚に右舷側から機関遠隔操縦装置、マグネットコンパス、GPS及び同プロッターが、また左舷側の棚にレーダー、漁業無線機及び魚群探知機が配置され、舵輪後方にいすが備えられていた。
(イ)操縦性能等
全速力は、機関回転数毎分2,500の約19ノットで、通常は回転数毎分2,300の約16ノットで運航され、全速力前進中に全速力後進をかけたときの停止距離は約20メートルであった。
(ウ)操舵室からの前方見通し状況
操舵室前面は、窓枠によって左右に2分割されたガラス窓となっており、右舷側に旋回窓が備えられ、舵輪後方のいすに腰を掛けた状態での眼高は喫水線上約2.1メートルで、航行中15ノットを超えると船首が浮上するようになり、約19ノットの全速力で航行すると船首構造物により前方に死角を生じ、正船首から左舷側に11度右舷側に7度の範囲にわたって前方を見通すことができない状況であった。
イ 平丸
平丸は、船外機1機を備えた限定沿海区域を航行区域とする最大搭載人員4人の、有効な音響による信号を行うことができる設備を有さないFRP製プレジャーボートで、船首楼甲板上には喫水線上高さ約2メートルのマストがあり、船体ほぼ中央部に設置された操舵スタンドで船外機を遠隔操作できるようになっていた。
3 事実の経過
濱喜丸は、A受審人が1人で乗り組み、釣り客2人を乗せ、遊漁の目的で、船首0.20メートル船尾0.70メートルの喫水をもって、平成15年9月6日04時30分長崎港小ヶ倉柳地区の定係地を発して沖合の釣り場に向かい、06時ごろ長崎県大蟇島の西南西方沖合約5海里の釣り場に到着して遊漁を行ったのち、15時10分大蟇島大瀬灯台から236度(真方位、以下同じ。)4.8海里の地点を発進し、帰途に就いた。
発航後、A受審人は、釣果が思わしくなかったこともあって早めに帰航することにし、釣り客を船室で休息させて自らは操舵室で操舵操船に当たり、機関回転数を毎分2、500の全速力前進に増速したところ、船首が浮上して両舷18度の範囲にわたって前方を見通すことができない状況となったものの、付近の海域に釣り船などが見当たらなかったので、舵輪後方のいすに腰を掛け、レーダーを休止させたまま、長崎港口に向けて手動操舵で東行した。
14時00分A受審人は、伊王島灯台から320度2.1海里の地点に達したとき、機関を全速力前進にかけたまま、19.0ノットの対地速力で、長崎港内にある松島を左舷側に約0.4海里離して通過するよう、針路を112度に定め、そのとき、松島を通過したのち航路の入り口に向けて針路を転じるつもりで港口付近の海域を一見したところ釣り船などを見掛けなかったので、前路には他船はないものと思って、その後船首を左右に振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行わないで進行した。
14時07分少し前A受審人は、伊王島灯台から036度1.0海里の地点に達したとき、正船首方1.0海里のところに右舷側を見せる態勢の平丸を視認することができ、その後同船が漂泊していることが分かる状況であった。しかしながら、同人は、前路には航行の支障となる他船はないものと思い、依然として船首死角を補う見張りを十分に行うことなく、前路に平丸が存在することも、同船に向首したまま衝突のおそれがある態勢で接近していることにも気付かなかった。
こうして、A受審人は、右転するなどして平丸を避けずに続航中、突然衝撃を感じ、14時10分伊王島灯台から074度1.6海里の地点において、濱喜丸は、原針路、原速力のまま、その船首が平丸の右舷側前部に前方から82度の角度で衝突し、乗り切った。
当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
また、平丸は、C受審人が1人で乗り組み、釣りの目的で、船首0.2メートル船尾0.5メートルの喫水をもって、同日07時00分長崎港小江の定係地を発し、同時15分前示衝突地点付近に到着して船外機を停止し、パラシュート型シーアンカー(以下「シーアンカー」という。)を船首から海中に投入して釣りを開始し、時折潮昇りを繰り返しながら釣りを続けた。
14時07分少し前C受審人は、船首が210度を向いた状態で漂泊し、船尾左舷側のさぶたに腰を掛けて左舷方を向いて釣りを行っていたとき、右舷船首82度1.0海里のところに、自船に向首する態勢で接近してくる濱喜丸を視認できる状況であった。しかしながら、同人は、自船は漂泊して釣りをしているので、航行中の他船が避航してくれるものと思い、釣りをすることのみに気を奪われ、周囲の見張りを十分に行うことなく、濱喜丸が自船に向首したまま衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かなかった。
こうして、C受審人は、釣りをしながら漂泊中、14時10分少し前、ふと右舷方を見たとき、自船に向首したまま約200メートルに迫った濱喜丸を初めて視認したが、避航の気配がないまま急速に接近する同船に対して有効な音響による注意喚起信号を行うことができず、すみやかにシーアンカーを解き放し、船外機を始動して移動するなど、衝突を避けるための措置をとることなく、手近にあったバスタオルを振ったものの、依然として濱喜丸が自船に向首したまま接近するのでようやく身の危険を感じたが、どうすることもできず、平丸は、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、濱喜丸は、船首防舷材に損傷を生じ、平丸は、船体を分断され、のち廃船とされ、C受審人が頚部捻挫を負った。
(航法の適用)
本件は、長崎港の港口付近の海域において、航行中の濱喜丸とシーアンカーを海中に投入して漂泊中の平丸とが衝突したものであり、港則法の定めが優先するが、港則法には漂泊している船舶と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。また、平丸は同法第35条に規定する漁ろうの制限に違背するものとはなしがたい。そうすると海上衝突予防法の適用によるところとなるが、漂泊している船舶と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。よって、同法第38条及び39条の船員の常務で律することになる。
(本件発生に至る事由)
1 濱喜丸
(1)航行中の船首方に死角が生じる状態であったこと
(2)A受審人が死角を補う見張りを行わなかったこと
(3)A受審人が前路に他船はないとの認識をもっていたこと
2 平丸
(1)C受審人が周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(2)平丸が有効な音響による信号を行うことができる設備を有さなかったこと
(3)C受審人がシーアンカーを解き放し、船外機を始動して移動するなど衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(4)C受審人が航行中の船舶が漂泊中の自船を避航してくれるとの認識をもっていたこと
(原因の考察)
濱喜丸は、19.0ノットの全速力で航行しており、船首が浮上して船首方に死角を生じていたから、A受審人が船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを十分に行っていれば、当時海上は穏やかで視界も良かったことから、前路で漂泊中の平丸を早期に視認することができ、その動静を把握したのち転舵するなどして、余裕をもって同船を避けることが可能であったと認められる。
従って、A受審人が、船首死角を補う見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
また、A受審人が、当時前路に他船はないとの認識をもっていたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方、平丸は、有効な音響による信号を行うことができる設備を有さないまま、多くの船舶が往来する長崎港の港口付近の海域にシーアンカーを投入して漂泊中であり、かかる状況においては、周囲の見張りを十分に行うべきであり、見張りを十分に行っていれば、自船に向首したまま接近する濱喜丸を早期に視認してその動静を確かめ、同船に避航する様子がないまま接近する際には、有効な音響による信号を行う時機に、早期にシーアンカーを解き放し、船外機を始動して移動の準備を開始することによって、時間的な余裕をもって衝突を避けるための措置をとることができたものと認められる。
従って、C受審人が周囲の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
また、平丸において、C受審人が、航行中の他船が漂泊中の自船を避けていくものと認識していたことは、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は、長崎港口において、沖合の釣り場から港内の定係地に向けて帰航中の濱喜丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中の平丸を避けなかったことによって発生したが、平丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、長崎港口において、単独で操舵操船に当たり、沖合の釣り場から港内の定係地に向けて帰航する場合、船首方に死角を生じていたのだから、前路で漂泊中の平丸を見落とすことのないよう、船首を左右に振るなどして、船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前路には航行の支障となる他船はないものと思い、船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路に平丸が存在することに気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、濱喜丸の船首防舷材に損傷を生じ、平丸の船首部を切断して同船を廃船させ、相手船の乗組員に頚部捻挫を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
C受審人は、長崎港口において、有効な音響による信号を行うことができる設備を有さないまま、船首からシーアンカーを海中に投入して漂泊し、釣りを行う場合、衝突のおそれがある態勢で接近する他船を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、自船は漂泊して釣りをしているので、航行中の他船が避航してくれるものと思い、釣りをすることのみに気を奪われ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、自船に向首したまま衝突のおそれがある態勢で接近する濱喜丸に気付かず、衝突を避けるための措置をとらないで漂泊を続けて衝突を招き、前示のとおり両船に損傷を生じて自船を廃船させ、自身も頚部捻挫を負うに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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