(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月18日15時00分
山口県特牛港(こっといこう)西方
(北緯34度19.3分 東経130度52.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第五十三福宝丸 |
漁船ひかり丸 |
総トン数 |
9.7トン |
0.61トン |
全長 |
15.75メートル |
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登録長 |
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4.13メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
316キロワット |
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漁船法馬力数 |
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30 |
(2)設備及び性能等
ア 第五十三福宝丸
第五十三福宝丸(以下「福宝丸」という。)は、平成7年9月にC社で進水した一層甲板型FRP製小型漁船で、専ら小型いか釣り漁業に従事し、毎年9月から12月ごろまでの間は特牛港を基地にして操業していた。
同船は、船体中央よりやや後方に操舵室を設け、同室は、前面が3枚の窓ガラスからなり、中央の窓に旋回窓が備えてあり、同室内に左舷側から順に無線機、魚群探知機、レーダー、磁気羅針盤及びGPSプロッタがそれぞれ装備され、同室右舷側後部に床面から約80センチメートル(以下「センチ」という。)のところに当直用補助固定椅子(以下「椅子」という。)が、また、同椅子背部の上方で床面から約1メートルのところに当直用固定座椅子(以下「座椅子」という。)がそれぞれ設置されていた。
同船は、8ノットを超える速力で航走すると船首が浮上し、速力10ノットで航走中、A受審人が、椅子に腰を掛けた姿勢では、船首両舷に各約10度の範囲で水平線などが見えなくなる死角が生じ、立った姿勢では、椅子に腰を掛けたときよりも眼高が低くなるため、同死角の範囲は増大し、逆に、座椅子に座った姿勢では、前示の死角が解消される状況となった。なお、速力8ノット以下では、姿勢の如何に関わらず死角は生じなかった。
レーダーは、おおよそ、港内で0.25マイル、港外で0.75マイル、沖合で4マイルの各レンジに切り替えて使用されていたが、4マイルレンジで使用される時間が最も長かったことから、海面反射制御(以下「STC」という。)ツマミを同レンジ使用時に最適となるよう調節されていたため、0.75マイルレンジ等では海面反射波が多数レーダー画面上に出現し、レーダー使用者が、連続、且つ、集中した注意深いレーダー監視をしていない限り、小型船舶と海面反射波の映像識別が困難な状況であった。
イ ひかり丸
ひかり丸は、昭和56年6月にD社で進水した和船型FRP製小型漁船で、専ら一本釣り漁業に従事し、常時、特牛港を基地にして操業していた。
同船は、船尾中央凹部に船外機を設置し、操船者が同機の操作レバーに直接手を添えて操舵や機関操縦を行う構造になっており、船内には舶用ではない方位磁石が有るのみで、航海計器類は何も設備せず、また、汽笛を備えていなかったが、これに代えて、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じておらず、黒球も装備していなかった。なお、同船外機の始動方法は、バッテリーによるセルモーター式ではなく、始動紐による手動式であった。
同船の錨は、重量約10キログラムの鉄製唐人型錨でアンカークラウン(先端部)に、長さ40センチ、直径2センチの木製ストックが付いており、また、錨索として白色と黒色の合成繊維製ストランドを撚り合わせた長さ40メートル、直径10ミリメートルのロープを備えていた。しかしながら、同錨は、本件発生の2ヶ月程前に投錨使用された際、同ストックを欠損し、その後未修理のままの状態であった。このため、錨の爪が海底を掻きにくくなっており、十分な把駐力を得ることが期待できない状況であった。
同船は、船体後部左舷側には約30×50×60センチの三角形の赤色旗をその先端部に取り付けた全長約1.5メートルの竹竿が、また、船首部左舷側には作業灯を設置するための長さ約1.5メートル、直径約2.5センチのステンレス製ポールがそれぞれ設置されていた。
3 事実の経過
福宝丸は、A受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首1.0メートル船尾1.7メートルの喫水をもって、平成15年10月18日14時50分特牛港を発し、山口県角島北東方の漁場に向かった。
A受審人は、発航時から椅子に腰を掛けた姿勢で、遠隔手動操舵装置により、機関を微速力前進にかけて特牛港内を航行したのち、14時57分同港外の特牛灯台から275度(真方位、以下同じ。)150メートルの地点に達したとき、針路を283度に定め、機関を半速力前進に増速して10.0ノットの対地速力で進行した。
定針時、A受審人は、右舷船首2度970メートルばかりのところにひかり丸が存在し、その後、その動静から同船が錨泊ないし停留していることが分かり、衝突のおそれがある態勢で接近するのを認め得る状況であった。
しかしながら、A受審人は、左舷船首方約300メートルのところを先行する総トン数20トンばかりのいか釣り漁船(以下「第三船」という。)の動向に注意を払い、また、要岩灯浮標南側は、特牛港へ出入する船舶の航路筋であり、錨泊船等は存在しないという思い込みがあったうえ、第三船に後続すれば前路に航行の支障となる他船はいないと思って続航した。
このため、A受審人は、定針後も椅子に腰を掛けた姿勢のまま見張りを行い、座椅子に座るなどして死角を補う見張りを行わず、また、0.75マイルレンジとしたレーダーを作動させ、時折、同画面を見ていたが、STCをそのレンジに最適となるよう調節しておらず、海面反射波とひかり丸との映像識別が困難な状況となっていたことと相まって、前路の見張りが不十分となり、同船に気付かなかった。
ところで、A受審人は、STC調整を煩わしく思ったため、使用レンジ毎に調節していなかった。
こうして、A受審人は、同針路、同速力のままひかり丸を避けることなく続航中、15時00分特牛灯台から282度1,120メートルの地点において、福宝丸は、原針路、原速力のまま、その船首部が、ひかり丸の右舷後部に後方から67度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
A受審人は、衝突したことに気付かず続航中、後続中の僚船から無線電話により、このことを知らされ、直ちに反転して事後の措置に当った。
また、ひかり丸は、B受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.2メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、同日14時40分特牛港を発し、同港西方の漁場に向かった。
14時55分B受審人は、要岩灯浮標の北西方となる特牛灯台から284度1,130メートル、水深約20メートルの地点で、ストックが欠損した唐人型錨を投入し、錨索を船首から約30メートル延出し、黒色球形形象物を表示することなく、北方を向首して錨泊した。
14時57分B受審人は、右舷後部から釣竿を出して操業を開始したとき、右舷船尾65度970メートルばかりのところに福宝丸が存在し、その後、衝突のおそれがある態勢で接近するのを認め得る状況であった。
しかしながら、B受審人は、まさか錨泊中の自船に向かってくる船はいないだろうと思い、操業に没頭し、周囲の見張りを十分に行わなかったので、福宝丸に気付かず、同船に対して避航を促すための有効な音響による信号を行わず、更に接近するに及んで、機関をかけて衝突を避けるための措置をとることもなく錨泊を続けた。
B受審人は、操業を開始したころから自船が南方に少しずつ走錨していることに気付いていたが、航路筋にまでは至っていないので、未だ転錨するまでもないと思っていたところ、14時59分自船の船尾方を通過する態勢の第三船を右舷船尾方に認めたので、同船に注意を払っていた。
14時59分少し過ぎ、B受審人は、第三船が左舷方に遠ざかり、自船が要岩灯浮標の南側の航路筋にまで移動したのを認め、このまま航路筋で錨泊することの危険を感じ、転錨するため釣竿を片付け始めたところ、15時00分少し前右舷船尾方近距離のところに福宝丸を初認した。
しかしながら、B受審人は、福宝丸の側で避航するものと思い、同船が通り過ぎた後に転錨するつもりで、同船を監視していたが、同船が避航の気配なく、同針路、同速力で来航するので衝突の危険を感じ、15時00分わずか前、釣竿を振って同船に合図したが効なく、ひかり丸は、350度を向首したまま前示のとおり衝突した。
B受審人は衝突直前、海に飛び込み、福宝丸に後続していた同船の僚船に救助された。
衝突の結果、福宝丸は船首部に擦過傷を生じただけであったが、ひかり丸は右舷後部に破口等を生じて船外機が海没し水船となり、前示の僚船により発航地に引き付けられたが、のち廃船処理された。
(航法の適用)
本件は、特牛港西方において、航行中の福宝丸と錨泊中のひかり丸とが衝突したものであり、同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから、一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
海上衝突予防法上、錨泊している船と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。よって、同法第38条及び第39条の船員の常務で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 福宝丸
(1)A受審人が当該水域の航行に慣れており、同人が要岩灯浮標南側の航路筋に錨泊船等は存在しないと思い込んでいたこと
(2)A受審人が第三船の動向に注意を払いながら同船に後続していたこと
(3)A受審人が目視による死角を補う見張りを行っていなかったこと
(4)A受審人がレーダーによる十分な見張りを行っていなかったこと
2 ひかり丸
(1)B受審人が錨泊中であることを示す形象物を表示していなかったこと
(2)B受審人が走錨に対する認識が十分でなかったこと
(3)B受審人が航路筋付近で錨泊することの危険性に対する認識が十分でなかったこと
(4)B受審人が船舶との衝突の危険に対する認識が十分でなかったこと
(5)B受審人が見張りを十分に行わなかったこと
(6)B受審人が避航を促すための有効な音響による信号を行わなかったこと
(7)B受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
1 福宝丸が、特牛港を発して航行する際、視程が良好な気象の下、見張りを十分に行っていれば、早期にひかり丸を視認でき、同船の動静を把握した上、これを避けていたなら、本件は発生していなかったものと認められる。以下にその事由を検討する。
(1)A受審人は、長年、特牛港を基地として同港に出入航して漁業に従事していた経歴から、同人が同港及び付近の航路筋の状況を熟知していたことは頷けるところである。このことから、同人が過去に航路筋で錨泊船等を見た経験がなかったとしても、だからといって、船舶の移動性を勘案すると、将来もそういった船舶が存在しないとは限らない。したがって、ひかり丸が存在しないと思ったことは、同人の発生水域付近での航行に対する慣れや航行環境に対する誤った考え方に根ざしており、同人の一方的な思い込みであり、同人の見張りが不十分となった誘因となるものである。
(2)A受審人は、航走中、第三船の動向に注意を払っていたものであるが、このことは、漁業従事者として漁獲量を上げるため、同業船の動静に気を奪われるのは当然である。そうだとしても、自船が航行している限り、まず第一に念頭に置くべきは自船及び他船の安全に配慮した運航でなければならないのは言うまでもない。また、第三船に後続していれば自船の前路にも障害物がないと思うのは理解できるが、海上は広く、第三船の航跡上を寸分も違わず航走することは、実際上、困難なことであることから、船首方の第三船に後続しているからといって、自船の前路に他船が存在する可能性を否定することはできない。したがって、これらのことは、同人の見張りが不十分となった誘因となるものである。
(3)A受審人が、定針時から衝突直前まで、福宝丸の死角の影響により、ひかり丸を視認することができなかったとしても、同人は、福宝丸に長年乗船し、自船の死角発生状況に精通していることから、座椅子に座るなどして死角を補う見張りを行なうことは容易いことであった。したがって、同人が椅子に腰を掛けたまま、死角を補う見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(4)A受審人は、レーダーを作動させていたが、同人がSTC調節の手間を惜しんだことから、使用レンジに適した同調節がなされず、ひかり丸が探知されていたにもかかわらず、海面反射波と同船とを識別して判読できなかったことが、衝突前に同船を認めることができなかったことと因果関係がないとは言えない。
他方、当時の航行水域の地理的・水理的状況、視程、及び港近辺に存在する可能性の高いひかり丸を含めた他の小型船のレーダー反射能率を勘案すると、本件発生当時は、目視による見張りをもって本来の見張りの態勢とすべきであり、STCを適切に調節しなかったことにより、レーダー見張りを十分に行わなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
そうしてみると、衝突時までひかり丸を視認できなかった理由としては、A受審人の不注意により、見張りが十分でなかったとするのが相当である。
本件衝突は、たまたま、錨泊船と衝突したが、発生地点は、船舶が輻輳(ふくそう)する航路筋であることから、他船と接近する蓋然性が高く、見張りの重要性を思い起こし、その励行を厳守すべきである。
2 ひかり丸が、特牛港西方の要岩灯浮標付近で錨泊して操業する際、視程が良好な気象の下、見張りを十分に行っていれば、早期に接近する福宝丸を視認でき、同船の動静を把握した上、同船に対して避航を促すための有効な音響による信号を行い、更に、同船に避航の気配が認められないとき、衝突を避けるための措置をとっていたなら、本件は発生していなかったものと認められる。以下にその事由を検討する。
(1)B受審人は、錨泊して一本釣りによる操業を行うものであったが、海上衝突予防法に規定する黒色球形形象物を備えておらず、これを表示していなかった。
ひかり丸は、登録長が4.13メートルで全長は明らかではないが、その損傷写真から推測すれば、全長は7メートル未満である。そうすると、同船は同法の規定により、その錨泊水域が、狭い水道等、錨地若しくはこれらの付近又は船舶が通常航行する水域である場合は同形象物の表示が要求されることから、本件発生当時、ひかり丸は同形象物を表示する義務を負っていた。更に、同形象物は、原則として直径0.6メートル以上の球形と規定されているが、長さ20メートル未満の船舶が掲げる形象物の大きさについては、その船舶の大きさに適したものとすることができるとする緩和規定があり、これをひかり丸に当てはめると、同船が表示すべき形象物の大きさはかなり小さなものとなることが考えられる。
また、ひかり丸には、船首部に高さ約1.5メートルのステンレス製ポールも立っていたのであるから、同形象物を表示することも容易であり、同形象物を備えることができない特段の理由はなかった。
そこで、航行中の船舶が、小型船を視認した状況を想定すると、当該船舶に行きあしがなく、且つ、黒色球形形象物を表示していればその動静を確認するのに効果が大である。ところが、その一方、当該船舶に行きあしがなく、且つ、黒色球形形象物を掲げていないか、又は、掲げていても同形象物の直径が小さいなどの理由により、これに航行中の他船が気付かなければ、当該船舶の停留、漂泊又は極低速力での航行が考えられるが、その場合であっても同船に対する避航操船方法は同じである。加えて、本件の場合、そもそも、福宝丸は衝突時までひかり丸を視認していないのであるから、結局のところ、黒色球形形象物の不表示と本件発生との因果関係は極めて薄く、同形象物の不表示は、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(2)B受審人は、錨のストックが欠損し、走錨しやすい状態になっていることを認識していたが、同人の供述内容から走錨に対してあまり注意を払っていなかったことが窺える。また、当初、航路筋を避けて錨泊していることから、航路筋で錨泊することの危険性をも認識していたものと認められる。しかしながら、同人は、最初の投錨地点から走錨した場合、当時の気象の下では、直ちに航路筋まで圧流されることとなることを考えれば、航路筋の近傍で錨泊する際、走錨防止に対する配慮をすべきであった。とはいえ、航路筋に錨泊してはならないという規定はなく、外海に面した港の付近に様々な理由による船舶が錨泊することは多々ある事実であり、できる限り航路筋を避けて錨泊するとの一般常識は、船員の常務としても肯首できるものであるが、「船舶の衝突」と「航路筋での錨泊」という異なった事象での因果関係を云々するほどのものではない。したがって、ひかり丸が走錨して航路筋の外から航路筋に移動したことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(3)B受審人は、自船が錨泊しているので、接近する航行中の他船の側において避航して行くものと思っていたことが窺われるが、本件の場合、仮に、初認時、直ちに避航を促す信号を行っていれば、A受審人がひかり丸に気付き、福宝丸の側において転舵などの避航措置をとることができた可能性を否定できないことはない。しかしながら、このような衝突に近接した時点で、当事者の驚愕状況などを考えると、その時点での同人の沈着・冷静な判断及び行動を期待すること自体が合理的ではない。すなわち、初認後は何らの措置もとることができない状況であったと認めるのが相当である。したがって、B受審人が他船の側において避航して行くものと思っていたとしても、発生した結果に何ら影響しておらず、このことをもって問題視する必要はない。しかしながら、現実を直視すると、特段の事情もないのに、B受審人のそのような一方的な思い込みは危険であり、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(4)B受審人が、錨泊作業を終了して間もなく、福宝丸は定針しており、周囲の見張りを行っていれば、自船に向首している福宝丸を視認でき、その後、その動静監視を行えば、自船に衝突するおそれがある態勢で接近してくることが分かる状況で、衝突3分前から福宝丸が方位変化なく接近していたのであり、このことを認識し得る状況にあったにもかかわらず、操業に没頭して、同船を視認しなかった。したがって、同人が操業に没頭して、周囲の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
なお、B受審人は、航路筋に向けて走錨していることを知っていたのであるから、常にも増して厳重な見張りが要求されるところである。
(5)B受審人が、福宝丸を早期に認め、音響信号により、自船の存在を福宝丸に知らしめることができたならば、A受審人がひかり丸に気付いて同船を避航できた可能性は大きい。ところが、ひかり丸は、海上衝突予防法により、汽笛を備えない場合は、有効な音響による信号を行うことができる他の手段を講じておかなければならないと規定されているのにもかかわらず、船内にその手段を講ぜず、また、これを講じることができなかった特段の理由はない。したがって、B受審人が、福宝丸に対して避航を促すための有効な音響による信号を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(6)B受審人が、早期に福宝丸を初認し、その動静を監視した上、同船が避航の気配を見せないまま接近するのを認めたとき、揚錨し、機関を使用して衝突を避けるための措置をとるなり、又は、本件時はひかり丸の錨のストックが欠損して走錨している状態であったことから、投錨したまま機関を使用して衝突を避けるための措置をとることができたと考えられ、いずれにしても、機関を使用して移動することにより、本件発生を回避できた。本件発生時、衝突を避けるための措置をとることができなかったのは、福宝丸の初認時期が衝突時刻に近接しており、その余裕がなかったためである。したがって、B受審人が、福宝丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
そうしてみると、衝突少し前まで福宝丸を視認せず、避航を促すための有効な音響による信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかった理由は、B受審人の見張りが十分でなかったとするのが相当である。
見張り及び信号装置の装備の重要性とを思い起こし、その励行を厳守すべきである。
3 以上のことから、本件は、A受審人が十分な見張りを行わず、ひかり丸を避けなかったことによって発生したとするのが相当である。
次に、B受審人が十分な見張りを行えば、早期に福宝丸を視認した後、その動静監視を行い、避航を促すための有効な音響による信号を行い、同船に自船の存在を気付かせ、その結果として衝突を回避することができ、更に、自船に気付かず接近する場合には、衝突を避けるための措置をとっていれば本件発生を防ぐことができたものである。
付言すると、ひかり丸が前示の音響信号を行ったのちも、福宝丸が避航の気配のないまま接近するのを認めた際、機関を始動して前進するなどの衝突を避けるための措置をとっていたならば、衝突回避できたと考えられるが、錨泊船に衝突を避けるための措置、即ち、機関を始動して移動することまで要求することは、航法の基本原則に照らし、酷といわざるを得ない。現に、錨泊中の中型ないし大型船に対し、そのような要求をすることは、物理的に不可能なことを強いることになり、非現実的であり、そのような判断に達した裁決を知らない。船舶に義務を求める際の公平性を考慮すると、原則として、船舶の大小によりその義務が異なってはならないのは言うまでもない。しかしながら、本件の場合、その発生地点が航路筋であったこと、ひかり丸が小型船で衝突を避けるための措置を容易にとることができる状況にあったこと、また、形象物を表示しておらず錨泊船としての義務を果していなかったこと、更には、切迫した危険を避けるためにはあらゆる措置をとることが実際的であることを総合勘案して、衝突を避けるための措置をとることとするのが相当である。
(海難の原因)
本件衝突は、特牛港西方において、福宝丸が漁場に向け航行中、見張り不十分で、前路で錨泊中のひかり丸を避けなかったことによって発生したが、ひかり丸が、見張り不十分で、福宝丸に対して避航を促すための有効な音響による信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、特牛港西方において、漁場に向け航行する場合、前路で錨泊中のひかり丸を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は航路筋では過去に錨泊船を認めたことがなかったことや左舷船首方を同航する第三船に後続していたことから、前路に錨泊中の他船はいないものと思い、椅子に腰を掛けた姿勢のままで、死角を補う前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、ひかり丸に気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、自船の船首部に擦過傷を生じさせ、ひかり丸の右舷後部に破口等を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、特牛港西方の航路筋付近において、操業のため錨泊する場合、自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近する福宝丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、錨泊中の自船に向かってくる船はいないだろうと思い、操業に没頭して、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、福宝丸の視認が遅れ、避航を促すための有効な音響による信号を行わず、更に接近するに及んで、衝突を避けるための措置をとることなく錨泊を続けて衝突を招き、前示のとおり両船に損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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