(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月11日13時28分
東京湾中ノ瀬北方
(北緯35度25.4分 東経139度45.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船三宣丸 |
貨物船泉栄丸 |
総トン数 |
499トン |
499トン |
全長 |
64.99メートル |
75.92メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 三宣丸
三宣丸は、昭和63年4月に竣工した沿海区域を航行区域とする一層甲板船尾船橋型鋼製油タンカー兼引火性液体物質ばら積船兼液体化学薬品ばら積船で、船橋から前方に両舷各4個の貨物油槽を有し、船橋にはレーダー2台のほか、自動衝突予防援助装置(以下「アルパ」という。)、GPSプロッターが装備されていた。同船は、化学薬品を主な積荷として全国各港間の運航に従事し、なかでも京浜地区各港への入港回数が多かった。
また、海上公試運転成績書によれば、初速12.2ノットで舵角35度をとって左旋回したとき、90度回頭するまでの旋回縦距、旋回横距及び所要時間は204メートル、92メートル及び41秒、同右旋回したとき、90度回頭するまでの旋回縦距、旋回横距及び所要時間は234メートル、96メートル及び47秒であった。さらに、12.0ノットの前進速力で航走中、機関を停止したときの速力の逓減値及び航走距離は、機関停止後30秒間で0.7ノット及び170メートル、同1分間で2.2ノット及び330メートルであった。
イ 泉栄丸
泉栄丸は、平成7年4月に竣工した沿海区域を航行区域とする全通二層甲板船尾船橋型鋼製貨物船で、船橋にはレーダー2台のほか、GPSプロッターが装備されていた。同船は、専ら鋼材の輸送にあたって全国製鉄所所在地間の運航に従事し、木更津港を含む京浜各港に毎月5回ばかり入港していた。
また、海上公試運転成績書によれば、初速12.3ノットで舵角35度をとって左旋回したとき、90度回頭するまでの旋回縦距、旋回横距及び所要時間は228メートル、111メートル及び51秒、同右旋回したとき、90度回頭するまでの旋回縦距、旋回横距及び所要時間は237メートル、130メートル及び57秒であった。さらに、12.1ノットの前進速力で航走中、全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離は、2分21秒及び539メートルであった。
3 事実の経過
三宣丸は、船長D及びA受審人ほか3人が乗り組み、シクロヘキサン900トンを載せ、船首3.5メートル船尾4.2メートルの喫水をもって、平成15年12月11日12時00分千葉港千葉区を発し、名古屋港に向かった。
D船長は、出航操船に当たって姉崎航路を北上し、京葉シーバースの北方を航過した後、12時40分ごろ同シーバース西方約2海里の地点でA受審人に船橋当直を引き継ぎ、不安を感じたり天候が急変したら知らせるよう同人に指示して降橋した。
A受審人は、三宣丸のアルパの取扱いに慣れていなかったので同装置を使用しなかったが、1.5海里レンジとしたレーダーと目視とによって周囲の見張りを行い、主としてGPSプロッターによって船位を確認しながら船橋当直に当たり、同航船や反航船を適宜避航しながら東京湾東水路(以下「東水路」という。)を南下した。
13時15分半A受審人は、本牧船舶通航信号所(以下「本牧信号所」という。)から088度(真方位、以下同じ。)5.0海里の地点で、針路を東京湾中ノ瀬西方第3号灯浮標(以下「西方第3号灯浮標」という。)を左舷船首に見る243度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけて11.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で進行した。
A受審人は、13時22分本牧信号所から095度4.0海里の地点に達したとき、レーダー及び目視により泉栄丸を左舷船首79度1,120メートルに初認し、その後同船が、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で、自船の進路を避ける様子のないまま接近するのを認めたが、自船が保持船なのでいずれ泉栄丸が自船の進路を避けるものと思い、警告信号を行わず、さらに接近しても、速やかに減速したり右転したりするなど、衝突を避けるための協力動作をとることもしないで続航した。
13時26分A受審人は、泉栄丸が470メートルまで接近して危険を感じ、同船の船尾をかわそうとして自動操舵のまま針路を233度にしようとしたものの回頭速度が遅く、機関を極微速力前進に落とし、手動操舵に切り替えて左舵一杯としたが及ばず、13時28分本牧信号所から107度3.2海里の地点において、三宣丸は、165度に向首し、9.0ノットの速力になったとき、その船首が泉栄丸の右舷後部に前方から75度の角度で衝突した。
当時、天候は雨で風力3の北風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、視程は約2海里であった。
また、泉栄丸は、B受審人及びC指定海難関係人ほか3人が乗り組み、スクラップ1,319トンを載せ、船首3.2メートル船尾4.2メートルの喫水をもって、同日12時40分木更津港を発し大阪港に向かった。
ところで、B受審人は、船橋当直を自らを含め一等航海士及びC指定海難関係人の3人による単独の4時間3直輪番制と定め、同指定海難関係人が甲種甲板部航海当直部員の認定を受けているものの、海技免許を取得しておらず無資格であったが、平素から同指定海難関係人に単独の船橋当直を行わせていた。
B受審人は、東京湾中ノ瀬北方海域が、東京及び千葉各方面を発航して東水路を南下した船舶と、木更津方面を発航した船舶とが西方第3号灯浮標を左舷に見て航過するよう、同灯浮標北方のほぼ同じ地点に向かって集中、かつ輻輳(ふくそう)して、他船との見合関係が連続して生ずる海域であることを知っていたものの、12時53分ごろ出航操船を終えて木更津港防波堤に並んだとき、C指定海難関係人が、同海域の航行経験が十分あったので、これまでどおり同指定海難関係人に船橋当直を行わせたままでも大丈夫と思い、自ら船橋当直に当たったり有資格の一等航海士に同当直を委ねるなど、有資格者による船橋当直を実施せず、無資格の同指定海難関係人に同当直を引き継いで降橋した。
C指定海難関係人は、レーダーを1.5海里レンジとして周囲の見張りを行いながら単独の船橋当直に当たり、B受審人が使用海図に記載していた針路に従い、木更津港沖灯浮標の北側に向けて北上した。
13時19分少し過ぎC指定海難関係人は、本牧信号所から102度4.8海里の地点で、針路を西方第3号灯浮標を左舷船首に見る270度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけて11.0ノットの速力で進行した。
定針したときC指定海難関係人は、右舷船首75度1,540メートルのところに三宣丸をレーダーで探知して目視でも認め、これまでの経験から、一瞥しただけで同船が西方第3号灯浮標北方の自船とほぼ同じ地点に向かい、いずれ同灯浮標を大回りで左転して南下するので、自船も同灯浮標のところで左転すれば、三宣丸が自船の右舷側を離れて航行することになるものと推測した。
C指定海難関係人は、13時22分本牧信号所から103度4.25海里の地点に達したとき、三宣丸が右舷船首74度1,120メートルになり、その後前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近したが、依然、同船が自船の右舷側を離れて航行することになるものと思い、目視によるなり、レーダーを有効に活用するなりして、同船に対する動静監視を十分に行わなかったので、このことに気付かず、減速したり大きく右転するなどして同船の進路を避けずに続航中、13時28分少し前同船が至近に迫ったのに気付き手動操舵に切り替えたが何もすることができず、泉栄丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、三宣丸は、船首に破口を伴う凹損を、泉栄丸は、右舷後部外板及びブルワークに凹損をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。
B受審人は、衝突の衝撃で昇橋し、事後の処置に当たった。
(航法の適用)
本件衝突は、東京湾中ノ瀬北方海域で南下する三宣丸と、西行する泉栄丸とが衝突したものであり、以下適用される航法について検討する。
衝突地点は、海上交通安全法の適用水域であるが、同法に定める航路外であって、同法には本件に適用すべき航法はない。よって、一般法である海上衝突予防法の適用を検討する。
本件発生時の状況は、両船の運航模様及び互いの視認状況から、互いの視野の内にある2隻の動力船が、互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがある状況であり、同法第15条により律することとなる。
(本件発生に至る事由)
1 三宣丸
(1)A受審人がアルパを使用していなかったこと
(2)A受審人が警告信号を行わなかったこと
(3)A受審人が衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(4)A受審人が衝突直前に左転したこと
2 泉栄丸
(1)B受審人が有資格者による船橋当直を実施せず、無資格のC指定海難関係人に単独の同当直を行わせたこと
(2)C指定海難関係人が動静監視を十分に行わなかったこと
(3)C指定海難関係人が三宣丸の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
泉栄丸は、東京湾中ノ瀬北方海域を西行中であり、一方、三宣丸は同海域を南下中で、両船は横切りの関係にあった。
泉栄丸は、海上衝突予防法第15条により避航船の立場にあったから、減速したり大きく右転するなどして、三宣丸の進路を避けなければならなかった。したがって、泉栄丸が、動静監視不十分で、三宣丸の進路を避けなかったことは、本件発生の原因となる。
次に、泉栄丸が無資格の船橋当直者によって運航されていたことについて検討する。
C指定海難関係人は、甲種甲板部航海当直部員の認定を受けているものの無資格であったが、入出港、狭水道、視界制限時等の特殊な状況を除けば無資格者が単独で船橋当直に当たることは、船長の適切な指導を伴えば違法とは言えない。しかしながら、本件発生地点が東京湾中ノ瀬北方海域の東京、千葉、木更津各方面からの出航船が集中する地点で、他船との見合関係が連続して生ずる海域であることを考慮すると、船長又は資格を有する一等航海士が同当直に当たるべきであった。したがって、B受審人が自ら船橋当直に当たったり一等航海士に同当直を委ねるなど、有資格の乗組員による同当直を実施しなかったことは、本件発生の原因となる。
一方、三宣丸は保持船の立場であるから、泉栄丸に対して警告信号を行い、更に間近に接近して泉栄丸の動作のみでは衝突を避けることができないと認めた場合は、衝突を避けるための協力動作をとらなければならなかった。そして、A受審人は、泉栄丸の動静監視を行っていて衝突の危険を感じており、泉栄丸が避航動作をとるものと思っていたものの、警告信号を行ったり衝突を避けるための協力動作をとることに何ら支障がなかったのであるから、同人が警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人が、アルパの取扱いに習熟していなかったので同装置を使用していなかったことは、同人が他の手段で泉栄丸の動静を監視していて同船との衝突のおそれを認識していたから本件発生の原因とならないが、航海計器の取扱いに習熟しておくことは当然であり、今後是正されるべきである。
また、A受審人が衝突直前に左転したことは、その時期が衝突の間近に迫っていて既に衝突の危険が生じていたから、本件発生の原因とならない。しかし、保持船の動作について、原則的に左転が禁じられているのであるから、今後是正されるべきである。
(海難の原因)
本件衝突は、東京湾中ノ瀬北方海域において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中、西行中の泉栄丸が、動静監視不十分で、前路を左方に横切る三宣丸の進路を避けなかったことによって発生したが、南下中の三宣丸が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
泉栄丸の運航が適切でなかったのは、船長が有資格者による船橋当直を実施しなかったことと、無資格の同当直者が動静監視を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
B受審人は、東京湾中ノ瀬北方海域の、船舶の集中、かつ輻輳する海域を航行する場合、他船との見合関係が連続して生ずる状況であるから、自ら船橋当直に当たったり一等航海士に同当直を委ねるなど、有資格者による同当直を実施すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、甲種甲板部航海当直部員の認定を受けた船橋当直者が、同海域の航行経験が十分あったので、同当直者に船橋当直を行わせたままでも大丈夫と思い、有資格者による同当直を実施しなかった職務上の過失により、船橋当直者が動静監視不十分で、三宣丸との衝突を招き、同船の船首に破口を伴う凹損を、泉栄丸の右舷後部外板及びブルワークに凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、東京湾中ノ瀬北方海域において南下中、泉栄丸が、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で、自船の進路を避ける様子のないまま接近するのを認めた場合、速やかに減速したり右転したりするなど、衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、いずれ泉栄丸が自船の進路を避けてくれるものと思い、衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、泉栄丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
C指定海難関係人が、東京湾中ノ瀬北方海域において西行中、右舷正横方に南下する三宣丸を認めた際、目視によるなり、レーダーを有効に活用するなりして、同船に対する動静監視を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
以上のC指定海難関係人の所為に対しては、海難審判法第4条第3項の規定による勧告はしないが、今後、船橋当直を行うに当たっては、目視及びレーダーにより接近する他船に対する動静監視を十分に行い、早期に適切な避航動作をとるなどして安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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