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平成16年門審第57号
件名

漁船豊福丸漁船新生丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年8月31日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(千手末年、織戸孝治、寺戸和夫)

理事官
尾崎安則

受審人
A 職名:豊福丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:新生丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士 

損害
豊福丸・・・右舷船首外板に擦過傷及び左舷船首外板に亀裂、甲板員1名が肋骨骨折で2週間の加療を要する負傷
新生丸・・・左舷船首部外板を損壊

原因
豊福丸・・・見張り不十分、警告信号不履行、船員の常務(衝突回避措置)不遵守
新生丸・・・見張り不十分、警告信号不履行、船員の常務(衝突回避措置)不遵守

主文

 本件衝突は、豊福丸が、有効な音響信号を行うことができる手段を講じず、かつ、見張り不十分で、警告を表す音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、マスト灯を表示せずに西行する新生丸が、有効な音響信号を行うことができる手段を講じず、かつ、見張り不十分で、警告を表す音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月20日20時40分
 北九州市藍島南部西方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船豊福丸 漁船新生丸
総トン数 4.0トン 2.53トン
全長 11.92メートル  
登録長   8.28メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 60 70

3 事実の経過
 豊福丸は、船体中央後部に操舵室を設けたFRP製漁船で、昭和50年12月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したA受審人ほか2人が乗り組み、刺網漁を行う目的で、船首0.2メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成15年8月20日20時25分北九州市藍島漁港(大泊地区)を発し、藍島西南西方沖合の漁場に向かった。
 ところで、A受審人は、豊福丸に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
 これより先、A受審人は、同日17時30分ごろ豊福丸で出漁し、白州灯台から105度(真方位、以下同じ。)1,660メートル付近を南端として北北西方向に約1,000メートルの長さで、くるまえびを漁獲対象とした刺網を仕掛け、同網の南端に赤色の、北端に白色の標識灯をそれぞれ取り付けていた。
 発航時にA受審人は、法定灯火を表示し、藍島南端部を迂回して西進し、20時37分ごろ先に仕掛けていた刺網の南端に至ったものの、標識灯が見当たらず、同網の北端から揚収することとし、同時38分少し過ぎ白州灯台から105度1,660メートルの地点を発進し、針路を333度に定め、機関を全速力よりやや減じた回転数毎分1,900にかけ、10.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、操舵室右舷側にある舵輪後方のいすに腰掛け、手動操舵によって進行した。
 発進したときA受審人は、右舷船首41度590メートルのところに、新生丸の表示する紅1灯を視認でき、同船のマスト灯の不表示によって、これが動力船であるか帆船であるかの識別ができず、更に船首の向きが分からなかったものの、その後、同船の方位に明確な変化がなく互いに衝突のおそれがある態勢で接近していることが分かる状況であったが、藍島北部西岸の陸岸の明かりで右舷前方に存在する船舶の灯火が見えにくくなっていたことや、発進時に周囲を一瞥したとき移動中の漁船を認めなかったことから、前路に危険な状況となる他船はいないものと思い、左舷前方で停留状態で刺網を揚収中の同業船の方に見とれて、周囲の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かないまま続航した。
 20時39分少し過ぎA受審人は、白州灯台から097度1,480メートルの地点に達したとき、依然方位に変化なく300メートルのところに接近した新生丸が、同じ態勢のまま更に接近するのを視認でき、両色灯や船尾灯の余光で照らされた甲板上の構造物や直進する状況から、同船がマスト灯を表示していない動力船で西方に向かっており、横切り船の航法の関係にあって自船を避航船とみている可能性のあることを推認し得る状況となったが、依然として周囲の見張りを十分に行わず、この状況に気付かずに進行した。
 こうして、A受審人は、音響信号不装備で警告を表す音響信号を行うことも、新生丸との衝突を避けるための措置をとることもなく続航し、20時40分わずか前船首部甲板にいた甲板員が、右舷方至近に同船を認めて大声で叫んだものの、操舵室の窓やドアを閉め切っていてその声に気付かず、20時40分白州灯台から086度1,350メートルの地点において、豊福丸は、原針路、原速力のまま、その船首が新生丸の左舷船首部に後方から71度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、視界は良好であった。
 また、新生丸は、船体後部の中央甲板上に高さ約1.2メートルの機関室囲いを設けたFRP製漁船で、平成10年3月に四級小型船舶操縦士の免許を取得したB受審人が単独で乗り組み、仕掛けていたくるまえびを漁獲対象とした刺網を揚収する目的で、船首0.1メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成15年8月20日20時30分藍島漁港(本村地区)を発し、同漁港西方沖合の漁場に向かった。
 ところで、B受審人は、機関室囲いの天井の上に設置したマストに、甲板上の高さ約1.7メートルのところに両色灯を、そのわずか上方に船尾灯を、更にその上にマスト灯を備えていたが、10年ばかり前にマスト灯が故障して、同灯を取り外していたので、当日の発航時、マスト灯を表示せず、両色灯と船尾灯のみを表示していた。また、同受審人は、新生丸が長さ12メートル未満の船舶であったが、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
 20時35分少し前B受審人は、機関室囲いの後部に設けた舵輪の後方に立って同囲いの天井越しに見張りに当たり、藍島港本村南2防波堤灯台から187度65メートルの地点に至ったとき、針路を262度に定め、機関を全速力前進にかけ、7.0ノットの速力で手動操舵によって進行した。
 定針したころB受審人は、前方の白州寄りの海域に数隻の操業中の同業船の明かりを認めたものの、周囲を一瞥して航行中の漁船らしき灯火を認めなかったことから、付近に航行中の漁船などはいないと思いつつ、見張りに当たっていた。
 20時38分少し過ぎB受審人は、白州灯台から085度1,760メートルの地点に達したとき、左舷船首68度590メートルのところに、豊福丸の白、緑2灯を視認でき、その後、同船の方位に明確な変化がなく互いに衝突のおそれがある態勢で接近したが、右舷前方にいた数隻の同業船の操業模様に気を奪われ、周囲の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かずに続航した。
 20時39分少し過ぎB受審人は、白州灯台から085.5度1,560メートルの地点に達したとき、依然方位に変化なく300メートルのところに接近した豊福丸が、避航の動作をとらず、針路が交差する態勢のまま接近するのを視認でき、その接近状況から、豊福丸が避航船となる横切り船の航法の関係とは異なり、同船が自船のマスト灯の不表示によって、その前路を左方に横切る動力船とはみない可能性のあることを推認し得る状況となったが、依然として周囲の見張りを十分に行わなかったので、この状況に気付かないまま進行した。
 こうして、B受審人は、音響信号不装備で警告を表す音響信号を行うことも、豊福丸との衝突を避けるための措置をとることもなく続航し、20時40分わずか前、左舷方からの叫び声を聞いて同方を見たところ、至近に豊福丸を初めて認め、急いで機関のクラッチを中立に操作したが、及ばず、新生丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、豊福丸は、右舷船首外板に擦過傷及び左舷船首外板に亀裂をそれぞれ生じ、新生丸は、左舷船首部外板を損壊したが、いずれものち修理され、豊福丸の甲板員Aが肋骨骨折で2週間の加療を要する傷を負った。

(航法の適用)
 本件は、夜間、北九州市藍島南部西方沖合において、漁場を北北西方に移動中の豊福丸と漁場に向けて西行中の新生丸とが衝突したもので、適用する航法について検討する。
 海上衝突予防法には、2船間における航法が規定されているが、その適用は、両船舶が表示する法定灯火や形象物の種類及び数を視認することにより、当該船舶がいかなる状態の船舶であるかを識別し、かつ、両船の相対位置関係を確認することにより衝突のおそれの有無を判断して成されるものであり、2船間の相対位置関係が同じであったとしても、当該船舶の状態が異なったり、その状態が航法の適用開始時点において容易かつ的確に識別できない状況にあったりする場合には、適用される航法が異なることになる。
 したがって、2船間で避航及び保持の各義務を定めている規定であれ、各船舶に避航の義務を定めている規定であれ、当該船舶が互いにいかなる状態の船舶であるかの運航実態とその実態に関しての客観的認識とが一致しなければならず、適用する航法について共通の認識をもち得ることが航法適用の前提条件と考えられる。
 そこで、豊福丸及び新生丸の両船がいかなる状態の船舶であったかについてみると、事実認定したとおり、豊福丸は、法定灯火を表示しており、実態的にも形態的にも航行中の動力船であったと認められる。一方、新生丸は、実態的には航行中の動力船であるが、マスト灯の不表示によって形態的には航行中の動力船であるとの識別ができず、何らかの事由でマスト灯を表示していない動力船か、あるいは帆船であると認識される可能性があったと認められる。即ち、両船間において、航法の適用が開始された当初、豊福丸は、新生丸の実態を容易かつ的確に識別することができず、マスト灯不表示船であるか帆船であるかとの迷いを持ちつつ、また、マスト灯と舷灯の位置関係を監視することで判断可能な船首の向きも判断できず、接近してからその実態をみて対応できると判断する可能性があり、また、新生丸は、豊福丸の実態を容易かつ的確に識別することができ、自船が保持船となる「横切り船の航法」が適用される関係にあると判断する状況にあったことが認められる。
 このように、2船間において、一方の船舶のマスト灯の不表示によって、いかなる状態の船舶であるかの認識が異なり、航法の適用について、両船舶間に一致した客観的認識が得られない状況にあったと認められる以上、「横切り船の航法」を適用することも「各種船舶間の航法」を適用することも相当でない。
 ところで、豊福丸は、新生丸がマスト灯を表示しておらず、同船が航行中の動力船であることや、その船首の向きを容易かつ的確に識別し得ない状況のもと、その実態を見極めようと更に接近したとしても、A受審人は、接近する過程において距離300メートルになるまでには、新生丸の灯火の高さや両色灯及び船尾灯の余光によって照らし出された甲板構造物や直進する状況を監視することにより、同船が帆船ではなく西向きに航行中の小型の動力船であり、マスト灯不表示船との接近という特殊な状況にあることや、同船が「横切り船の航法」の関係にあって自船を避航船とみている可能性のあることを推認することができ、この時点で、衝突の危険を回避するための適切な動作をとるのに、時間的、距離的余裕があったと認められる。
 また、新生丸は、実態的に航行中の動力船であり、前路を右方に横切る動力船に対して保持船となる「横切り船」の関係にあったことから、豊福丸に対し、針路、速力を保持して接近したとしても、B受審人は、接近する過程において距離300メートルになるまでには、自船がマスト灯を表示していないことを考慮に入れて、豊福丸が自船を避けずに直進を続ける状況を監視することにより、同船が自船を単に航行中の動力船とは認識せず、「横切り船の航法」の関係でない特殊な状況にあるとみる可能性のあることを推認でき、この時点で、衝突の危険を回避するための適切な動作をとるのに、時間的、距離的余裕があったと認められる。
 したがって、本件は、船員の常務により、律するのが相当である。
 なお、B受審人が、夜間航行中、自船の実態を示すマスト灯を表示していなかったことは、A受審人が新生丸の存在を認めていなかった点に徴し、本件発生の原因をなすものとは認められないが、灯火の表示は当該船舶の航法上の状態を示すものであり、いかなる状態の船舶であるかその客観的識別を容易かつ的確にして航法判断における齟齬(そご)を防ぐのに必要不可欠のものであるから、船舶間の衝突を防止するために法定灯火を必ず表示しなければならない。 

(原因)
 本件衝突は、夜間、北九州市藍島南部西方沖合において、漁場を移動中の豊福丸とマスト灯を表示せずに漁場に向かって西行する新生丸とが、互いに衝突のおそれがある態勢で接近中、豊福丸が、有効な音響信号を行うことができる手段を講じず、かつ、見張り不十分で、警告を表す音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、新生丸が、有効な音響信号を行うことができる手段を講じず、かつ、見張り不十分で、警告を表す音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、北九州市藍島南部西方沖合において、設置していた刺網の南端を発進して同網の北端に向けて移動する場合、接近する他船を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、発進時に周囲を一瞥して移動中の漁船を認めなかったことから、前路に危険な状況となる他船はいないものと思い、左舷前方で停留状態で刺網を揚収中の同業船の方に見とれて、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、衝突のおそれある態勢で接近する新生丸に気付かず、音響信号不装備で警告を表す音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き、豊福丸の右舷船首外板に擦過傷及び左舷船首外板に亀裂をそれぞれ生じさせ、新生丸の左舷船首部外板を損壊させ、豊福丸のA甲板員に肋骨骨折で2週間の加療を要する傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、夜間、北九州市藍島南部西方沖合において、漁場に向けて西行する場合、接近する他船を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、定針したころ周囲を一瞥して航行中の漁船を認めなかったことから、付近に航行中の漁船はいないものと思い、右舷前方にいた数隻の同業船の操業模様に気を奪われ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、衝突のおそれある態勢で接近する豊福丸に気付かず、音響信号不装備で警告を表す音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、豊福丸の甲板員に前示の傷を負わせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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