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平成16年神審第48号
件名

貨物船市川丸はしけH-228衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年8月31日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(平野浩三、横須賀勇一、平野研一)

理事官
前久保勝己

受審人
A 職名:市川丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
B 職名:市川丸一等航海士 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
C 職名:H-228所有者 

損害
市川丸・・・左舷球形船首及び左舷ベルマウスに凹損
H-228・・・右舷船首水面下に破口を生じて浸水、沈没し、全損、乗組中の船舶所有者が約2週間の加療を要する左足関節捻挫の負傷

原因
市川丸・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
H-228・・・錨泊灯不表示、汽笛を有する引船の待機を指示しなかったこと(一因)

主文

 本件衝突は、市川丸が、見張り不十分で、前路で錨泊するH-228を避けなかったことによって発生したが、汽笛を有しないH-228が、法定の錨泊灯を表示せず、汽笛を有する引船の待機を指示しなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月27日05時55分
 大阪港堺泉北区
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船市川丸
総トン数 749トン
全長 84.15メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,618キロワット
船種船名 はしけH-228
全長 36.00メートル

3 事実の経過
 市川丸は、主に鋼材輸送に従事する鋼製貨物船で、A、B両受審人ほか5人が乗り組み、鋼材2,200トンを積載し、船首4.08メートル船尾5.02メートルの喫水をもって、平成15年11月27日05時15分薄明時に大阪港堺泉北区第2区を発し、千葉港に向かった。
 A受審人は、離岸操船に引き続き、操船指揮を執り、05時30分堺航路東端から同航路に入航したころ、船首配置から昇橋してきたB受審人を見張りに当たらせ、同航路内を所定の灯火を掲げて進行した。
 ところで、夜間、船舶が輻輳する港内においては、航行船、灯浮標、灯台、錨泊船など多数の灯火が存在し、これらの判断に気がとられること、また薄明時には、小型船の小さな灯火の背景に大きな灯火が存在すると、晴天の暗夜に比して灯火視認距離が少なくなって、小型船の灯火を見落とすおそれのあることなどから、視覚に頼るばかりでなく、レーダーを使用するなどその時の状況に適したすべての手段により常時適切な見張りを行う必要があった。
 A受審人は、幾度となく大阪港への入航経験を有し、堺航路南方の錨泊指定海域に錨泊船が少ないときには、少しでも航程を短縮するため、障害物がなければ同航路途中から友ケ島水道に向かうことにしていた。
 05時49分A受審人は、大阪港大和川南防波堤北灯台(以下「北灯台」という。)から065度(真方位、以下同じ。)500メートルの地点において、針路を270度に定め、スタンバイエンジンとし、11.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)から徐々に増速しながら続航していたとき、左舷船首21度2,150メートルに、H-228の緑灯1個を認めることができたが、その方向付近に北灯台があったことと、同方向約2海里に2隻の錨泊船の大きな灯火があったことなどから、H-228の緑灯を見落とし、引き続き自らの遠隔手動操舵により薄明かりの中を航路に沿って進行した。
 その後A受審人は、H-228が近くなるに従って、同船が停留中であることを認めうる状況であったが、自らの手動操舵により航路中央を進行することと、H-228の背景となる前示錨泊船の灯火や多数の夜標に気をとられて、H-228の存在に気付かないまま続航した。
 05時51分半A受審人は、北灯台から292度600メートルの地点において、堺航路第4号灯浮標が左舷正横になったとき、友ケ島水道の方向となる同航路南方の錨泊指定海域には錨泊船が少ないことから航路外に出ることとし、機関をスタンバイエンジンから12.0ノットの通常の航海状態とし、針路を左に転じ、同時52分北灯台から288度620メートルの地点において、針路を約1.5海里前方の2隻の錨泊船の中間に向けて233度としたとき、正船首1,200メートルにH-228を認めることができたが、前路を一瞥して他船はいないと思い、前示錨泊船の灯火に紛れ込んだH-228の灯火を見落とすことのないよう、レーダーを使用して前路の状況を確かめることなく、B受審人に遠隔手動操舵から操舵輪の手動操舵に切り替えさせて操舵を交替し、単独当直となるB受審人に、前示錨泊船を過ぎてから友ケ島水道に向けるよう指示して下橋した。
 一方、B受審人は、当直交替前の航路航行中、操舵輪の後方に立って、視界が良好であることからレーダーを監視することもなく、A受審人と同様にH-228の存在に気付かず、同受審人から当直を引き継ぐときに、レーダーを一瞥して前路には他船がいないと判断して進行した。
 05時52分半当直を引き継いだB受審人は、正船首1,070メートルにH-228の船体と右舷緑灯とを認めることができたが、依然として前路に他船はいないものと思い、レーダーを使用するなど厳重な見張りを行うことなく、自動操舵に切り替え、同針路、同速力で続航し、同船に衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、操舵室右舷前窓のカーテンのない海図台に赴いて、前方の見張りを妨げるテーブルライトを点灯し、身体を前方に向けて航海日誌の整理を始めた。
 その後B受審人は、次第にH-228の灯火とともに船体をも明確に視認できるようになったが、依然として航海日誌の整理に気をとられ、同船を避けずに進行し、05時55分少し前何気なく前方を見たところ、船首マストわずか右方に左右に動く小さな明かりを認め、危険が迫っているものと感じて、急いで手動操舵に切り替え右舵一杯としたが及ばず、05時55分北灯台から250度1,700メートルの地点において、船首が245度に向き、原速力のままの市川丸の左舷船首が、H-228の船首に、前方から20度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風力3の北風が吹き、潮候は上げ潮の中央期、視界は良好であった。なお、日出時刻は06時43分、薄明時間は1時間28分であった。
 また、H-228は、兵庫県姫路市を定係地とする非自航式鋼製はしけで、C指定海難関係人が1人で乗り組み、鋼材460トンを積載し、船首2.2メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、同月26日18時30分他のはしけ3隻とともに引船に曳航されて兵庫県姫路港を発し、翌27日03時30分神戸港において他の2隻が切り離され、他の1隻とともに引船に曳航されて大阪港堺泉北区に向かい、堺航路入口南方付近で引船が交替して、他の引船に曳航されて同区第5区助松ふ頭に向かう予定であった。
 ところでH-228は、船舶交通が輻輳する海域において単独で錨泊することがほとんどないため、汽笛設備や自船の存在を示す錨泊灯を備えず、曳航時に必要となる舷灯1対及び船尾灯のみを備えていたが、夜間、港内で錨泊する場合は、引船を至近に待機させ、接近する他船に対し、自船の代理として警告信号を行わせる必要があった。
 しかしながらC指定海難関係人は、堺航路入口沖合に差し掛かったとき、交替する引船が指定時刻に到着しておらず、引船船長から堺航路入口を避けて、その南方沖合の前示衝突地点付近で短時間錨泊するよう告げられたが、引船の船長に対して他の引船が到着するまで至近で待機して、接近する他船に対し、自船の代理として警告信号を行うよう指示することなく、05時45分前示衝突地点において、船首が北寄りの風に向首したとき、左錨鎖1節半を投じて錨泊し、引船は他のはしけを曳航して同地点を離れ、北東進して同港南港外港第4区に向かった。
 C指定海難関係人は、船首において錨泊作業を終え、船尾の船橋に戻って、舷灯1対、船尾灯のほか操舵室内天井灯の蛍光灯1個を点灯したが、法定の錨泊灯を掲げることができず、交替の引船の発見に努めていた。
 H-228の灯火模様は、外観上、錨泊灯は掲げていなかったものの、舷灯、船尾灯のいずれかを認めることができ、その灯火を監視すれば、一瞥して錨泊状態とは判断できないものの停留中と認めうる状況にあった。
 05時52分半C指定海難関係人は、船首が045度に向いていたとき、右舷船首8度1,070メートルのところに、自船に船首を向けた市川丸の船体とマスト灯を認め、その動静監視を行った。
 その後C指定海難関係人は、市川丸が自船に向首したまま接近しており、衝突の危険が迫っていることを知ったものの、警告信号を行うことができず、操舵室から船首に移動して懐中電灯の明かりを市川丸の船橋に向けて振りかざしたが、同船に変化が見られず、どうすることもできないまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、市川丸は左舷球形船首及び左舷ベルマウスにそれぞれ凹損を生じてのち修理されたが、H-228は右舷船首水面下に破口を生じて浸水し、その救助曳航中に沈没し、その後引き上げられたが全損となった。
 C指定海難関係人は衝突の衝撃で、約2週間の加療を要する左足関節捻挫を負った。

(原因の考察)
 H-228が法定の錨泊灯を表示していなかった点について
 全長36メートルの同船が表示すべき法定の錨泊灯は、光達距離2海里の白色全周灯で、舷灯と光達距離が同等である。従って、当時の状況は、市川丸が大和川南防波堤北端を通過した直後、両船との距離が2,000メートルで、それより衝突までの6分間、市川丸はH-228の緑灯を連続して監視できる状況となった。
 この灯火の初認時には、その判断に多少の混乱が生じることとなるが、良識のある船員が海図上で障害物のないところに緑灯1個を認めたならば、そこに何らかの障害物の存在を容易に判断できるのであって、これを判断するための余裕が距離的にも、時間的にもあった。またこのことについて、レーダー及び双眼鏡で確認すれば、薄明時であるからその船体は認めうる状況であったことは、C指定海難関係人が、1,000メートルの距離で市川丸の船体を、灯火より早く視認していることから明らかである。しかしながら、H-228が法定の錨泊灯を表示していたならば、市川丸が見落とすことが少なかったことは明らかであるから、本件発生の原因となる。 

(原因)
 本件衝突は、薄明時の大阪港堺泉北区第7区において、堺航路途中から航路外に出航する市川丸が、見張り不十分で、前路で錨泊するH-228を避けなかったことによって発生したが、H-228が、法定の錨泊灯を表示せず、汽笛を有する引船の待機を指示しなかったことも一因をなすものである。
 
(受審人等の所為)
 B受審人は、薄明時の大阪港堺泉北区第7区において、堺航路途中から出航直後に当直を交替して進行する場合、前路で錨泊するH-228を見落とすことのないよう、レーダーを使用するなど厳重に見張りを行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前路に他船はいないものと思い、厳重に見張りを行わなかった職務上の過失により、同船を見落として衝突を招き、市川丸の左舷球形船首及び左舷ベルマウスにそれぞれ凹損を、H-228の右舷船首外板に破口をそれぞれ生じさせ、C指定海難関係人に2週間の加療を要する左足関節捻挫を負わせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 A受審人は、薄明時の大阪港堺泉北区第7区において、堺航路途中から出航して当直を交替する場合、前路で錨泊するH-228を見落とすことのないよう、レーダーを使用するなど厳重に見張りを行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前路に他船はいないものと思い、厳重に見張りを行わなかった職務上の過失により、H-228を見落としたまま当直を交替して同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、C指定海難関係人を負傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C指定海難関係人が、薄明時の大阪港堺泉北区第7区において、錨泊する際、法定の錨泊灯及び汽笛を有していないのであるから、接近する他船に対して自船の代理として警告信号を行うことができるよう引船の待機を指示しなかったことは本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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