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平成16年那審第12号
件名

旅客船フェリーかけろま岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年7月30日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(小須田 敏、杉崎忠志、加藤昌平)

理事官
熊谷孝徳

受審人
A 職名:フェリーかけろま船長 海技免許:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:フェリーかけろま機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定、旧就業範囲)
指定海難関係人
C 職名:D町運航管理者

損害
かけろま・・・船首部外板に凹損、同部フレームに曲損及び船首の防舷材に破損
乗客計4人が、左肩関節脱臼骨折、右橈骨骨折及び頭部打撲等の負傷

原因
操船不適切(前進行きあしの減殺措置不十分)、運航管理者による着岸時の操船方法についての指導不十分及び乗客の安全確保についての乗組員に対する教育・指導不十分

主文

 本件岸壁衝突は、前進行きあしの減殺措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が、着岸時の操船方法について十分な指導を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 なお、衝突により乗客に負傷者を生じたことは、運航管理者の乗組員に対する、乗客の安全確保についての教育と指導が十分でなかったことによるものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年10月28日11時55分
 鹿児島県奄美大島古仁屋港生間地区
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船フェリーかけろま
総トン数 194トン
全長 35.52メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,029キロワット

3 事実の経過
(1)フェリーかけろま
 フェリーかけろま(以下「かけろま」という。)は、D町が海上運送法の事業免許を得て、古仁屋港大湊地区(以下「古仁屋港」という。)を基点として、1日に加計呂麻島瀬相地区(以下「瀬相港」という。)との間を4便、同島生間地区(以下「生間港」という。)との間を3便、それぞれの片道の所要時間を、古仁屋港−瀬相港間25分、古仁屋港−生間港間20分で交互に定期運航する、フラップラダー及び推力1トンのバウスラスターを装備する旅客船兼自動車渡船であった。
 同船の上甲板は、バス及び乗用車を積載する車両甲板となっており、船首部に乗客乗下船及び車両積卸し用ランプドアと接岸時の船体保護用防舷材を設置し、同甲板後部にカーペットを敷いた座席とソファを備えたシルバー室が配置され、その上層の船尾楼甲板には、いす席と立席を設け、更にその上層となる遊歩甲板には、前部に操舵室と船員休憩室が、中央部にいすを備えた客室と、その外側両舷とオーニングを設けた後部にいす席がそれぞれ設けられていた。
(2)運航管理規程及び運航管理体制
 D町は、かけろまによる定期航路事業を運営するに当たり、旅客輸送の安全を確保するため、運航管理者の選任等運航を管理する組織、運航管理の実施基準並びに事業者及び運航者が遵守すべき事項等を盛り込んだ運航管理規程を定め、更に同規程に基づいて運航基準、作業基準及び事故処理基準を定めて、基準経路、運航中止基準、離着桟時における作業要領、事故発生時の処理要領など、運航実務面における具体的な基準を策定していた。
 さらに同町は、平成10年11月22日に発生した、古仁屋港でのかけろま岸壁衝突事故に鑑み、「フェリーかけろま安全運航及び安全輸送の留意事項(マニアル)」(以下「マニュアル」という。)を策定し、各地区入港着岸時の操船方法、機関使用の基準及び乗客の乗下船時の安全確保対策等を定めていた。
 また、定期航路の運営に当たる組織として、同町商工観光課に船舶交通係を設けて運航管理者をおき、船長経験3年以上の者をその職に選任していた。
(3)乗組員の勤務体制
 D町は、運航管理者のもとに、船長、機関長、事務担当者及び甲板員各2人と機関員1人の計9人をかけろまの運航に従事させ、通常、船長、機関長、事務長ほか2人が乗り組むこととしていた。
 また、乗組員の勤務時間は、第1便古仁屋港−瀬相港便の古仁屋港発07時00分から、最終第7便の古仁屋港着18時30分の時刻に合わせ、06時25分出勤、19時10分業務終了となるもので、2日勤務、引き続く2日を休日とする勤務体制をとっていた。
(4)受審人等
ア 受審人A
 A受審人は、昭和54年に乙種二等航海士免許(五級海技士(航海)旧就業範囲に更新)を取得し、同57年にD町に採用されて乗船勤務し、一等航海士を経た後、約5年間かけろまの船長職を執っていた。
イ 受審人B
 B受審人は、昭和54年に乙種一等機関士(内燃)免許(四級海技士(機関)機関限定、旧就業範囲に更新)を取得し、同56年にD町に採用されて乗船勤務し、かけろまの機関長職を執っていた。
ウ 指定海難関係人C
 C指定海難関係人は、昭和47年に乙種一等航海士免許(四級海技士(航海)旧就業範囲に更新)を取得し、同53年にD町に採用されて乗船勤務し、平成8年以降船長職を執り、同15年4月に運航管理者として選任されて業務に当たっていた。
(5)生間港
 生間港は、加計呂麻島生間地区の湾奥に、同湾入り口東側の赤埼にある高さ62メートルの山頂(以下「赤埼山頂」という。)から198度(真方位、以下同じ。)1,300メートルの地点にある岸壁基部から、湾の入り口に向けてその法線方向346度をなす、長さ約140メートル幅約30メートルの岸壁(以下「生間岸壁」という。)が築かれ、同岸壁北端部中央から、更に346度方向に、かけろま専用岸壁(以下「専用岸壁」という。)として幅10メートル長さ33メートルの岸壁を設けたもので、かけろまの着岸時には、同船の船首ランプドアを生間岸壁北端に接地させるものであった。
 また、生間岸壁北端のほぼ東西をなす延長線より陸側の湾内は、水深3メートル以下の浅所となっていた。
(6)専用岸壁着岸操船方法
 専用岸壁の着岸に当たっては、基準経路により生間港入り口西側のハナ瀬付近に至り、その後、専用岸壁基部から500メートルの地点で、166度の針路で同岸壁に向首して速力を調整しながら接近するもので、潮高によって、高潮時には専用岸壁東側に右舷付け、低潮時には西側に左舷付けとして、いずれも入船の態勢で着岸するものであった。
 その前進行きあしの減殺については、過大な速力で接近することのないよう、マニュアルにおいて、専用岸壁に向首した後、同岸壁基部から350メートルとなったところで機関回転数400の最微速力に減速、更に同基部から200メートルの地点で機関停止とし、その後、適宜後進を使用して保針可能な速力まで減速し、フラップラダーを使用してこまめに舵を取って保針しながら接近し、着岸前にはバウスラスターを駆使して安全に着岸することとされていた。
(7)運航管理者による安全教育及び安全対策の実施
 D町は、運航管理規程において、運航管理者について、船長の職務権限に属する事項以外の船舶の運航の管理に関する統括責任者と規定し、別途定めた運航基準、作業基準等を遵守するとともに、その周知徹底により、船長と協力して船舶の運航及び輸送の安全を図ることとしていた。
 C指定海難関係人は、平成15年4月に運航管理者に選任されたのち、かけろまの新任船長に対する操船方法などについての教育並びに乗組員に対するN協会作成の接客及び操船と事故対応を扱ったビデオを利用した乗客の安全確保についての講習を1度実施したが、自身が船長として職務を行っていたとき、運航管理者から特別な指示、教育等を受けたことがないまま、自身の判断で乗客の安全対策を含めてかけろまを問題なく運航できていたことから、船舶の運航管理については、従来どおり船長に任せていても大丈夫と思い、安全運航維持のための着岸時の操船方法及び乗客の着席の確認等の安全対策の徹底を図っていなかった。
(8)本件発生に至る経緯
 かけろまは、A受審人、B受審人ほか3人が乗り組み、乗客31人と車両2台を積載し、船首1.4メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、平成15年10月28日11時40分、同日の第4便として古仁屋港を発して生間港に向かった。
 発航後A受審人は、B受審人に機関操作を行わせて自ら手動操舵により操船に当たり、機関を全速力前進にかけて12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で基準経路に従ってハナ瀬付近に達し、11時53分少し過ぎ赤埼山頂から222度830メートルの地点で、半速力に減速し、専用岸壁東側に向首する166度に針路を定めて進行した。
 11時54分少し前A受審人は、風力4の追い風を右舷後方から受ける状況下、赤埼山頂から215度920メートルの地点に達したとき、専用岸壁基部まで350メートルとなり、マニュアルでは機関を毎分回転数400の最微速力とする時期であったが、それまで後方から風を受けて接近する際には、同岸壁に接近したときに風による圧流の影響を受けることのないよう、行きあしをもったまま接近して同岸壁に近づいてから後進として着岸していたことから、いつもと同じように操船すれば大丈夫と思い、陸上の目標を一瞥(いちべつ)しただけで、GPSの表示などにより速力を確認することなく、前進行きあしの減殺措置を十分に行わず、半速力のまま11.0ノットの速力で続航した。
 11時54分少し過ぎA受審人は、専用岸壁基部まで200メートルとなり、マニュアルでは機関停止とすることになっていたが、微速力としたのみで、10.5ノットの速力で専用岸壁に接近を続け、同時54分半わずか過ぎ、専用岸壁基部まで90メートルとなる、赤埼山頂から205度1,100メートルの地点に至り、速力が9.0ノットとなったとき、ようやく機関停止とし、続いて半速力後進として減速しながら専用岸壁に接近した。
 11時55分少し前A受審人は、かけろまの船首が専用岸壁先端に差し掛かかり、同基部寸前となっても自身の予想したほど速力が減じていないことに気付き、生間岸壁北端との衝突の危険を感じて全速力後進としたが、及ばず、かけろまは、11時55分赤埼山頂から201度1,180メートルの地点において、原針路のまま、速力が3.0ノットとなったとき、その船首が岸壁北端に直角に衝突した。
 当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
 衝突の結果、岸壁に損傷はなかったが、船首部外板に凹損、同部フレームに曲損及び船首の防舷材に破損を生じた。
 また、衝突の衝撃により、下船準備のため遊歩甲板の座席から立ち上がって移動しようとしていた乗客及びシルバー室から車両甲板に出ていた乗客計4人が転倒し、左肩関節脱臼骨折、右橈骨遠位端骨折及び頭部打撲等を負った。
(9)本件発生後の対応
 本件発生後、A受審人は、直ちに運航管理者であるC指定海難関係人と連絡、連携をとりながら、負傷者の医療機関への搬送を行った。
 また、D町は、C指定海難関係人を中心にして、本件発生の原因究明と爾後(じご)の事故防止対策の検討及び策定を行い、運航関係者に対する注意喚起とあわせ、かけろまの運航管理体制及び同船の設備について安全対策を以下のとおり実施した。
ア 運航関係者による安全運航対策の確認及び実施
 D町は、平成15年11月5日同町の定期船運航に係わる商工観光課職員と乗組員を招集し、C指定海難関係人作成の「船舶の安全運航対策」と題する文書に基づき、着岸時の操船方法、事務長による乗客に対する口頭での着岸前の着席指示の徹底などを含む、各職毎の職務内容を明確にするとともに、安全運航の徹底を図った。
イ 運航基準及びマニュアルの見直し
 C指定海難関係人は、平成15年12月11日から17日までの間、かけろまの機関回転数とクラッチ操作状態による実速力を精査し、同船の運航に当たっての速力基準とマニュアルとの間に齟齬(そご)を生じないよう、速力基準を改定するとともに、生間港での着岸時の操船方法について、着岸時の安全確保のため、専用岸壁中央部に至るまでに一旦船体を停止し、その後、バウスラスター、舵及び機関操作により安全に着岸作業を行うよう、マニュアル中の港内操船図に明文化し、その操船方法について、C指定海難関係人自身が、かけろま船上でA受審人に対して指導を行った。
ウ 船内設備及び船内対応の改善
 従来、生間港入港5分ばかり前に、船内放送によって、着岸作業終了まで席を立たないよう乗客に指示していたが、本件後調査したところ、遊歩甲板後部のいす席及び車両甲板にあるシルバー室では同放送が聞き取りにくいことが判明し、平成16年2月に船内放送用スピーカー計2個を増設した。
 また、船内の「着岸作業中は席を立たずにお待ち下さい。」との掲示を増やし、車両甲板への昇降口に「着岸するまで開けないで下さい。」との表示を新設したほか、着岸前に事務長が客室を回り、口頭で直接乗客に注意喚起を行うことを徹底した。
エ 安全運航対策連絡会
 平成16年3月26日、E署等の海上安全に係わる外部関係機関と、同町定期船運航関係者との安全運航管理に関する意見交換及び安全対策の効果の検証の場として、「安全運航対策連絡会」を開催し、今後も年2回程度、定期的に同連絡会を開催することとした。

(原因に対する考察)
 本件岸壁衝突は、生間港の専用岸壁に接近する際、速力が過大であったことによって発生したもので、その原因について考察する。
1 A受審人の速力減殺措置について
 同受審人が、斜め後方から風を受けながら専用岸壁に接近する際、それまでの経験から、行きあしをもったまま同岸壁に近づいてから後進にかければ大丈夫と思い、マニュアルに従って十分な前進行きあしの減殺措置をとらず、GPSの表示などにより速力を確認することなく過大な速力のまま進行したことが原因となることは、本件発生後、自身が、マニュアルに従って減速しながら専用岸壁中央部に至るまでに一旦船体を停止し、その後、バウスラスターと舵及び機関を使用して着岸する方法によって着岸し、当廷において、同操船方法が、自分が行っていた方法より安全であると思うと述べていることから明らかである。
2 C指定海難関係人の着岸時の操船方法についての指示
 C指定海難関係人は、運航管理者として選任されて以来、かけろま船長及び乗組員に対し、着岸時の操船方法について、過大な速力となることのないよう、十分な前進行きあしの減殺措置をとることを指示していなかったが、着岸時に事故が発生しやすいことは、かけろまにおいて、平成10年に同種の事故を発生させていることから容易に想像できるところである。
 また、同指定海難関係人は、当廷において、生間港着岸の際、舵の効く最低限の速力まで落として着岸した経験がない旨述べているが、安全運航を統括する運航管理者として、現場において、マニュアルに定める前進行きあしの減殺措置が遵守されていないことを知りながら、これを放置し、十分な行きあしの減殺措置をとって過大な速力で接近することないよう、A受審人を含めたかけろま乗組員に対して指示をしていなかったことは、前述のように、A受審人が、マニュアルに従って操船して以前より安全であると感じていることから、同受審人が、安全な着岸操船方法を認識していれば、それに従ったことは十分考えられることであり、本件発生の原因となる。
3 B受審人のA受審人に対する進言について
 マニュアル中、船長の減速の指示が遅れた場合には、機関長が積極的に進言する旨記載されているが、着岸操船の指揮は船長によって行われるもので、接近速力についても、一義的には、船長が決定するものである。
 また、A受審人に対する質問調書の供述記載にあるとおり、本件時同受審人は、B受審人の進言がなくても、前進行きあしをもって接近していることを認識しており、専用岸壁寸前になって速力が予想したほど減じていないことに気付いたのであるが、GPSの表示により速力の確認を行うなどして十分な前進行きあしの減殺措置をとっていれば、本件衝突を回避できたのであり、機関長であるB受審人が進言しなかったことを、あえて本件発生の原因とするまでもない。
4 その他
 なお、本件衝突の衝撃により乗客に負傷者を生じたことについては、負傷者以外は、着席していて無事であったことから、乗客に対して着岸作業が終了するまで着席しているよう徹底されていれば、防止できたものと考えられ、本件当時、乗組員に対して、乗客の安全確保についての教育と指導が十分に行われていなかったことは、負傷者を生じた原因となる。

(原因)
 本件岸壁衝突は、鹿児島県奄美大島古仁屋港生間地区において、専用岸壁に接近する際、前進行きあしの減殺措置が不十分で、過大な速力のまま同岸壁に接近したことによって発生したものである。
 運航管理者が、着岸時の操船方法について十分な指導を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 なお、衝突により乗客に負傷者を生じたことは、運航管理者の乗組員に対する、乗客の安全確保についての教育と指導が不十分で、着岸時に乗客が席を立っていたことによるものである。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、鹿児島県奄美大島古仁屋港生間地区の専用岸壁に着岸する場合、過大な速力で同岸壁に接近することのないよう、マニュアルに従い、前進行きあしの減殺措置を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同受審人は、それまでの経験から、前進行きあしをもって接近し、専用岸壁に近づいてから後進にかければ大丈夫と思い、前進行きあしの減殺措置を十分に行わなかった職務上の過失により、過大な前進行きあしのまま同岸壁に接近して衝突を招き、船首部外板に凹損、同部フレームに曲損及び船首の防舷材に破損を生じ、乗客4人を転倒させて骨折や打撲傷等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が、着岸時の操船方法について、過大な速力で岸壁に接近することのないよう、前進行きあしの減殺措置をとるよう十分に指導を行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては、本件発生後、真摯に反省し、運航管理者として、D町の事故再発防止対策立案の中心となり、着岸時の操船方法及び乗客の安全確保についての対策の明確化及び徹底に努力し、実効をあげている点に徴し、勧告しない。
 B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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