(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月22日03時35分
鹿児島県串木野港南南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船幸丸 |
漁船幸尚丸 |
総トン数 |
4.0トン |
3.08トン |
全長 |
12.17メートル |
|
登録長 |
|
8.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
70 |
50 |
3 事実の経過
幸丸は、船体中央やや後部に操舵室を設けたFRP製漁船で、A受審人(平成15年11月に一級小型船舶操縦士(5トン限定)と特殊小型船舶操縦士の免許に更新)ほか1人が乗り組み、底刺網漁を行う目的で、船首0.3メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、平成15年10月22日03時08分鹿児島県江口漁港を発し、同漁港南西方沖合の漁場に向かった。
発航するときA受審人は、法定の両舷灯及び船尾灯を表示し、マスト灯の代わりに操舵室上のマスト頂部にある白色全周灯を点灯し、機関を微速力前進にかけて出航操船に当たり、同漁港南防波堤の突端を航過したのち南西の針路をとり、03時12分少し前串木野港灯台から142度(真方位、以下同じ。)4.35海里の地点で、機関を半速力前進にかけ、15.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で手動操舵によって進行した。
ところで、A受審人は、幸丸が15.0ノットで航行するとき、操舵室床に立った姿勢では前方に水平線が見えなくなる死角を生じることから、平素、同室後部に設けられた台(以下「後部台」という。)の上に立ち、同室中央後部の天井に設けられた開口部から上半身を出して見張りを行っていた。そして、魚群探知器(以下「魚探」という。)が同室内の、同開口部の左舷側少し前方の機器台に置かれていたので、航走しながら魚群探索をするときには、同開口部から上半身を出して周囲の見張りを行うかたわら、その後枠に身体を寄せて前部にできる隙間から左斜め下を眺め、魚探の画面を見るようにしていた。
03時25分少し前A受審人は、水深が約30メートルの海域を、ちこだい漁を行うつもりで針路を南西方に向けていたところ、北寄りの風で沖合がしけ模様であったことから、予定を変更して北風のときに海上が比較的穏やかな同県日置郡日吉町沖の、浅海水域であじ漁を行うこととして左転を開始し、同時25分半少し過ぎ日吉町の北部にある城山(じょうやま)山頂(238メートル)(以下「城山山頂」という。)から270度4.5海里の地点で、針路をGPSに入力していた新16と称する魚礁に向く133度に定め、同じ速力で続航した。
A受審人は、水深20メートルないし23メートル付近の漁場であじの魚影反応を見かけることが多かったことから、同水深付近に至ってから魚群探索をすることとし、後部台の上に立ち開口部から上半身を出した姿勢で見張りを行いながら進行した。
03時31分少し過ぎA受審人は、城山山頂から255度3.55海里の地点で、ほぼ正船首1.0海里のところに、幸尚丸の表示する白、紅2灯を視認でき、その後同船が北上していることが分かる状況であったが、同方向の陸岸に明るく点灯されていた水銀灯に紛れていたこともあって、同船の灯火を見落とし、目的としている魚礁付近には他船はいないと思って続航した。
03時32分半少し過ぎA受審人は、城山山頂から250.5度3.4海里の地点に至って水深が23メートルとなり、上半身を開口部から出した姿勢で左斜め下の魚探を見ながら、新16の魚礁付近に差し掛かったとき、同魚礁の北東方にある長田と称する魚礁に向かうことを思い立ち、ゆっくりした左回頭で同魚礁付近に向けながら魚群探索をすることにしたものの、このころ、左舷船首15度1,030メートルのところに、幸尚丸の白、紅2灯を視認でき、同船が更に北上を続けていることがわかる状況であったが、魚探を見ることに気を奪われていて、このことに気付かないまま、左舵約3度をとり、徐々に左回頭しながら回転半径約730メートルの円弧上を進行した。
03時33分A受審人は、船首が118度を向いたとき、幸尚丸の左舷灯を左舷船首8度830メートルに、同時33分半船首が100度を向いたとき、同灯を正船首わずか右方590メートルに、同時34分城山山頂から247度3.1海里の地点に達し、船首が081度を向いたとき、同灯を右舷船首9度370メートルにそれぞれ視認することができ、その方位が明確に右方に変化していたものの、自船が一定の角速度でゆっくり左回頭していることから、幸尚丸に追いつき、同船の進路と自船の進路とが交差し、衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、付近海域には他船はいないものと思い、魚探を見ることに気をとられ、見張りを十分に行わなかったので、この状況に気付かず、行きあしを止めるなどして衝突を避けるための措置をとることなく、長田魚礁付近に近づいたので、魚探を詳しく見るため、同じ転舵状態としたままで後部台から操舵室の床に降りた。
03時34分半A受審人は、船首が063度を向いたとき、幸尚丸のマストの白1灯及びその下方の作業灯の明かりを右舷船首15度180メートルに認めることができ、その後更に追いつく態勢であり、衝突の危険があったが、魚探に見入っていて、依然、開口部から上半身を出すなどして見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、同じ角速度の左回頭で続航中、03時35分城山山頂から247度2.9海里の地点において、幸丸は、船首が045度を向いたとき、原速力のまま、その右舷船首が幸尚丸の左舷船尾部に後方から33度の角度で衝突し、同船に乗り上げた。
当時、天候は晴で風力3の北風が吹き、視界は良好であった。
また、幸尚丸は、全長が12メートル未満の、船体後部に甲板上の高さ約1.4メートルの操舵室を設けたFRP製漁船で、B受審人(平成15年11月に一級小型船舶操縦士(5トン限定)と特殊小型船舶操縦士の免許に更新)が単独で乗り組み、あじの底刺網漁を行う目的で、船首0.6メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、同10月21日23時30分江口漁港を発し、同漁港南南西方沖合の水深22メートルばかりの漁場に向かった。
B受審人は、発航するに当たって、幸尚丸に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
翌22日00時30分B受審人は、城山山頂の南西方約3.5海里付近の漁場に至って魚群探索を行ったのち、02時10分水深約21メートルの、すり合わせ曽根と称する魚礁の付近で、長さ約360メートルの底刺網を北方に向けて投入し、しばらく待機したのち、02時40分同網の南側から北に向かって揚収を開始し、03時20分揚収を終え、帰港するために甲板上の後片付けに掛かった。
03時30分B受審人は、城山山頂から238.5度3.3海里の地点で、後片付けを終え、操舵室の上に法定の両色灯を表示し、その上部に白色全周灯及び同室後部に作業灯をそれぞれ点灯して発進し、針路を012度に定め、機関を半速力前進に掛け、7.0ノットの速力で、操舵室右舷側外の舷側甲板上に立って、遠隔の手動操舵によって帰途に就いた。
03時31分少し過ぎB受審人は、城山山頂から240度3.15海里の地点で、左舷正横前31度1.0海里のところに幸丸の表示する白、紅、緑3灯を視認でき、同船が南東方に航行中であることが分かる状況のもと、同船の灯火を見落としたまま進行した。
03時32分半少し過ぎB受審人は、城山山頂から242.5度3.05海里の地点で、左舷正横前16度1,030メートルのところに、幸丸の白、紅2灯を視認できる状況であったが、これより少し前、近くで操業していた弟の乗る刺網漁船の明かりを探して周囲を見渡したとき、左舷方の沖合にちこだい漁の目的で南西方沖合に向かう漁船群の明かりを認めたものの、これらの明かりの中に紛れていた幸丸の灯火を見落とし、左舷方には同漁船群のほかに他船はいないものと思い、その後左舷方の見張りを十分に行っていなかったので、幸丸の灯火に気付かなかった。
このころ、B受審人は、幸丸がゆっくり左回頭をし始めたことから、03時33分には同船の左舷灯を左舷正横前8度830メートルに、同時33分半には同船の両舷灯を左舷正横わずか後方590メートルに、同時34分城山山頂から245度3.0海里の地点に達したとき、同船の右舷灯を左舷正横後12度370メートルにそれぞれ視認することができ、同船の方位が左方に明確に変化していたものの、同船が一定の角速度でゆっくり左回頭しながら追いつき、その進路が自船の進路と交差し、衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、左舷方の沖合に認めていた漁船群が南西方の水深が深い方に向かっていたことから、沖合から水深の浅い方に向けてくる漁船はいないと思い、前方と右舷方のみを見ていて、周囲の見張りを十分に行わなかったので、この状況に気付かず、また、音響信号の手段を講じておらず、同船に対して注意喚起信号を行うことができなかった。
03時34分半B受審人は、幸丸を左舷正横後24度180メートルに視認でき、その後更に接近する態勢であり、衝突の危険があったが、依然、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、衝突を避けるための措置をとることなく続航中、幸尚丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、幸丸は船首部の損壊及び同部右舷外板に亀裂を生じたが、のち修理され、幸尚丸は左舷船尾部外板に破口を生じて機関室に浸水し、えい航作業中に沈没し、のち引き上げられたものの、廃船処分とされた。
(原因)
本件衝突は、夜間、鹿児島県串木野港南南東方沖合において、両船が互いに進路が交差し衝突のおそれがある態勢で接近中、徐々に回頭して幸尚丸に追いつく幸丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、直進する幸尚丸が、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず、かつ、見張り不十分で、注意喚起信号を行うことができず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、鹿児島県串木野港南南東方沖合において、魚群探索の目的で徐々に左回頭しながら東行する場合、接近する他船を見落とさないよう、見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、付近海域には他船はいないと思い、魚探を見ることに気をとられ、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、進路が交差し衝突のおそれがある態勢で幸尚丸に追いつくことに気付かず、同船との衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き、幸丸の船首部を損壊するとともに同部右舷外板に亀裂を生じさせ、幸尚丸の左舷船尾部外板に破口を生じさせて機関室が浸水し、同船を沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、夜間、鹿児島県串木野港南南東方沖合において、漁場から帰港の目的で北上する場合、接近する他船を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、沖合に認めていた漁船群が南西方向に向かっていたことから、沖合から水深の浅い方に向けてくる漁船はいないと思い、前方と右舷方のみを見ていて、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、進路が交差し衝突のおそれがある態勢で自船に追いつく幸丸に気付かず、衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、幸尚丸の機関室が浸水するに及んで同船を沈没させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。