日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) > 転覆事件一覧 >  事件





平成15年第二審第42号
件名

漁船第七ねむろ丸転覆事件[原審・函館]

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成16年8月26日

審判庁区分
高等海難審判庁(吉澤和彦、平田照彦、上中拓治、坂爪 靖、保田 稔)

理事官
長浜義昭

受審人
A 職名:第七ねむろ丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

第二審請求者
理事官 今泉豊光

損害
機関等を濡損、甲板上の艤装品の一部が損傷
乗組員1人が3週間の入院加療を要する頚髄損傷及び3人が1週間の加療を要する頚椎捻挫等の負傷

原因
魚網巻き上げ時における船体横傾斜の増大防止措置不十分

主文

 本件転覆は、大量のほたて貝が入った袋網をデリックブームで巻き上げる際、船体横傾斜の増大を防止する措置が不十分で、大傾斜したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年1月26日07時55分
 北海道野付埼南方沖合
 (北緯43度24.6分 東経145度21.2分)
 
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第七ねむろ丸
総トン数 9.7トン
登録長 14.99メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 120
(2)設備及び性能等
ア 船体及び設備
 第七ねむろ丸(以下「ねむろ丸」という。)は、平成3年12月に進水した一層甲板型FRP製漁船で、主としてほたて貝けた網漁業に使用されていた。
 ねむろ丸は、上甲板下に、船首から順次後方に空所、漁具庫、魚倉、機関室、船員室及び舵取機室が配置され、同甲板上に船首楼があって甲板倉庫とされ、船体中央から船尾寄りに設けられた甲板室の前部が操舵室、後部が賄室となっており、上甲板と船首楼の周囲に高さ約0.8メートルのブルワークが設置されていた。また、船首楼と甲板室間の上甲板は投揚網の作業場とされ、漁労設備として、船首楼後方に、上甲板上1メートルのところを基点とする長さ約8メートルの水平方向に旋回できないデリックブームを備えたマストがあり、その後方にカーゴウインチが装備され、同ウインチによりデリックブーム先端のブロックを通してフック付きの吊り索で漁網を巻き上げるようにしており、同ウインチ後方に漁具の曳航などに使用するリールドラム付ウインチが設けられ、各ウインチの遠隔操縦装置が操舵室右舷側前方に設置されていた。
イ 漁具及び揚網要領
 ほたて貝けた網漁に使用される漁具は、八尺と称する幅2.5メートル長さ1.8メートル爪の長さ0.7メートル重量約150キログラムの箱状の鉄製けた(以下「けた」という。)に、チェーン製の沈子を装着した全長4メートルの袋網を取り付けたもので、漁法は、ワイヤー製曳索をけたに連結して両舷から1個ずつ投入し、海底を掻引しながら漁獲するものであった。
 揚網は、リールドラム付ウインチでけたを両舷とも海面付近まで引き上げて吊り下げ状態としてから、片舷ずつ漁具を揚収するようにしており、けたを甲板上に引き上げて船横方向になるように甲板上に置き、船首側と船尾側にけたの係止索をとって同索を反対舷のブルワークに設けられた金具に結び、これによって巻き上げ中の船体横傾斜によるけたの移動防止と袋網の外方への振れ止めを兼ねさせ、次いで袋網に付いている手繰り用チェーンの中間にあるリングにフックをかけて網を引き寄せたのち、袋尻にあるリングにフックを取り直し、デリックブームを仰角約60度に設定して、ブロックから吊り索が舷端に向け斜め下方に張られた状態で袋尻から巻き上げるものであった。
 そして、漁獲物のほかに海底の泥などが多く入網しているときには、揚網の途中で袋網を海面付近で数回上下させて洗浄することにしていた。
ウ 復原性能
 ねむろ丸において、ほたて貝の1回の入網量は平素多くても60キログラム入りの篭にして20篭分、約1.2トンで、揚網中の船体横傾斜角度については、ほたて貝の入網部下端が海面から離れて浮力の影響が無くなり、ブルワークトップ付近まで巻き上げられた状態では、荷重が海面上約8.4メートルの位置にあるデリックブーム先端のブロックに作用して重心が相当上昇することになるが、これまで大きく傾斜したとしても約25度で、平均喫水約1メートルの船体中央においてブルワークの基部付近が海面に浸る状態となるものの、ブルワークトップが海面に達して船内に海水が流入する角度である35度まで傾斜することはなかった。

3 事実の経過
 ねむろ丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、操業の目的で、船首0.25メートル船尾1.80メートルの喫水をもって、平成14年1月26日06時30分多数の僚船とともに北海道尾岱沼漁港を発し、07時20分野付埼南方のほたて共同操業海区に至って第1回目の操業を開始した。
 07時45分A受審人は、野付埼灯台から178.5度(真方位、以下同じ。)9.2海里、水深約10メートルの地点において揚網することとし、機関を中立にして両舷のけたを海面付近まで巻き上げ、右舷側のけたを甲板上に引き上げた。
 A受審人は、乗組員を作業場の両舷に2人ずつ配置して自らはカーゴウインチの操作に当たり、けたの船尾側の係止索が反対舷の金具にとられたのを認めたものの、船首側の同索が乗組員の1人によりリールドラム付ウインチの台を介して手で保持されているだけで、金具にはとられていないことに気付かないまま、フックを袋尻のリングにとらせたのち、袋網を海面付近まで巻き上げたところ、これまで経験したことのない30篭分、約1.8トンのほたて貝が入網していることを認めた。
 A受審人は、泥等を洗い流すため袋網を海面付近で数回上下させているうち、右舷傾斜がこれまでより大きく、約30度傾いてブルワークトップが海面近くになる事態となり、そのまま巻き上げると傾斜が更に増大してブルワークトップが海面に浸るおそれがあったが、この程度の傾斜なら大丈夫と思い、いったん巻き上げを中止して付近で操業中の僚船を横付けさせるとか、漁獲物を軽減するなどの船体横傾斜の増大を防止する措置を講じなかった。
 07時55分少し前A受審人は、カーゴウインチを巻き込んだところ、ほたて貝の入網部下端が海面から離れて上昇するとともに右舷傾斜が増したとき、けたの係止索にかかる袋網の荷重が増加して船尾側の係止索が破断し、船首側の係止索を保持していた乗組員も荷重を支えきれず手を離したため、けたが舷外に飛び出すのを認め、これに気をとられ、袋網を水中に巻き下して荷重を軽減する措置をとらなかった。
 ねむろ丸は、船体横傾斜が更に増大してブルワークトップが海面に達し、大量の海水が船内に流入して復原力を失い、07時55分野付埼灯台から178.5度9.2海里の地点において、144度を向首して右舷側に転覆した。
 当時、天候は晴で風力1の東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、海上は平穏であった。
 転覆の結果、ねむろ丸は、機関等を濡損したほか、甲板上の艤装品の一部が損傷したが、来援したクレーン船等により引き起こされ、のち修理された。
 また、乗組員全員が海中に投げ出されたが救助され、1人が3週間の入院加療を要する中心性頚髄損傷を、3人が1週間の加療を要する頚椎捻挫等をそれぞれ負った。

(本件発生に至る事由)
1 けたの移動止めの係止索が通常の固縛状態にとられていなかったこと
2 A受審人が、これまで経験したことのない大量のほたて貝が入網した袋網を洗浄中にブルワークトップが海面近くになる傾斜を認めた際、この程度の傾斜なら大丈夫と認識したこと
3 A受審人が、揚網作業をいったん中止して船体横傾斜の増大を防止する措置をとらないまま袋網の巻き上げを行ったこと
4 係止索の片方が破断したことに端を発してけたが舷外に飛び出したこと
5 A受審人が、袋網が海面を離れてからブルワークトップが海面に浸るまでの間、船体横傾斜が増大していくのを見過ごし、袋網を水中に巻き下ろす措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は、ほたて貝けた網漁の揚網作業中、大量にほたて貝が入網した袋網をデリックブームで巻き上げる途中大傾斜して転覆した事件である。以下原因について考察する。
 A受審人は、袋網を海面途中まで巻き上げた段階で、これまで経験したことのない大量のほたて貝が入網していることを認め、かつ、袋網を海面付近で数回上下させて洗浄しているうちに船体横傾斜がこれまでより大きく、ブルワークトップが海面近くになる傾斜が出現したことをも認めていたのであるから、長年の就業経験によってそのまま袋網を海面上に巻き上げれば、傾斜が更に増大してブルワークトップが海面に浸る傾斜が出現するおそれがあったことを十分予見できたのであり、揚網作業をいったん中止して船体横傾斜の増大を防止する措置をとったのち巻き上げを行っていれば、本件の発生は防止できたものと認められる。
 したがって、A受審人が、揚網作業をいったん中止して船体横傾斜の増大を防止する措置をとらないまま袋網の巻き上げを行ったことは、本件発生の原因となる。
 A受審人が、これまで経験したことのない大量のほたて貝が入網した袋網を洗浄中にブルワークトップが海面近くになる傾斜を認めた際、この程度の傾斜なら大丈夫と認識したこと、けたの係止索が通常の固縛状態にとられていなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が、袋網が海面を離れてからブルワークトップが海面に浸るまでの間、船体横傾斜が増大していくのを見過ごし、袋網を水中に巻き下ろす措置をとらなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、同人が船体横傾斜の増大を監視していて転覆の危険性に気付いたとしても、この時点で傾斜の増大を止めるには時間的余裕が少なかったから、強いて原因とするまでもない。

(主張に対する判断)
 理事官は、本件転覆の原因について、袋網を巻き上げる際の振れ止めの役目をするけたの係止索が通常の固縛状態にとられていなかったことにより、同索の片方が破断したことに端を発し、けたが舷外に飛び出し、袋網が外方へ振れ出て大傾斜したことによるものである旨主張するので、以下これについて考察する。
 係止索が通常の固縛状態にとられず、破断したことに端を発して制動を解かれたけたが舷外に飛び出し、袋網が外方に振り出されたことは事実であり、このことは傾斜モーメントが増大する理由になる。
 しかしながら、袋網を海面付近で数回上下させている段階では、漁獲物の一部が水中にあって浮力の影響を受けており、この状態ですでにブルワークトップが海面付近になる約30度の傾斜が現れていたのであるから、そのまま巻き上げを行って袋網が海面から離れれば荷重は更に増大し、傾斜が35度に達して海水がブルワークを超えて流入する蓋然性は極めて高く、船体横傾斜の増大を防止する措置を講じるべき状況にあったものと認められる。
 したがって、係止索が破断したことに端を発し、けたが舷外に飛び出したこと及び袋網が外方に振れ出たことが転覆の原因となったものとは認められない。

(海難の原因)
 本件転覆は、北海道野付埼南方沖合において、ほたて貝けた網漁に従事中、大量のほたて貝が入った袋網をデリックブームで巻き上げる際、船体横傾斜の増大を防止する措置が不十分で、大傾斜して海水が船内に流入し、復原力を喪失したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、北海道野付埼南方沖合において、ほたて貝けた網漁に従事中、これまで経験したことのない大量のほたて貝が入った袋網をデリックブームで巻き上げ、海面付近で袋網を数回上下させて洗浄中にブルワークトップが海面付近にまで傾斜するのを認めた場合、そのまま袋網を海面上に巻き上げるとブルワークトップが海面に浸る大傾斜を引き起こすおそれがあったから、いったん巻き上げを中止して付近で操業中の僚船を横付けさせるとか、漁獲物を軽減するなどの船体横傾斜の増大を防止する措置を講じるべき注意義務があった。しかるに同人は、この程度の傾斜なら大丈夫と思い、船体横傾斜の増大を防止する措置を講じなかった職務上の過失により、そのまま巻き上げを行って転覆を招き、ねむろ丸に機関等の濡損及び甲板上の艤装品の一部に損傷を生じさせ、乗組員の1人に3週間の入院加療を要する中心性頚髄損傷を、3人に1週間の加療を要する頚椎捻挫等をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成15年9月25日函審言渡
 本件転覆は、ほたて貝桁網漁に従事中、袋網に大量のほたて貝が入った際、復原性に対する配慮が不十分で、転覆防止措置をとらないまま袋網をデリックブームで吊り上げ、大傾斜したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図1
(拡大画面:36KB)

参考図2





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION