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平成15年第二審第37号
件名

貨物船たいせい丸乗揚事件[原審・長崎]

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年7月22日

審判庁区分
高等海難審判庁(雲林院信行、上野延之、吉澤和彦、井上 卓、保田 稔)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:たいせい丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
B 職名:たいせい丸一等航海士 海技免許:五級海技士(航海)

第二審請求者
理事官 金城隆支

損害
船首部船底の9メートル四方に擦過傷

原因
船位確認不十分

主文

 本件乗揚は、船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Bの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年4月8日06時18分
 来島海峡西口付近
 (北緯34度08.6分 東経132度56.1分)
 
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船たいせい丸
総トン数 499トン
全長 64.85メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット
(2)設備及び性能等
 たいせい丸は、平成4年5月に進水した船尾船橋型の液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで、操舵室前壁中央にジャイロコンパスのレピーターとマグネットコンパスが並び、同室上部の壁には右から順に風向風力計、舵角計及び船内時計が掛けられており、同前壁から50センチメートル後方のコンソールスタンドには、右から順に主機用テレグラフ発信器、ジャイロ組込型操舵装置及びレーダー2台(うち1台は衝突防止装置付き)が配備されていた。
 当時の喫水で、眼高は約9.5メートルとなり、船橋前面から船首端までは約50メートルであった。

3 事実の経過
 たいせい丸は、A、B両受審人のほか4人が乗り組み、空倉のまま、船首1.1メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、平成14年4月5日19時40分新潟港を発し、関門海峡を経由して水島港に向かった。
 A受審人は、船橋当直を自らと一等航海士及び甲板長の3人による単独の4時間3直制と決め、翌々7日19時30分関門海峡の西口北方で船橋当直に就き、21時00分同海峡を出て周防灘を東行し、姫島の北側沖合で甲板長と当直を交替する時間となったが、霧のため視程が約1,000メートルだったので、引き続き在橋して甲板長と2人で船橋当直に当たった。
 8日02時00分A受審人は、ホウジロ島の南西沖合に至ったころ視程が2海里以上となったので、甲板長に単独の船橋当直を任せることとし、視程が2海里以下となったときや航海に不安を感じたときには連絡すること、また、来島海峡航路入航の30分前になれば船長に報告するように次直のB受審人に伝えることを指示し、これらの事項を夜間命令簿に記載して降橋した。
 04時00分B受審人は、伊予灘の由利島南方沖合で、夜間命令簿に目を通したのち甲板長から船橋当直を引き継ぎ、その後、潮汐表を調べて来島海峡の中水道を通航する予定で同海峡西口に向かったが、安芸灘に入った05時ごろから視程が2海里を切るようになり、05時20分来島海峡航路入航の30分前となり、いずれのときも船長に報告すべきであったが、周囲に航行する船舶がなく、甲板長の当直時間の半ばまで船長が在橋していたことを聞いていたので、船長を起こすことに躊躇い(ためらい)を感じて報告せず、05時49分来島海峡航路に入航したところで、来島海峡に入った旨を電話で報告した。
 A受審人は、電話を受けたとき腹痛により便意を催したが、来島海峡に入った旨の報告に、通峡し終えるまで何とか我慢できると思い、05時50分桴磯灯標から331度(真方位、以下同じ。)1.3海里の地点で昇橋し、B受審人を操舵に当たらせて操船指揮を執り、05時54分同灯標から015度1.3海里の地点で、右舷前方の同航船の進路を避けて、針路を107度に定め、機関を全速力前進にかけ、13.6ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で進行した。
 06時00分A受審人は、桴磯灯標から068度1.8海里の地点に達したとき、前路を左方に横切るプッシャーボートを右舵を令してかわし、その後、船首が来島海峡航路第3号仮設灯浮標(以下、来島海峡航路に設置された各灯浮標名の「来島海峡航路」の冠称を省略する。)に向首したころ、便意を我慢することができなくなり、レーダーを見ていたB受審人に、正船首方に視認できるのが第3号仮設灯浮標だと伝え、同灯浮標を航過後122度の針路をとるようにと言っただけで、船位を十分に確認するよう指示しないまま、06時00分半少し過ぎ降橋した。
 B受審人は、2台のレーダーともヘッドアップの状態で、1台を1.5マイルレンジでオフセンターとして正船首方3海里に、他の1台を0.75マイルレンジでオフセンターとして正船首方1.5海里に、それぞれ設定していたが、航路灯浮標と航行船を区別できるよう、1号レーダー画面上の各航路灯浮標の映像にマーキングせずにレーダー画面に見入っていたので、第3号仮設灯浮標を視認しなかったうえ、霧のため視界が制限された状況下、A受審人が急きょ降橋したことに気が動転し、第3号仮設灯浮標の映像が反航船に思え、06時01分半右舵10度をとってこれをかわしたが、他にも航行船がいるのではないかとレーダー画面上を探すうち、レーダーレンジを切り替えて周囲の映像から船位を確認することなく、舵を元に戻すことをも失念したまま右回頭を続けた。
 06時06分B受審人は、桴磯灯標から075度1.4海里の地点に達し、レーダーで船首方に第2号灯浮標の映像を認めたとき、依然気が動転していたため、これを第5号灯浮標と思って舵を中央に戻したところ、第4号灯浮標に向首したが、針路が281度になったことを確かめず、さらに、今度は第4号灯浮標の映像を航行船と思い、06時10分これを避けるため左転して第2号灯浮標に向首したが、またも針路が270度となったことを確かめないまま続航した。
 06時11分少し前再び昇橋したA受審人は、レーダー画面を見、来島海峡大橋が映っていないことなどから船位に不安を感じたが、中水道を南下していると思っていたので、レーダーレンジを切り替えて周囲の地形の映像から船位を確認するなどしないで、機関を半速力前進の6.0ノットに減じて自ら操舵操船に当たるうち、第4号灯浮標の映像を同水道を北上する船と思い、06時11分半少し過ぎ桴磯灯標から047度1,300メートルの地点で、これを避けるため左転したが、船位が分からなくなったことで気が動転し、針路が214度になったことを確かめないまま、B受審人に船位を求めるよう指示した。
 A受審人は、B受審人がなかなか船位を求められなかったので、GPSで船位を出すよう指示するとともに、06時15分少し過ぎいまだ船位が求められないことに不安を抱いて機関を停止し、06時16分桴磯灯標から134度295メートルの地点に差し掛かったとき、レーダー画面を見ていて左舷側の島の映像が近くなったので右転したが、依然気が動転していて針路が294度になったことを確かめないまま進行した。
 06時18分少し前A受審人は、B受審人から「大角鼻ですよ。」と聞いたとき、レーダー画面の左舷側に島影が映っていたことから同鼻の東側にいるものと思い、同周辺海域に拡延する浅礁を避けるつもりで右転中、船首方至近に桴磯灯標を認め、急きょ機関を全速力後進にかけて左舵をとったが及ばず、06時18分たいせい丸は、桴磯灯標から176度130メートルの地点において、ほぼ000度に向首したとき、約2ノットの速力で桴磯に乗り揚げた。
 当時、天候は霧で風はなく、視程は約60メートルで、潮候は上げ潮の末期で、付近海域には1ノット強の東流があった。
 乗揚後、C社のタグボートの来援を得て引き下ろされ、その結果、船首部船底の9メートル四方に擦過傷が生じていることが分かったが、航行に支障がなく、次回入渠時に修理されることとなった。

(本件発生に至る事由)
1 B受審人が、視程が2海里以下になったら知らせとの船長指示を遵守しなかったこと
2 B受審人が、来島海峡航路入航30分前になれば知らせとの船長命令を遵守しなかったこと
3 A受審人が、便所に行くことを我慢して昇橋したこと
4 A受審人が、来島海峡航路を通峡し終えるまで便意を我慢できなかったこと
5 A受審人が一時的に降橋する際、B受審人に船位を十分に確認するよう指示しなかったこと
6 B受審人が、急きょ操船を任され、気が動転したこと
7 B受審人が、航路灯浮標と航行船を区別できるよう、レーダー画面上に灯浮標の映像をマーキングしなかったこと
8 B受審人が、第3号仮設灯浮標のレーダー映像を見て、航行船と間違えたこと
9 B受審人が、転舵後舵を元に戻さなかったこと
10 B受審人が、コンパスやレーダーで針路を確認しなかったこと
11 B受審人が、レーダーレンジを切り替えて周囲の陸地の映像から船位を確認しなかったこと
12 B受審人が、第4号灯浮標のレーダー映像を船、第2号灯浮標のレーダー映像を第5号灯浮標と間違えて迷走したこと
13 A受審人が、再び昇橋して船位に不安を感じたとき、レーダーレンジを切り替えて周囲の陸地の映像から船位を確認しなかったこと
14 A受審人が、第4号灯浮標のレーダー映像を見て、航行船と間違えて左転したこと
15 B受審人が、船長の命を受けて船位を求める際手間取ったこと
16 A受審人が、船位を確かめないまま転舵したこと

(原因の考察)
 本件乗揚は、霧により視界が制限された来島海峡航路を通峡中、船長が便意を催して降橋した際、急きょ操船を任された一等航海士が、気が動転して、レーダーに映った航路灯浮標の映像を航行船と間違えて転舵したあと船位を確認しないまま迷走し、再び昇橋した船長も船位を確認しないまま転舵を繰り返し、桴磯に乗り揚げたものである。
 したがって、B受審人がレーダーレンジを切り替えて周囲の陸地の映像から船位を確認しなかったこと、A受審人が再び昇橋して船位に不安を感じたときレーダーレンジを切り替えて周囲の陸地の映像から船位を確認しなかったこと、A受審人が船位を確かめないまま転舵したことは、本件発生の原因となる。
 B受審人が、視程が2海里以下になったら知らせとの船長指示を遵守しなかったこと、B受審人が来島海峡航路入航30分前になれば知らせとの船長命令を遵守しなかったこと、A受審人が便所に行くことを我慢して昇橋したこと、A受審人が一時的に降橋する際、B受審人に船位を十分に確認するよう指示しなかったこと、B受審人が航路灯浮標と航行船を区別できるようレーダー画面上に灯浮標の映像をマーキングしなかったこと、B受審人が転舵後舵を元に戻さなかったこと、B受審人がコンパスやレーダーで針路を確認しなかったこと及びB受審人が船長の命を受けて船位を求める際手間取ったことは、いずれも本件乗揚に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が、来島海峡航路を通峡し終えるまで便意を我慢できなかったことについては、やむを得ず降橋する場合、操船を任せる一等航海士に対し、船位を十分に確認させ、自船の周囲の状況を十分に把握させ、進行方向を指示したうえで降橋するよう心掛けるべきであった。
 また、B受審人が、急きょ操船を任され、気が動転したことについては、船長が降橋する前に、船位を確認し、周囲の状況を十分に判断できるよう、疑問点があれば自身が納得できるように聞きただし、不安点をなくすよう心掛けるべきであった。
 さらに、B受審人が第3号仮設灯浮標のレーダー映像を見て航行船と間違えたこと、B受審人が第4号灯浮標のレーダー映像を航行船と、第2号灯浮標のレーダー映像を第5号灯浮標と間違えて迷走したこと、A受審人が第4号灯浮標のレーダー映像を見て航行船と間違えて左転したことについては、両人とも気が動転して船位及び針路を確認せずに航行したことによって生じたことであり、前もって、レーダー画面上に航路灯浮標をマーキングしておくとか、船位を確認して自船の航行する周囲の状況を確認することによって解決できることであった。

(海難の原因)
 本件乗揚は、霧により視界が制限された来島海峡航路を通峡中、船位の確認が不十分で、桴磯に向けて進行したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、霧により視界が制限された来島海峡航路を通峡中、一旦降橋したあと再び昇橋した際、レーダー映像を見て船位に不安を感じた場合、レーダーレンジを切り替えて周囲の陸地の映像から船位を確認すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、船位を確認しなかった職務上の過失により、転舵を繰り返し桴磯に向けて進行して乗揚を招き、船首部船底の9メートル四方に擦過傷を生じさせた。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 B受審人は、霧により視界が制限された来島海峡航路を通峡中、船長が降橋して急きょ操船を任され、船位が分からなくなった場合、レーダーレンジを切り替えて船位を確認すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、船位を確認しなかった職務上の過失により、気が動転して転舵を重ね、桴磯に向けて進行して乗揚を招き、前示のとおりの損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成15年9月9日長審言渡
 本件乗揚は、安全運航に対する配慮が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。


参考図
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