(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月18日05時25分
千葉県小湊漁港
(北緯35度07.3分 東経140度11.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船行丸 |
漁船喜代丸 |
総トン数 |
1.36トン |
0.6トン |
全長 |
7.10メートル |
7.80メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
電気点火機関 |
漁船法馬力数 |
30 |
30 |
(2)設備及び性能等
ア 行丸
行丸は、昭和55年3月に進水し、一本釣り、刺し網漁業等に従事する伝馬船型のFRP製漁船で、船体外板は白く、また船体下部から船底と舷縁が青色にそれぞれ塗装され、船首端から約1.2メートルのところに、両端が船側から約0.2メートル突き出す形で角材の係船梁が、その中央後方に接して同梁上高さ約0.4メートルの係船柱がそれぞれ装備され、係船梁の約0.4メートル後方の左舷側に、電動油圧式の揚網用ローラーが設置されていた。
操縦設備は、船尾外板中央部に船外機が取り付けられており、同ハンドルを左右に操作することで回頭することができ、同ハンドルのグリップを回転することにより速力の増減ができるようになっており、また、揚網用ローラー右方の舷側に船外機の遠隔操縦装置があった。
灯火設備は、航行中の動力船を示すための法定灯火設備はなかったが、船首端から約1.2メートル後方の船体中央からやや右舷方に木製支柱の舷縁上約0.4メートルの高さに、また、船尾船外機左舷側の舷縁上約1.2メートルの高さにそれぞれ作業灯が備えられ、更に船尾後端中央のスパンカマスト上部の舷縁上約2.3メートルの高さに黄色点滅灯が設置されていた。
航海計器の装備は、何ら無く、船位測定や他船の監視は全て目視で行われていた。
操縦位置からの見通しは、視野を遮る構造物はなく、唯一後部スパンカが目に入るものの、身体を多少移動すれば視野は改善される状況で、死角を生じなかった。
イ 喜代丸
喜代丸は、昭和59年4月に進水し、採介藻、一本釣り、刺し網漁業等に従事する伝馬船型のFRP製漁船で、船体外板は白く、また船体下部から船底と舷縁が青色にそれぞれ塗装され、船首端から約1メートルのところに、両端が船側から約0.2メートル突き出す形で角材の係船梁が、その中央後方に接して同梁上高さ約0.4メートルの係船柱がそれぞれ装備され、係船梁の約0.4メートル後方の左舷側に、電動油圧式の揚網用ローラーが設置されていた。
操縦設備は、船尾外板中央部に装備された船外機に取り付けられたハンドルを左右に操作することで回頭することができ、また、同ハンドルのグリップを回転することにより速力の増減ができるようになっていた。
灯火設備は、航行中の動力船を示すための法定灯火設備はなかったが、船外機左舷側外板上縁の約1.2メートルの高さに作業灯が備えられ、更に船尾後端中央のマスト上部の舷縁上約2.3メートルの高さに黄色点滅灯が設置されていた。
航海計器の装備は、何ら無く、船位測定や他船の監視は全て目視で行われていた。
操縦位置からの見通しは、視野を遮る構造物がない状況で、死角を生じなかった。
3 小湊漁港の状況等
(1)小湊漁港
小湊漁港は、内浦湾の東側の祓地区と西側の寄浦地区とに分かれており、祓地区は、魚市場が設けられた岸壁が西方にせり出し、南北方向から延びる防波堤に囲まれ、ほぼ同じ広さの水面を有する港湾(以下、北側港湾を「北港」、南側港湾を「南港」という。)設備をもち、魚市場の岸壁先端から外側西方に基本水準面上高さ3.0メートルの小湊港東防波堤(以下、小湊港を冠する防波堤の名称については、その冠称を省略する。)が約70メートル延び、更に同方向に20メートル延長されており、この延長部を中防波堤と称し、その突端から沖合約75メートルのところに逆「く」の字形の長さ約90メートルの消波ブロックからなる沖防波堤が南北方向に設置されており、更に南港南端から沖防波堤の西方170メートルに存在する平島方向に、長さ約200メートルに亘る祓防波堤が突き出すように延びていた。
(2)小湊漁港祓地区北港の出入航
同港祓地区を根拠とする沿岸漁業に従事する漁船は、操業後水揚げを行う際、沖防波堤と祓防波堤間から入航したのち、沖防波堤と中防波堤間を抜け、北港の防波堤出入口から、魚市場岸壁に向かい、また、同岸壁から出航する際は、同経路を反航することになることから、沖防波堤と中防波堤間は、行き交う漁船にとって狭い水道となっていた。
4 事実の経過
行丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、伊勢えび刺し網漁の目的で、平成14年10月18日夜明け前千葉県小湊漁港祓地区船揚場を発し、鯛ノ浦沖合の漁場で操業を行い、同地区魚市場前の岸壁に着岸して水揚げを行ったのち、残りの刺し網を揚げる目的で、船首0.05メートル船尾0.15メートルの喫水をもって、同日05時24分ごろ再び同漁場に向かった。
A受審人は、日出前で薄明るくなった状況下、魚市場前の岸壁を発進後、後部左舷側網置き台に乗組員を右舷向きに腰掛けさせ、自らは右舷船尾端近くに前方を向いて立ち、左手で船外機のグリップを持って見張りに当たり、前後の作業灯及び船尾の黄色点滅灯を点灯し、防波堤の輪郭や灯台などを目視しながら北港の出入口に向かった。
05時24分28秒A受審人は、小湊港東防波堤灯台(以下、「東灯台」という。)から034度(真方位、以下同じ。)135メートルの地点に達したとき、中防波堤突端から約5メートルのところで第三船が黄色点滅灯を点灯して刺し網漁を行っているのを認め、平素よりも同突端を隔てて航過できるように沖防波堤の屈折部辺りに向け針路を242度に定め、眼高に比較して防波堤が高く、防波堤の反対側が見通せず、小型漁船が通航する狭い水道を航行する状況となったが、安全な速力とせず、速力を12.0ノットとしてやや船首を浮上させた状態で進行した。
05時24分40秒A受審人は、天候が良くなかったなどの条件があったものの日出時刻が近かったので、左舷船首33度140メートルのところに喜代丸の船体を中防波堤の先端に視認し得る状況となった際、ほぼ同方向に第三船が存在したので、その先に存在した喜代丸に気付かないまま続航した。
05時24分51秒A受審人は、東灯台から316度65メートルの地点に達したとき、左舷船首59度70メートルのところに喜代丸を視認することができる状況下、第三船を十分に替わせる態勢となったことから、狭い水道の右側端に達する前に針路を180度に転じた。
A受審人は、針路を転じたところ、喜代丸を右舷船首4度に見るようになり、その後同船の方位が変わらず衝突のおそれがある態勢で急速に接近する状況となったが、操業中の第三船のほかに他船はいないものと思い、目線の高さに近い見張りの妨げとなる前方の作業灯を消灯するなどして周囲の見張りを十分に行わなかったので、喜代丸の存在に気付かず、直ちに速力を減じて右転するなどの衝突を避けるための措置をとらず、同針路同速力のまま進行中、05時25分行丸は、東灯台から258度50メートルの地点で、その左舷船首が喜代丸の左舷船首に前方から16度の角度で衝突し、行丸の船体は、衝突の反動で喜代丸の船体に前方から約30度の角度でほぼ重なるように乗り上がって停止した。
当時、天候は小雨で風力2の北風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で、日出は05時47分で周囲は視界が良く薄明るかった。
また、喜代丸は、C受審人が1人で乗り組み、伊勢えび刺し網漁の目的で、船首0.1メートル船尾0.3メートルの喫水をもって、同日04時30分小湊漁港祓地区の船揚場を発し、祓防波堤西方沖合の漁場で操業を行い、水揚げのため魚市場前の岸壁に向かうこととした。
05時23分少し前C受審人は、東灯台から225度390メートルの地点を発進し、針路を045度に定め、周囲が薄明るくなったので作業灯及び黄色点滅灯を消灯し、右舷船尾端近くに前方を向いて立ち、左手で船外機のグリップを持って見張りに当たり、防波堤の輪郭や灯台などを目視しながら、東灯台を船首目標にして5.0ノットの速力で進行した。
05時23分10秒C受審人は、祓防波堤突端に並航したとき、眼高に比較して防波堤が高く、その反対側が見通せない狭い水道を航行する状況となったので、速力を3.0ノットに減じて続航した。
05時24分21秒C受審人は、東灯台から225度93メートルの地点に達したとき、中防波堤突端付近に第三船が黄色点滅灯を点灯して刺し網漁を行っているのを認めたので同船を20メートルばかり隔てて航過できるよう、針路を平素より少し早めに転じて016度とし、同じ速力で進行した。
05時24分40秒C受審人は、右舷船首14度140メートルのところに作業灯と黄色点滅灯を点灯して中防波堤の陰から現れた行丸を認めることができるようになり、05時24分51秒左舷船首12度70メートルのところで同船が針路を左に転じ、その後同船の方位が変わらず衝突のおそれがある態勢で急速に接近する状況となったが、第三船を隔てるために多少中央寄りになったものの狭い水道の右側を航行しているので大丈夫と思い、直ちに停止するなどの衝突を避けるための措置をとることなく同針路同速力のまま続航中、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、行丸は、左舷船首部外板に破口及び右舷船底に船首から船体中央後方に亘る擦過傷等を、喜代丸は、左舷船首部舷縁、揚網用ローラー及び船外機等に損傷をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。また、C受審人は、後頭部打撲及び右鎖骨骨折等を負って意識を失い、直ちに病院に搬送され、4日後に意識が快復した。
(航法の適用)
本件衝突は、千葉県小湊漁港祓地区内で発生したものであるが、航法等の適用については次のとおり認める。
小湊漁港祓地区は、灯台などが整備され、防波堤などにより囲まれた漁港法に規定される第3種漁港であるが、港則法及び海上交通安全法の適用がなく、海上衝突予防法が適用されることになる。
当該漁港は、主として小型漁船が利用するもので、その形状において岸壁やそれらの突端間の水路が狭められているので、この水域は海上衝突予防法第9条に規定される狭い水道に該当する。よって、当該水道を航行する際は、同条の規定により水道の右側端に寄って航行しなければならない。
また、同法第5条の見張り、第6条の安全な速力に関する規定は常に遵守されなければならず、更に、同法第38条に規定される切迫した危険がある特殊な状況においては、この危険を回避する措置をとる必要があり、これを怠れば同法第39条の規定により責任を免れることはできない。
(本件発生に至る事由)
1 行丸
(1)法定灯火設備がなかったこと
(2)前方甲板上に作業灯を点灯していたこと
(3)A受審人が安全な速力で航行しなかったこと
(4)A受審人が狭い水道の右側端に寄って航行しなかったこと
(5)A受審人の見張りが不十分であったこと
(6)A受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 喜代丸
(1)法定灯火設備がなかったこと
(2)灯火を消灯していたこと
(3)C受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと
3 その他
第三船が黄色点滅灯を点灯して操業中で、その方向と重なったところから現れた喜代丸が視認しにくい状況があったこと
(原因の考察)
A受審人が見張り不十分で灯火不表示の喜代丸の存在に気付かず、衝突を避けるための措置をとらずに衝突に至ったことは、同船が発航時日出近い薄明時で周囲が明るくなったため灯火を消灯したという事情から、同人がその存在を視認可能と認めることができたにもかかわらずこれを認識しなかったこととなり、本件発生の原因となる。
また、A受審人が見張りを妨げる前方作業灯を点灯したままこれを消灯せずに航行したこと、安全な速力で航行しなかったことは、いずれも見張りが不十分となった事実と密接な関係があるから、本件発生の原因となる。
さらに、A受審人が航法に従って狭い水道の右側端に寄って航行しなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人が法定灯火の設置を行っていなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当因果関係があると認められない。しかしながら、海難防止の観点から法定灯火設備をするよう是正されるべきである。
また、C受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったことは、同人が衝突の影響で衝突前の記憶を無くしたといえども両船の運航模様、結果が発生した状況などから合理的に認めることができ、この衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
C受審人が法定灯火の設置を行っていなかったこと及び日出前に灯火を表示していなかったことは、当時の状況が日出近い薄明時で周囲が明るくなっていて行丸から喜代丸の存在を視認できたのであったから、本件と相当因果関係があると認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべきである。
第三船の存在がA受審人に対して喜代丸を視認しにくい状況にさせたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、第三船の当該港内での操業は許されているうえ、同人が前方の作業灯を消灯して十分に見張りを行い、安全な速力で航行するなどしてその状況を改善することが可能であり、これを怠ったために生じた状況であったと認められることから、本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は、日出前の薄明時、千葉県小湊漁港祓地区の防波堤に囲まれた小型漁船が通航する狭い水道において、出航する態勢の行丸が、見張りを妨げる灯火を表示したまま、安全な速力で航行せず、かつ、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったばかりか、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、入航する態勢の喜代丸が、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、日出前の薄明時、千葉県小湊漁港祓地区の防波堤に囲まれた狭い水道を操業のためにレーダーほか航海計器の装備がない状態で出航する場合、灯火や計器の設備が十分でない同業船が入航することが十分予測できる状況であったから、他船を見落とさないよう、見張りの妨げとなる前方の作業灯を消灯して速力を下げて航行するなどして周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、操業中の第三船のほかに入航する他船はいないものと思い、見張りの妨げとなる作業灯を点灯したまま高速力で航行していて周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、喜代丸に気付かず、衝突を避けるための措置をとらずに同船との衝突を招き、行丸の左舷船首部外板に破口及び右舷船底に船首から船体中央後方に亘る擦過傷等を、喜代丸の左舷船首部舷縁、揚網用ローラー及び船外機等に損傷をそれぞれ生じさせ、C受審人に後頭部打撲及び右鎖骨骨折等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、日出前の薄明時、千葉県小湊漁港祓地区の防波堤に囲まれた狭い水道を水揚げのためレーダーほか航海計器の装備がない状態で入航中、接近する明るい灯火を認めた場合、他船も自船同様レーダーの装備もなく自船に気付かないおそれがあったから、衝突を回避できるよう、直ちに停止するなどの衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに同人は、狭い水道の右側に寄って航行しているので大丈夫と思い、衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、行丸との衝突を招き、両船に前示損傷等を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成16年1月21日横審言渡
本件衝突は、行丸が、安全な速力としなかったばかりか、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
参考図
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