(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年3月16日15時12分
長崎県高島南方沖合
(北緯33度07.2分 東経129度34.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船浩風丸 |
プレジャーボートドルフィン |
総トン数 |
4.6トン |
|
全長 |
13.79メートル |
|
登録長 |
|
7.36メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
253キロワット |
77キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 浩風丸
浩風丸は、昭和62年10月に進水した一層甲板型のFRP製漁船で、通常は、引き網や一本釣り漁業に従事していたところ、平成元年10月遊漁船業の届出を行い、旅客定員12人を有し、五島列島付近に限定された近海区域を航行区域とし、土曜日、日曜日及び祝日には遊漁船業に就いていた。
同船は、船体中央より少し後方に操舵室を設け、その前に釣り客用の船室を設けていたものの、見張りを妨げる構造物はなかったが、16ノットばかりの航海速力で航走すると、船首が浮上し、操舵室中央の舵輪の後方に立った姿勢では船首両舷にわたって15度ばかりの死角が生じる状況にあった。
操舵室の天井には、開口部が設けられており、操舵室の左右に渡した板に上がって、この開口部から上半身を出して見張りを行えば、死角を補うことができた。
イ ドルフィン
ドルフィンは、平成8年11月に第1回定期検査を受けた全長が8メートルばかりのFRP製プレジャーボートで、主機関として船内外機を装備し、福岡県西部から熊本県北西部に至る沿海区域を航行区域とし、最大塔載人員10人を有していたものの、主としてB受審人自身が週末や休日に佐世保市沖合で使用していた。
同船は、船体前部甲板下には、操舵室から階段で通じるキャビンを有し、操舵室右舷側に操縦席が、左舷側にはベンチ式のシートが設備されており、操舵室の後方3メートルばかりは船尾甲板となっており、信号装置として電子ホーンを設備していた。
3 事実の経過
浩風丸は、A受審人が1人で乗り組み、釣り客4人を乗せ、遊漁の目的で、船首0.6メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成15年3月16日05時30分長崎県佐世保市鹿子前の係留地を発し、06時50分ごろ同県江ノ島の北北東4海里ばかりの釣り場に至り、投錨して遊漁を開始し、同日14時25分切り上げて帰港することとした。
A受審人は、30メートルばかり繰り出していた錨索をローラーで巻き上げ、錨を固縛したのち、14時33分大立島灯台から319度(真方位、以下同じ。)3.8海里の地点で、機関を航海速力前進にかけて発進し、針路を069度に定め、16.0ノットの対地速力で、手動操舵により進行した。
A受審人は、平素は、操舵室上部の開口部から上半身を出したり、船首を左右に振るなどして、死角を補いながら見張りに当たっていたが、発進時雨模様の天気であったことから、操舵室の舵輪の後方に立って、死角を補う見張りを行わないまま、3海里レンジにセットしたレーダーを時折見ながら進行した。
ところで、A受審人は、レーダーの雨雪や海面反射の抑制を効かせすぎて、良好な状態に感度調整を行っていなかったことから、レーダー画面にはプレジャーボートなど小型船は映り難い状況にあったが、このことに気付かなかった。
15時10分A受審人は、牛ケ首灯台から196度2.7海里ばかりの地点に達したとき、前方1,000メートルのところに船首を東南東に向けて錨泊中のドルフィンに向首し、衝突のおそれのある態勢にあったが、レーダーの画面上に他船の映像を視認しなかったことから、前路に他船はいないものと思い、船首を振るなどして死角を補い、見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、ドルフィンを避けないまま続航し、15時12分わずか前同船の船尾部を左舷船首至近に認めたが、何らの措置をとることもできないで、15時12分牛ケ首灯台から185.5度2.4海里の地点において、浩風丸は、原針路、原速力のまま、その船首がドルフィンの右舷中央部に後方から43度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で、風力2の南東風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
また、ドルフィンは、B受審人が1人で乗り組み、釣りの目的で、船首0.2メートル船尾0.6メートルの喫水をもって、同日10時00分同県相浦港を発し、大島西方沖合の釣り場に向かった。
10時45分B受審人は、釣り場に至り、錨泊して釣りを開始し、14時20分ころ帰途に就くこととし、錨を揚収し、14時30分大島の185メートル三角点から282度5.9海里の地点で、機関を半速力前進にかけて発進し、針路を049度に定め、魚群探知器に魚影が映れば釣りを再開するつもりで、魚群の探索を行いながら11.0ノットの対地速力で進行した。
15時00分B受審人は、前示衝突地点付近に至ったとき、魚影を認めたので、再び釣りを行うこととし、錨を投入して錨索を30メートルばかり繰り出して錨泊し、操舵室のサイドに取り付けたトローリング用の竿に黒球を掲揚し、周囲を見渡したところ、付近に他船を認めなかったことから、15時07分ころ船室内に保管してある釣り竿を取りに入った。
B受審人は、船室に入って、約30本ある釣り竿から電動リールの竿を探していたところ、15時10分船首が折からの風に立って112度を向いていたとき、右舷船尾43度1,000メートルのところに、浩風丸が自船に向首し、その後衝突のおそれのある態勢で接近していたが、いつもより竿の選択に時間がかかったことから、このことに気付かず、浩風丸に対し、注意喚起信号を行わず、15時12分少し前機関音が聞こえたので、操舵室に戻ったとき、至近に迫った浩風丸を認めたが、どうすることもできず、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、浩風丸は、ステムカバーの曲損等を生じ、ドルフィンは、右舷外板に破口、操舵室を圧壊及び機関台の曲損等を生じ、後日、修理費の関係で廃船とされ、B受審人は、左肋骨骨折等を負った。
(本件発生に至る事由)
1 浩風丸
(1)A受審人がレーダーの技能が不十分で、感度調整が適切でなかったこと
(2)A受審人が死角を補う見張りを行っていなかったこと
(3)A受審人が見張りが不十分で、ドルフィンを避けなかったこと
2 ドルフィン
(1)B受審人が見張りを中断したこと
(2)B受審人が注意喚起信号を行わなかっこと
(原因の考察)
浩風丸が死角を解消し、十分な見張りを行っていたなら、錨泊中のドルフィンを視認でき、同船を容易に避けていたものと認められる。
したがって、A受審人が死角を補って、十分な見張りを行っていなかったことは、本件発生の原因になる。
A受審人は、浩風丸に死角が両舷にわたって15度ばかりあって、船首の振れがなかったとしたなら、至近に接近するまで小型船を視認することができないことを知っていたのであるから、操舵室の天窓から上半身を出すとか、船首を適宜振るなどして死角を解消し、見張りを十分に行うべき状況にあった。
A受審人は、死角を解消する措置をとらなかった理由として、レーダーを見たとき、船舶の映像を認めなかったことから、他船はいないものと思ったことをあげている。ところが、これは、A受審人がレーダーの雨雪や海面反射の抑制を効かせて、ドルフィン程度の小型船は映らない状況にあったが、レーダー性能の知識が欠如していたので、良好な感度調整が行われず、ブラウン管に映像がなかったことから、他船はいないものと思い込んでいたものである。
結局、レーダー調整が適切でなかったことが、死角を解消せず、見張りを十分に行わなかったことにつながったのであるが、レーダーのブランウン管に映像が映らないときには、調整が適切かどうかといったことを確認する程度の注意力が必要である。
A受審人が、レーダーについて知識が欠如していたことや、抑制つまみに対して注意を払わなかったことは、極めて遺憾であり、同受審人としては、早急にレーダーの技能を十分に修得するとともに注意深く調整し、安全運航に努めるべきである。
他方、ドルフィンについては、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)には、錨泊船と航行船との関係についての明文がなく、船員の常務によって、航行船が錨泊船を避けるべきであるということは基本原則として確立しているところである。
ただ、予防法上、錨泊船にも、見張り、灯火・形象物及び信号に関する規定が適用され、船員の常務として事故を未然に防止すべき責務があるものと解されているので、これらのことについて検討する。
錨泊船に求められている事故の未然防止については、一般に、潮流の弱い適切な錨地を選定し、天候に注意し、悪化の兆しがあるときは、早めに対応措置を講じておくこと等が指摘されている。
これは、自船の保全を念頭においたものであり、航行船と錨泊船との関係においても、正規の灯火・形象物を表示している以上、当然、航行船は錨泊船を避けるべきであり、結果として、自船が回避措置を講じなくても、保全が図れることになっているのである。
この趣旨から、見張りについて考えたとき、他船との関係を含め、自船の周囲の状況を適切に把握できる程度に行っていれば十分であるとすべきであり、そして、航行船が自船を避けないで接近することを知ったときは、航行船に対して注意を喚起することで一応の責務を果たしたことになるのである。
このことは、航法の基本が、「他船」と「自船」との関係において、双方が衝突回避の責務を果たすことにあるのに対し、航行船が錨泊船を避けるという義務は、航行船の独自、固有の責務であるということがいえる。
したがって、航行船が錨泊船に対して負う避航責務が果たされなかったり、又は、十分でなかったなら、基本的には、航行船が一方的に責められるべき性質のものであり、錨泊船には、当初から、航行船に対する回避義務はないのである。そして、航行船が錨泊船に対する基本原則を履行しないとき、別途、船員の常務の概念を援用して、錨泊船にも、「衝突回避」という新たな責務を求めることは許されないというべきである。
本件は、衝突の5分前に周囲を見渡し、自船の近くに接近する他船がいないことを確認し、船室に入って釣竿の選択を行っていたところ、他船の機関音を聞いて操舵室に上がったとき、すでに浩風丸が至近に迫っていて、注意喚起信号はもとより、何らの措置もとることができなかったものであり、先に述べたように、浩風丸が至近に接近するまで、このことに気付かなかったことは、適切な見張りを行っていたとはいえない。しかし、このことについては、錨泊地点が船舶の通航路でないこと、付近には航行する他船がおらず、自船に接近する船舶もいないことを確認していたこと、見張りの中断時間が5分間であったことなどを考えたとき、見張り義務に顕著な違反があったものとは認めない。
そして、衝突回避措置については、ドルフィンが注意喚起信号を行わなかったことは遺憾であるが、航行船と錨泊船との避航関係について考慮したとき、このことを敢えて原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は、長崎県高島南方沖合において、釣り場から帰航中の浩風丸が、見張り不十分で、前路で錨泊していたドルフィンを避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、釣り場から佐世保港に向け帰航する場合、船首方に死角があったから、錨泊中のドルフィンを見落とさないよう、死角を補い、見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、レーダー画面上に他船の映像を認めなかったことから、前路に他船はいないものと思い、船首死角を補い、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、錨泊中のドルフィンに気付かず、同船を避けないで進行してドルフィンとの衝突を招き、自船のステムカバーに曲損等を生じさせ、ドルフィンの右舷外板に破口、操舵室を圧壊及び機関台に曲損等を生じさせ、B受審人に左肋骨骨折等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成15年9月18日長審言渡
本件衝突は、浩風丸が、見張り不十分で、錨泊して遊漁中のドルフィンを避けなかったことによって発生したが、ドルフィンが、見張り不十分で、有効な音響による信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する
参考図
(拡大画面:12KB) |
|
|