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平成16年神審第1号
件名

瀬渡船第七とし丸潜水者死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年5月25日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(横須賀勇一、平野浩三、橋本 學)

理事官
前久保勝己

受審人
A 職名:第七とし丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
第七とし丸・・・推進器に擦過傷
潜水者・・・左下腿切断により出血性ショックで死亡

原因
見張り不十分

主文

 本件潜水者死亡は、素潜り操業中の水域を航行中、転針方向に対する見張り不十分によって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月3日12時00分
 和歌山県串本町船瀬漁港
 
2 船舶の要目
船種船名 瀬渡船第七とし丸
総トン数 2.7トン
登録長 9.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 205キロワット

3 事実の経過
 第七とし丸(以下「とし丸」という。)は、船体中央部やや船尾寄りに操舵室が設けられたFRP製瀬渡船で、平成14年7月に交付された一級小型船舶操縦士免状を有するA受審人が1人で乗り組み、早朝に瀬渡しした釣り客を迎える目的で、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成15年8月3日11時58分和歌山県船瀬漁港の船だまりを発し、同港南方約1,000メートルの岩場に向かった。
 ところで、船瀬漁港船だまりは、潮岬半島南岸の波ノ浦湾奥に構築されたソの字形の防波堤に囲まれた同漁港内の北東奥にあり、同船だまりの西側は南方に延びた突堤で、突堤南端が潮岬灯台から059度(真方位、以下同じ。)1,900メートルの地点(以下「突堤南端」という。)で、その南方が水路幅8メートルの西に向いた船だまり出口(以下「船だまり出口」という。)となっていた。
 A受審人は、平素、船だまり出口から西に約45メートルの範囲が水深約2メートルとなっていたので、同出口から西に向かって30メートル航行した後、南西に延びた東側の防波堤に沿って、約233度の針路で海底の岩や石を取り除いた通行路を80メートル進行し、漁港防波堤出口に向かっていた。
 また、船瀬漁港では、毎年4月20日から5月10日及び6月20日から8月31日までの毎日09時から15時の間、防波堤の内外で素潜りによるとこぶしの採捕が行われ、その間、同水域では10人から30人の海女が操業し、その操業形態は、素潜り中であることを示す浮きの周囲数メートルの直下で、30秒ほど潜っては浮上し、浮きを抱えて息を整え、再び潜ることを繰り返し、場所を移動するときは、浮きと一緒に移動するものであった。
 潜水者Bの使用する浮きは、ドーナツ型の外径40センチメートル(以下「センチ」という。)厚さ12センチの発泡スチロール製で周囲を緑と黄色のビニールテープで巻き、浮きが流れないよう直径10ミリメートル長さ3.2メートルの合成繊維索の一端を浮きに結び、同索の他端には長さ約30センチの網袋に石を入れた錘をつないだものであり、海上が穏やかで、視界が良好な状況下では、200メートル離れたところからも同浮きを視認できるものであった。
 A受審人は、当水域での操業についてよく知っていたことから、防波堤内外を航行中、船首方に浮きを認めた際には、潜水者が浮いてくるまで待ち、浮きを抱えている人を認めた際には、避けて走るなど潜水者の安全を確認して航行していた。
 こうしてA受審人は、船だまりに停泊する僚船に寄った後、ついでに防波堤外の僚船に弁当を届けるため、11時59分10秒突堤南端から090度23メートルの地点において、針路を船だまり出口に向く262度に定め、機関を回転数毎分600にかけ、微速力前進の2.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で操舵輪の後方に立って見張りを行い、手動操舵によって進行した。
 11時59分半A受審人は、突堤南端から210度4メートルの地点に達したとき、船だまり出口を通過したころ左舷船首20度75メートルのところに、素潜り中であることを示す浮きを認め得ることができ、その方向に転針するとその水面下にいるB潜水者に向けて接近する状況となったが、左舷船首7度105メートル付近に浮きを抱えている1人の潜水者を認めたことから、これに気をとられ、船舶の通行路である転針方向には潜水者はいないものと思い、転針方向に対する見張りを十分に行わなかったので、この状況に気付くことなく続航した。
 A受審人は、11時59分50秒突堤南端から256度29メートルの予定転針点に達し、針路を233度に転じたとき、B潜水者の浮きが正船首約50メートルに位置することとなり、そのまま航行すると水面下の潜水者と接触する危険があったが、依然、見張り不十分で、これに気付かず、機関回転数毎分1,500として10.0ノットの速力で進行するうち、やがて船首端から前方30メートル以内が死角に入ったことから、それ以降も、同浮きを視認することができずに続航中、12時00分突堤南端から242度80メートルの地点において、原針路、原速力のまま、水面下1.0メートルの推進器が素潜り中のB潜水者の左足に接触した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期にあたり、視界は良好であった。
 A受審人は、特に衝撃を感じなかったことから、B潜水者に接触したことに気付かないまま進行し、釣り客2人を迎えて12時10分船瀬漁港船だまりに戻ったとき、岸壁にいた妻からとし丸がB潜水者に接触したことを初めて知らされた。
 一方、B潜水者は、09時00分船瀬漁港船だまりに集まった同僚2人とともに、波の静かな防波堤内で操業することにして、準備を開始した。
 B潜水者は、厚さ5ミリメートルの黒色の手首及び足首まで包むウエットスーツに、水中メガネと黒いゴム製の帽子を着用し、1キログラムの鉛を7個身に付けて、10時00分突堤南端から北北西40メートル付近の岩場から海中に入り、その後、前示接触地点付近で素潜り中であることを示す浮きを標示して潜水を繰り返し、11時59分少し過ぎ潜り始めて潜水中、前示のとおり、とし丸と接触した。
 その結果、とし丸は、推進器に擦過傷を生じ、B潜水者は、左下腿切断により出血性ショックで死亡した。 

(原因)
 本件潜水者死亡は、和歌山県串本町船瀬漁港の素潜り操業水域において、同漁港沖合に向かって航行する際、転針方向に対する見張りが不十分で、素潜り中であることを示す浮きに向けて転針して進行し、水面下の潜水者に接触したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、和歌山県串本町船瀬漁港の素潜り操業水域において、同漁港沖合に向かって航行する場合、同水域では、とこぶし採捕の潜水者が、素潜り中であることを示すための浮きを標示して操業していることを知っていたのだから、素潜り中であることを示す浮きを見落とさないよう、転針方向に対する見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、船舶の通行路である転針方向には潜水者はいないものと思い、転針方向に対する見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、B潜水者の標示する浮きに気付かず、転針し、同潜水者との接触を招き、とし丸の推進器に擦過傷を生じさせ、B潜水者の左下腿を切断して出血性ショックにより死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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