(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年4月27日11時00分
長崎県三浦湾漁港の船溜まり岸壁
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八海祐丸 |
総トン数 |
17.70トン |
登録長 |
14.40メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
330キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
3 事実の経過
第八海祐丸(以下「海祐丸」という。)は、昭和52年7月に進水したFRP製漁船で、昭和63年5月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したA受審人が、平成7年12月にそれまで2年間係船されていた同船を中古で購入し、主機として、スウェーデン王国B社が製造したTAMD162A型と称するディーゼル機関を備え、同機関は、船首側の動力取出軸で電圧220ボルトの交流発電機を駆動していた。
主機の潤滑油系統は、クランク室下部の潤滑油が、機関直結の潤滑油ポンプで吸引加圧され、潤滑油冷却器及び同油こし器(以下「こし器」という。)を経て、主軸受けなどの内部各軸受け及びピストン冷却並びに過給機にそれぞれ供給され、潤滑及び冷却両機能を果たしたのちには、すべてクランク室に戻ることとなっており、クランク室のオイルミストは、操舵室後方にある煙突の近傍に設けられたミスト抜き管から大気に放出されていた。
A受審人は、海祐丸を購入当初はいか釣り漁に従事していたが、同漁が主機を高負荷で長時間運転せざるを得ず燃料費が嵩む(かさむ)ことから、平成12年に運航費が比較的少なく漁業許可も得ていたあなごかご漁に移行し、その後係留地から3ないし4時間の航程にある長崎県対馬周辺海域の漁場で、周年、あなごかごはえ縄漁を行い、一航海を2ないし3日間として操業を続けていた。なお、同漁に移行後の主機運転時間は、年間2,000ないし2,500時間であった。
主機の潤滑油は、取扱説明書に運転時間500ないし600時間ごとに全量を新油に取り替え、同時にこし器のフィルタエレメントも交換するよう記載されていたところ、本件時同書は船内に備えられておらず、A受審人は、潤滑油と同エレメントを同時に新替はしていたものの、その間隔は自身の経験によって6ないし7箇月毎とし、運転時間にすれば1,000ないし1,500時間となり、いか釣り漁に較べれば主機の負荷が小さいものの、その間隔は同書に記載されていた期間を超えていた。
A受審人は、日常、操舵室から主機の始動を行い、その前に機関室で主機潤滑油の量を検油棒で必ず点検し、減少していることに気付けばその都度適正な量にまで補給しており、冷却清水については、購入以来殆ど減少することがないので始動前に水量を点検することは希で、平成14年10月に点検して異状がないことを確認したのちも、同点検の必要を考えることなく始動及び運転を行っていた。
ところで、海祐丸は、A受審人が購入したとき、主機について、始動用の蓄電池は取替えられたものの、機関内部の状態や計器及び警報装置それぞれの点検は省略され、潤滑油圧力低下や冷却水温度上昇などの同装置が、電路の断線や接触不良で作動しなくなっており、その後もピストン抽出や燃料噴射弁及び吸排気弁の開放掃除など機関整備が一度も行われないまま、運転が続けられていた。
A受審人は、購入後暫くして、主機を始動停止するとき、海祐丸購入前の所有船では、機関の製造会社が異なるものの警報装置が正常に作動しており、一方海祐丸では始動停止時も含めて同装置が一度も作動したことはなく、このことから、購入時から主機の警報装置が作動不能の状態になっていることを知りながら、運転中、操舵室計器盤上の潤滑油の圧力計及び冷却清水の水温計が、ともに正常値を示す緑色表示の範囲にあったので、計器を監視しておれば異状を把握できるから大丈夫と思い、業者に依頼するなどして主機の警報装置を十分に修理していなかった。
海祐丸は、主機の潤滑油について、前示の性状管理を続け、新替する際に機関の構造からやむを得ず旧油の一定量がクランク室に残ることとなり、年間の運転時間が少ないとはいえ、購入以来、長期にわたって機関の整備も行わなかったことから、ピストンリングの摩耗進行や張力低下によって燃焼ガスのブローバイが生じ始め、また潤滑油流路の経年汚損によって機関内部のしゅう動面や回転面への供給量が不足気味となっていた。
やがて、主機の潤滑油は、クランク室の同油に燃焼ガスの燃焼生成物や未燃物が混入して汚損の進行が速まり、連れてブローバイの進行も速まるという悪循環に陥り、甲板上の煙突の横にあるミスト抜き管から放出されるオイルミストの量が増加し、同油の消費量が購入時の月間20リットルから同30ないし40リットルへと倍加するようになったことに加え、汚損による性状劣化も顕著となった。
あなごかご漁に移行したころ、A受審人は、主機の潤滑油に関して、新替を行うときや始動前に油量を点検して補給するときなどに、消費量が大幅に増加していること、色が著しく黒変して悪化していること、カーボンやスラッジなど燃焼ガスの燃焼生成物や未燃物が混入して明らかに性状が汚損劣化していることなどを認めていた。
このころ同時にA受審人は、機関の開放整備も長期間実施していないことも踏まえ、同整備が必要であると認識したものの、費用の捻出が容易でないことや、あなごかご漁は主機の負荷が小さく、また従来から機関に不具合の兆候が生じた際には、その都度業者に点検・整備・修理などを依頼して大きな問題を生じておらず、不具合の前兆が特になかったことから大丈夫と思い、主機がブローバイし始めていることに考えが至らず、業者に依頼するなどして同整備を十分に行わなかった。
海祐丸は、このような状況のもとで長期間主機の運転が続けられ、平成15年4月下旬いつものようにあなごかご漁に従事し、同月26日08時00分長崎県三浦湾漁港にある女護島地区の船溜まり岸壁に左舷を接岸して船首を040度(真方位、以下同じ。)に向け、その態勢のまま係留して翌27日10時40分A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で氷1トンを積み込み、船首0.30メートル船尾1.60メートルの喫水をもって、13時の発航に備えて主機を始動し、回転を停止回転数の毎分600に定めたのち両人が甲板上で餌のかご詰め作業にあたり、10時55分同作業を終えて主機の回転数を毎分1,300に上げ、直結の発電機を駆動して電動の雑用水ポンプを運転し、甲板の洗浄作業を開始した。
海祐丸は、甲板の洗浄作業開始直後から、主機ブローバイの悪化が急速に進行し、11時00分万関瀬戸東口灯台から204度100メートルの前示岸壁において、燃焼ガスが高い圧力を保持した状態でクランク室に吹抜け始め、オイルミストがミスト抜き管から大量広範囲に噴出し、同室の潤滑油が減少して油圧が急低下したものの、警報が何もないまま機関内部の潤滑及びピストンの冷却が著しく不良となり、クランク軸及び各部軸受メタルなどが焼損して回転数が振れ始め、同時に異音を生じ始めた。
当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、海上には白波があった。
甲板の洗浄を行っていたA受審人は、機関室からの異音に気付いて操舵室に急行し、主機の回転計が大きく振れているのを認め、停止の措置をとろうとしたとき、主機が自停した。
このとき、A受審人は、煙突横にある主機クランク室のミスト抜き管から、大量のオイルミストが噴出して操舵室の屋根にまで飛散していることに気付き、その後、同室の潤滑油が検油棒の先端に付着しないほど減少していることを認めた。
海祐丸は、主機が、クランク軸と同軸のシールをはじめ、全シリンダのピストン、シリンダライナ、主軸受及びクランクピン軸受など各軸受メタルが著しく焼損していることが明らかとなり、のち主機を廃棄処分した。
(原因の考察)
本件は、発生時の状況及び損傷部品の点検や計測内容などから、無開放のまま長期にわたって運転が続けられていた主機において、燃焼ガスのブローバイと潤滑油性状劣化の悪循環が相乗作用し、ブローバイが急激に悪化して潤滑油が著しく減少したことから、機関内部の潤滑が不良となって発生したもので、再発防止の観点から次の点について考察する。