(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月7日14時02分
高知県片島港片島岸壁
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船しまんと |
総トン数 |
1,446トン |
全長 |
89.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
4,413キロワット |
3 事実の経過
しまんとは、平成6年1月に進水し、高知県片島港と大分県佐伯港間の定期航路に就航する、鋼製二層全通甲板型旅客船兼自動車航走船で、A受審人が機関長として、ほか10人と乗り組み、旅客36人及び車両11台を載せ、船首3.40メートル船尾4.26メートルの喫水をもって、平成15年7月7日11時05分佐伯港を発し、同日13時50分片島港片島岸壁に着岸して主機が停止されたのち、船内の電力を供給する目的で2号主発電機を引き続き運転した状態で係留された。
主発電機は、B社製造の電圧450ボルト、定格出力500キロボルトアンペアの3相交流発電機で、機関室後部両舷の対称位置に右舷側を1号主発電機及び左舷側を2号主発電機(以下各主発電機をそれぞれ「1号機」及び「2号機」という。)として据え付けられ、それぞれの船尾側に連結されたディーゼル機関(以下「原動機」という。)によって駆動されるようになっていた。
ところで、主発電機は、電動バウスラスタを使用する出入港時、増加する電力負荷に対応するため1号機及び2号機の並列運転が行われていたが、停泊中及び通常航海中はいずれかの単独運転を常態とし、両機が1箇月毎に切り替えて使用されていた。
一方、原動機は、C社製造の6DL-16型と呼称する、定格出力441キロワット、同回転数毎分1,200の4サイクル6シリンダ機関で、船尾方から順にシリンダ番号が付されていた。
原動機のシリンダヘッドは、ピストンとのトップクリアランスを4.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)として組み付けられ、各シリンダに耐熱鋼製排気弁及び吸気弁各2本が装着された4弁式で、同ヘッドに冷やし嵌めされた弁座との排気弁当たり面には、耐摩耗性及び耐熱性を向上させる目的で、最大厚さ2ミリのステライトが、最小厚さ3ミリの傘部に溶着されており、使用時間とともに同当たり面の摩耗が進行し、ステライトが消滅した状態となると、同様にステライトが溶着された弁座との接触により、同当たり面の摩耗が急速に進行して強度が著しく低下するおそれがあるので、機関取扱説明書に、傘部の最小厚さ2ミリを限度値として同弁の新替を推奨する旨が記載されていた。
排気弁の動弁装置は、カムによって駆動されるタペット、プッシュロッド及び弁腕などからなり、弁腕により、弁抑えガイドに挿入された弁抑えティーと称する金具を上下に動作させて、1組の排気弁を同時に開閉できるようになっていた。
そして、動弁注油系統は、システム油系統と独立しており、容量9.4リットルの動弁注油タンクに溜められた潤滑油が、トロコイド式直結ポンプによって吸引・加圧され、0.6ないし1.2キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の供給圧力に調圧されたのち、潤滑油こし器を経て弁腕軸受台に至り、同軸受台内部に工作された油路を通り、注油量調節弁を経て弁抑えティー及び両排気弁に至る経路並びにプッシュロッドに至る経路へと分岐し、それぞれ潤滑を終えたのち、シリンダヘッド上部に流れ落ちて再び同タンクに戻る循環経路をなしており、供給圧力が0.3キロに低下すると作動するように設定された低圧警報装置が備えられていた。
また、排気弁の動弁装置は、排気弁棒の熱膨張に備えるため、2本それぞれの同弁棒端と弁抑えティーとの間隙(以下「タペットクリアランス」という。)を、弁腕調整ねじ及び弁抑え調整ねじにより、0.4ミリとするよう機関取扱説明書に記載されており、両排気弁のタペットクリアランスに著しい不均衡が生じると、弁抑えティーに倒れが生じて弁抑えガイドの異常摩耗を招き、弁抑えティーの円滑な動作が阻害されるおそれがあったが、動弁注油に供される潤滑油の飛散防止などを目的にシリンダヘッドカバーが取り付けられていたため、運転中にその動作を見ることができないので、機関停止中、定期的にタペットクリアランスの点検などを行う必要があった。
ところで、原動機は、継続検査計画表に基づき、2年毎にピストンが抜き出されていたほか、毎年シリンダヘッドの開放整備が行われており、平成10年12月しまんとが第一種中間検査工事のために入渠した際、2号機原動機の吸・排気弁及び弁座各全数が新替えされ、運航中、潤滑油こし器の掃除やタペットクリアランスの点検などが、乗組員によって定期的に行われていた。
ところが、平成14年12月中旬A受審人は、しまんとが定期検査工事を目的として大分県佐伯市にある造船所に入渠するにあたり、新替後の使用時間が20,000時間を超えていた2号機原動機の吸・排気弁の摺り合わせなどの整備を依頼することとし、シリンダヘッド全数が開放されたとき、2番シリンダに装着されていた左舷側排気弁の傘部がメーカー指示の前記限度値を超過した最小厚さ約1ミリにまで著しく摩耗していることを認めたものの、ステライトが消滅していることを目視できる状態であったが、同限度値を多少超過していても1年後の次回開放予定時期までは支障なく運転できるものと思い、拡大鏡を用いるなどして同弁当たり面の点検を十分に行わなかった。
しまんとは、前記検査工事を完工したのち通常の業務に復帰し、従前と同様に1号機及び2号機の切替運転が再開されたが、発電機盤の1号機用気中遮断器の不具合により、同機の単独運転による電力の安定供給が阻害されるおそれが生じたことから、平成15年5月31日以降、2号機の連続運転に変更されていたところ、いつしか同機原動機2番シリンダの左舷側排気弁当たり面の摩耗が急速に進行してタペットクリアランスが増加し、同シリンダ右舷側同弁の同クリアランスとに著しい不均衡を生じ、排気弁抑えガイドの偏摩耗が進行して弁抑えティーの円滑な動作が阻害される状況となった。
こうして、2号機原動機は、2番シリンダ両排気弁の閉弁時期が遅延し、同弁傘部がピストン頂部との衝突を繰り返してその付け根付近に繰り返し曲げ応力が発生するとともに、わずかに異音を発していたものの、運転中にシリンダヘッドカバーを取り外すことができず、また、主機など他機械の運転音などにかき消されていたこともあり、このことに気付かれぬまま運転が続けられていた。
しまんとは、前記係留中、2号機原動機の運転時間が前回開放以後約3,000時間となり、2番シリンダ排気弁の金属疲労が進行した状況となっていたところ、平成15年7月7日14時02分宿毛湾港大島灯台から真方位070度810メートルの地点において、同シリンダの左舷側排気弁棒が破断して弁傘部が燃焼室内に落下し、ピストンとシリンダヘッドに挟撃されて同機の運転が不安定となり、電源保護装置が母線異常を検知して予備機として待機状態にあった1号機原動機を自動始動させるとともに、2号機原動機が大音響を発して停止した。
当時、天候は晴で風力2の西南西風が吹き、港内の海上は平穏であった。
A受審人は、自室にいて大音響に気付き、急ぎ機関室に赴いたところ、2号機原動機のコラムに破口が生じ、2番シリンダのピストン及びシリンダライナが損壊するなど、運転が不能な状態になっていることを知った。
損傷の結果、しまんとは、1号機の単独運転で運航を再開し、のち、2号機原動機の損傷部品を新替えするなどの修理が行われた。
(原因)
本件機関損傷は、発電機原動機の保守管理にあたり、4弁式シリンダヘッドが開放された際、排気弁の点検が不十分で、同弁の弁座との当たり面が著しく摩耗した状態で復旧されたのち、同摩耗が急速に進行する状況で運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、発電機原動機の保守管理にあたり、4弁式シリンダヘッドを開放して排気弁の弁座との当たり面が著しく摩耗していることを認めた場合、同弁の使用時間が長くなっていたのであるから、新替の必要性を判断できるよう、拡大鏡を用いるなどして、同当たり面に溶着されていたステライトの残存状況について十分に点検を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、メーカーが推奨する弁傘部の摩耗限度値を多少超過していても、1年後の次回開放予定時期までは支障なく運転できるものと思い、同当たり面に溶着されていたステライトの残存状況について十分に点検を行わなかった職務上の過失により、2番シリンダに装着されていた2本の排気弁のうち、一方のステライトが消滅していることに気付かないまま復旧し、同当たり面の摩耗が急速に進行して、両排気弁のタペットクリアランスが著しく不均衡となった状態で運転を続け、動弁装置の不円滑な動作が生じて閉弁時期を遅延させ、排気弁傘部がピストン頂部との衝突を繰り返す事態を招き、金属疲労が進行した同弁棒を折損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。