(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年3月15日14時00分
福井県越前岬北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船清宝丸 |
総トン数 |
14トン |
登録長 |
14.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
301キロワット |
回転数 |
毎分2,000 |
3 事実の経過
清宝丸は、昭和52年4月に進水し、平成10年4月にA受審人が中古で購入したFRP製漁船で、昭和61年7月4日に一級小型船舶操縦士の操縦免許を取得した同人が船長として乗り組み、秋から翌春にかけて福井県越前岬北方沖合を主な漁場とした小型機船底びき網漁業に従事していた。
主機は、昭和63年5月に換装された、B株式会社が製造した6KH-ST型と呼称する4サイクル6シリンダ過給機付トランクピストン型機関で、充電用発電機、操舵機用油圧ポンプ及び揚網ウインチ用油圧ポンプの動力としても使用可能で、月間8回ばかりの出漁を繰り返して年間約2,250時間運転されており、操舵室内の主機遠隔操縦盤には、システム油圧力低下及び冷却清水温度上昇などの警報装置が組み込まれていた。
主機クランク室は、その台板をオイルパンとして使用され、同室左舷側の側壁には潤滑油の補給口及び同油量を測定するための検量棒が挿入された検量管が設けられており、同室内のガスが外径約40ミリメートル(以下「ミリ」という。)のオイルミスト管を経て操舵室後部に設けられた化粧煙突の右舷甲板上の同管開口部から大気に排出され、排気及び同ガスの排出状況が操舵室後部の窓から見えるので、ブローバイの進行状況を判断することができるようになっていた。
主機のシステム油系統は、オイルパンに溜められた約50リットルの潤滑油が、直結潤滑油ポンプにより吸引・加圧され、こし器、圧力調節弁及び冷却器を経て入口主管に至り、クランク軸、カム軸及び過給機などに至る系統並びに各シリンダライナの下部に取り付けられたノズルから噴射されるピストン冷却系統に分岐して通油されるほか、シリンダ潤滑がクランクアームのはね上げ方式で行われ、潤滑・冷却を終えたのち、いずれもオイルパンに戻る循環経路をなしていた。
そして、システム油は、検量棒に表示された上限油面を維持するよう取扱説明書に記載されていたところ、A受審人がその管理を任せていた甲板員によって、3回ないし4回の出漁ごとに油量の点検及び補給などが行われ、毎年3、8及び12月には全量がフィルターエレメントとともに新替えされていた。
ところで、主機の各ピストンは、ピストンリングとして3本の圧力リングと1本の油かきリングが装着されており、運転時間とともに油かきリングの摩耗が進行するにつれ、シリンダ潤滑に供された潤滑油が燃焼室に浸入して同油の消費量が増加するほか、その燃焼残渣(ざんさ)などによる圧力リングの摩耗と相まって、リング溝の汚損などが進行することにより、圧力リングが膠着(こうちゃく)しブローバイを生じるおそれがあるので、定期的にピストンを抜き出し、ピストンリングを新替えするなどの整備を行う必要があった。
ところが、主機は、A受審人が清宝丸を購入した際、前所有者が開放し、部品を新替えするなど必要な整備を行ったと知らされていたことから、その後は、ピストン抜きなどの主要な整備が行われないまま運転が繰り返されていた。
平成15年3月上旬A受審人は、システム油の消費量が増加したうえ、オイルミスト管から排出されるガスの量が増加し、同油の燃焼に伴い排気の色が白味を帯びていることを認め、ブローバイが進行していることがわかる状況であったが、警報装置が作動しなかったので大丈夫と思い、鉄工所に依頼してピストンリングを新替えするなど、速やかにピストン抜き整備を行うことなく主機の運転を繰り返した。
清宝丸は、A受審人ほか2人の甲板員が乗り組み、船首0.7メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、漁の目的で、3月15日00時05分福井県越前漁港を発し、01時30分ごろ同漁港沖合の漁場に至って投網及び揚網を繰り返しているうち、オイルミスト管から排出されるガスの量が益々増加するようになったものの、操業を続行した。
こうして、清宝丸は、ブローバイが進行する状況のもと、4回目の投網を終え、主機を回転数毎分800として揚網ウインチ用油圧ポンプを駆動し、約2ノットの速力で前進しながら揚網を行っていたところ、ブローバイが激化し、いつしかオイルミスト管から圧力が上昇したガスとともに多量のシステム油が噴出してオイルパン内の油量が著しく減少したことにより、操舵室内で同油圧力低下警報装置が作動したものの、A受審人が前部甲板上で揚網作業を指揮していたので、同管排出口の様子を見ることができないまま、主機の運転音に遮られて同装置の作動に気付くことができずにいるうち、15日14時00分越前岬灯台から真方位354度15海里の地点において、ピストン及びシリンダライナなどが焼損して主機が自然に停止し、ようやく同人が異変を認めた。
当時、天候は晴で風力2の東南東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、急ぎ機関室に赴き、主機が過熱したうえ、そのシステム油量が著しく減少していることを認めたので、運転の再開を断念し、僚船に救援を依頼した。
その結果、清宝丸は、僚船に曳航されて越前漁港に引き付けられたのち、クランク軸及び全シリンダのクランクピン軸受メタルなどの損傷が判明し、主機が換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機の保守管理にあたり、システム油の消費量が増加したうえクランク室オイルミスト管から排出されるガスの量が増加し、排気の色が白味を帯びた際、ピストン抜き整備が不十分で、ピストンリングが膠着するなどしてブローバイが激化し、多量の同油が同管から噴出して油量が減少する状況のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の保守管理にあたり、システム油の消費量が増加したうえクランク室オイルミスト管から排出されるガスの量が増加し、排気の色が白味を帯びていることを認めた場合、ブローバイが進行していることがわかる状況であったから、鉄工所に依頼してピストンリングを新替えするなど、速やかにピストン抜き整備を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、警報装置が作動しなかったので大丈夫と思い、速やかにピストン抜き整備を行わなかった職務上の過失により、ブローバイが激化してクランク室内の圧力が著しく上昇し、多量の同油がオイルミスト管を経て外部に噴出する状況のまま運転を続けるうち、同油量を著しく不足させて潤滑阻害を招き、クランク軸、ピストン及びシリンダライナなどを焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。