(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月5日04時05分
茨城県日立港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船十八号孝洋丸 |
総トン数 |
115トン |
登録長 |
28.05メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,213キロワット |
回転数 |
毎分723 |
3 事実の経過
十八号孝洋丸(以下「孝洋丸」という。)は、昭和55年1月に進水した、かつお一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてB社が製造したT260-ET2型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の遠隔操縦装置を備えていた。
主機は、平成7年2月換装時に燃料最大噴射量制限装置の付設により計画出力735キロワット同回転数毎分610として登録された後、いつしか同装置が取り外されていた。
主機のシリンダへッドは、上部にシリンダヘッドカバーが取り付けられ、船首方に排気弁及び船尾方に吸気弁が2個ずつ直接組み込まれた4弁式で、排気弁及び吸気弁各1組のカムの回転によるプッシュロッドの上下動がロッカーアームを経て弁押えに伝えられ、両弁の弁棒が作動するとともにいずれもその上部に装着された鋼球、皿ばね及びコイルばね等から成るバルブローテータによって回転する構造になっており、弁棒とバルブローテータとの間にコッタがはめ込まれていた。また、排気弁は、全長385ミリメートル(以下「ミリ」という。)弁棒基準径19ミリ弁傘直径85ミリの耐熱鋼製きのこ弁で、弁座との弁傘当たり面にステライト盛金及び弁棒にクロムめっきがそれぞれ施されていた。
ところで、主機は、弁腕周りの強制潤滑がなされていて、容量12リットルの弁腕注油タンクに入れられた潤滑油が直結駆動ポンプで0.5ないし1.0キログラム毎平方センチメートルの圧力に加圧され、排気弁及び吸気弁のロッカーアーム軸受部を潤滑した後、ロッカーアーム内部油路を通ってバルブローテータ、弁棒と弁案内との摺動部(しゅうどうぶ)(以下「摺動部」という。)等を注油し、シリンダヘッド上部及びドレン油管を経て同タンクに戻る経路で循環しており、ロッカーアーム上部に弁腕注油量調整ねじが設けられていた。
A受審人は、平成11年1月に孝洋丸の機関長として乗り組み、主機の運転保守にあたり、同13年2月業者による全シリンダのピストン、シリンダヘッド及び排気弁等の整備工事を実施した際に弁腕注油量を調整させた後、同注油量を調整しないまま、周年にわたって操業中、弁腕注油状況の点検を時々行い、月間430時間ばかりの運転を繰り返し、全速力前進で航行中には、排気温度の上限を摂氏400度までとし、回転数毎分680にかけていた。
ところが、主機は、運転に伴って各シリンダの排気弁等の摺動部からシリンダヘッド上部へ漏れる燃焼ガスに含まれていたカーボンが、弁腕周りを循環している潤滑油に混入するうち、船尾側6番シリンダのロッカーアーム内部油路に付着し、排気弁2個の注油量が次第に不足する状況となり、バルブローテータが回転不良となったうえ弁棒と弁案内が摩耗し、弁傘と弁座との当たり面から少しずつ吹き抜けた燃焼ガス中のカーボンが摺動部に詰まり、弁棒の作動が阻害されていた。
しかし、A受審人は、同14年8月上旬主機の排気色を確かめた際に黒煙を見掛けなかったものの、その後、弁腕注油タンクの潤滑油量が5リットルを消費する都度、定期的に消費油量を補給していたので各弁に注油されているものと思い、適宜にシリンダヘッドカバーを取り外しのうえ弁腕注油状況の点検を十分に行うことなく、6番シリンダの前示排気弁の注油量が不足する状況に気付かなかった。
こうして、孝洋丸は、A受審人ほか18人が乗り組み、船首2.0メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、翌9月2日12時40分宮崎県外浦港を発し、三陸東方沖合の漁場に向け、主機を全速力前進の回転数にかけて航行中、6番シリンダの排気弁のバルブローテータが回転不良となったまま、同機の運転を続けているうち、同弁の弁棒と弁案内とが固着してコッタが外れたことから、開弁状態の弁傘底面がピストン頂部にたたかれ、弁傘付け根部に過大な繰返し曲げ応力が作用し、同月5日04時05分茨城県日立港東方沖合の北緯36度26分東経141度26分の地点において、疲労破損によって燃焼室に落下した弁傘破片がピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃された。
当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、機関室で主機の異状に気付き、同機を停止した後、6番シリンダの排気弁2個の弁棒が固着していたことから、シリンダヘッドを取り外したところ、同弁、シリンダヘッド触火面、ピストン頂部及びシリンダライナ内面等の損傷を認め、運転の継続を断念してその旨を船長に報告した。
孝洋丸は、救助を求めて来援した引船により福島県小名浜港に曳航された後、主機が精査された結果、前示損傷のほか弁傘破片による過給機の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機の弁腕注油状況の点検が不十分で、排気弁の注油量不足によりバルブローテータが回転不良となったまま運転が続けられ、弁棒と弁案内とが固着してコッタが外れたことから、弁傘底面がピストン頂部にたたかれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転保守にあたる場合、弁腕周りの強制潤滑がなされていたから、注油量が不足しないよう、適宜にシリンダヘッドカバーを取り外しのうえ、弁腕注油状況の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、定期的に弁腕注油タンクの消費油量を補給していたので各弁に注油されているものと思い、弁腕注油状況の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、カーボンがロッカーアーム内部油路に付着し、排気弁の注油量が不足する状況に気付かず、バルブローテータが回転不良となったまま、運転を続けているうち、弁棒と弁案内とが固着してコッタが外れたことから、弁傘底面がピストン頂部にたたかれる事態を招き、同弁の疲労破損のほか燃焼室に落下した弁傘破片によるシリンダヘッド、ピストン、シリンダライナ及び過給機等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。