(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月27日17時00分
北海道浦河港南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十宝漁丸 |
総トン数 |
19.31トン |
全長 |
19.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
558キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
3 事実の経過
第十宝漁丸(以下「宝漁丸」という。)は、昭和52年6月に進水し、いか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、平成9年4月に新たに換装された、B社製のS6RF-MTK型と称するディーゼル機関を装備し、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機の燃料制御装置は、ガバナ出力軸と燃料噴射ポンプのラック調整金具とをリンク機構で連結し、同機構の中間部に同機構を強制的に動かすことのできる手動停止ハンドルを付設しており、その形状は、板棒状のレバーの先端部にグリップがL字型に取り付けられているもので、取付けボルトとして、六角ボルトがグリップ取付け面の裏面からボルト穴を通してグリップ本体にねじ込まれ、スプリングワッシャーで回り止め措置がなされていた。
A受審人は、宝漁丸が建造されたときから船長職を執っていた父とともに甲板員として乗り組み、昭和60年8月一級小型船舶操縦士免許を取得してから機関長職を手掛け、平成10年2月以来父に代わって船長職も執るようになり、毎年5月に福井県沖でいか一本つり漁を始め、日本海を北上しながら操業を続けて7月中旬に地元の青森県三厩港に戻り、8月中旬から北海道浦河港を基地として操業し、12月に再び三厩港に戻り、翌年1月から4月までを休漁期間としていた。
また、A受審人は、主機の始動及び停止を操舵室で遠隔操作によって行うことができるようになっていたが、出港してから入港するまで機関室に入る機会が少なかったことから、自ら機関室に入って始動及び停止を機側操作で行うようにしており、停止の際は前示手動停止ハンドルを燃料減少方向に引いて主機を止めていた。
ところで、主機の燃料制御装置のリンク機構は、運転中、設定回転数を維持するためガバナの指令に合わせて頻繁に動いており、同機構のナットやボルト等が振動で緩むおそれがあるので、これらの緩みの有無を点検する必要があった。
平成15年8月19日A受審人は、浦河港を基地として操業を始め、連日昼いか漁に従事していたところ、手動停止ハンドルのグリップの握り具合に格別の変調を感じるまでには至らなかったものの、グリップ取付けボルトが緩む状況となったが、同機構のナットやボルト等が緩むことはないものと思い、燃料制御装置のリンク機構の点検を十分に行っていなかったのでこのことに気付かなかった。
こうして、宝漁丸は、A受審人及び父親が乗り組み、操業の目的で、船首2.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、8月27日11時00分浦河港を発し、同時50分同港南方沖合約9海里の漁場に至って操業を始め、魚群の上から離れないよう、主機を回転数毎分900ないし1,000にかけたままとし、時折減速逆転機のクラッチの嵌脱操作を行って移動しているうち、手動停止ハンドルのグリップ取付けボルトの緩みが進行して、グリップが脱落するとともに同ボルトが抜け出した状態となり、折からクラッチの脱操作が行われて負荷が軽減し、ガバナの指令で燃料制御装置のリンク機構が燃料減少方向に動いたが、グリップ取付けボルトの頭部が機関本体付きのボルトに引っかかり、同機構の動きが制限されて燃料が減とならず、17時00分浦河灯台から真方位225度8.8海里の地点において、主機が過回転を起こした。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
船首甲板でいかの箱詰め作業を行っていたA受審人は、主機運転音が異状となったことに気付き、機関室に赴き、手動停止ハンドルのグリップ取付けボルトが抜け出て引っかかっているのを認めたが、同ボルトを取り除くためにはいったん同ハンドルを燃料増加方向に引く必要があり、更に回転が上昇するのでこれをためらっているうち、クランク軸が焼き付いて主機が自停し、宝漁丸は、僚船により発航地を経由して青森県小泊港に引き付けられ、主機の開放調査が行われた結果、クランク軸、全数の主軸受及びクランクピン軸受に焼損を生じていたほか、2番クランクピン軸受の溶損によりピストン、シリンダヘッドに打ち傷を、連接棒に焼損をそれぞれ生じていることが判明したが、盛漁期でもあり修理期間を短縮するため新品の機関と換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機燃料制御装置のリンク機構の点検が不十分で、手動停止ハンドルのグリップ取付けボルトが緩んで抜け出し、同ボルトが機関本体に引っかかり、同機構の動きが制限されて過回転を起こしたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、燃料制御装置のリンク機構のボルトが振動で緩むおそれがあったから、同機構の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、同機構のボルトが緩むことはないものと思い、同機構の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、手動停止ハンドルのグリップ取付けボルトが緩んで抜け出していることに気付かないまま運転を続け、同機構の動きが制限されて過回転を招き、クランク軸、全数の主軸受及びクランクピン軸受、連接棒1個に焼損を生じさせたほか、ピストン及びシリンダヘッドに打ち傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。