(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月5日21時30分
長崎県生月島北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船かいよう |
総トン数 |
10.00トン |
登録長 |
11.99メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
316キロワット |
回転数 |
毎分1,960 |
3 事実の経過
かいようは、平成5年6月に進水したFRP製漁船で、同12年8月にA受審人(昭和53年7月14日一級小型船舶操縦士免許取得)が購入し、以来、船団の灯船として生月島北西方の海域を漁場とする中型まき網漁業に周年従事しており、主機としてB社製の6M132A-1型と称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、燃料油にA重油を使用し、前部動力取出軸で発電機、甲板機器用油圧ポンプ等を駆動するようになっていて、出港から入港まで連続運転され、使用時間が月間平均400時間ばかりで、航行中の常用回転数を1,500(以下、回転数は毎分のものとする。)と定めて使用されていた。
ところで、主機は、シリンダヘッドに燃料噴射弁、4弁式の吸排気弁などの付属弁が取り付けられ、一体型のピストンには圧力リング2本とオイルリング1本が装着されており、正常運転が保たれていても、運転時間の経過によってこれら付属弁やリング類が摩耗し、圧縮圧力が低下したり燃料が噴射不良となるので、燃焼状態を良好に保つには、運転状況によって、例えば1年毎にシリンダヘッドを開放して付属弁の整備と燃焼室周り及び過給機の掃除を行い、2年目には併せてピストンを抜き出すなど、定期的に開放して整備を行う必要があった。
A受審人は、かいようを購入する際、主機の調子は良好と聞いて開放整備を行わず、前回開放した時期など来歴も確認しないまま、船長として1人で乗り組んで操業に従事していたもので、主機の運転管理も自らが行い、3箇月毎に潤滑油と同油こし器を新替し、必要に応じて冷却海水ポンプのインペラを取り替えるなど、日常整備は行っていたものの、定期的な開放整備は行っていなかった。
主機は、長期間無開放のまま運転が続けられるうち、シリンダ付属弁及びピストンリングが摩耗し、次第に燃焼不良となって排気ガスが黒ずみ、やがて同リングが固着し始めて摩耗が進行し、燃焼ガスがクランク室に少量ずつ漏れるようになり、そのまま運転を繰り返すと、リングの固着や摩耗が進行して燃焼ガスがクランク室に吹き抜けるおそれがある状態となった。
A受審人は、平成15年2月初旬に煙突から出る排気ガスの色が濃くなったことに気付き、やがて、クランク室のミスト抜き管から少量のオイルミストが排出されるようになったのを認めたが、始動時の回転数上昇具合や航行中の回転数に異状がなかったので大丈夫と思い、早期に整備業者に相談するなどして主機の開放整備を実施することなく、操業を繰り返していた。
こうして、かいようは、平成15年5月5日15時00分、A受審人が船長として1人で乗り組み、船首0.3メートル船尾0.5メートルの喫水をもって長崎県鹿町漁港を発し、18時ごろ生月島北西方沖合の漁場に至って操業を開始したが、天候が悪化したので21時ごろこれを切り上げて帰港することとし、主機の回転数を1,500から1,700に上昇させて航行中、主機ピストンリングの摩耗が急速に進行して燃焼ガスがクランク室に吹き抜け、ピストンとシリンダライナの潤滑が阻害されて焼き付き始め、21時30分大碆鼻灯台から真方位302度2.2海里の地点において、大量のオイルミスト及び黒煙の排出とともに主機の回転数が低下した。
当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、海上には白波があった。
A受審人は、黒煙に気付いて主機回転数を1,500に戻したが、黒煙の状態が変わらなかったので、主機の常用運転をあきらめ、低速で自力航行して最寄りの生月島生月港に入港した。
主機は、のち、修理業者の手により、陸上の工場に搬入して開放され、精査の結果、全シリンダのピストン、シリンダライナ、吸排気弁、燃料噴射弁等のほか、潤滑油の劣化により、クランクピン軸受メタルが損傷していることが判明し、すべての損傷部品と潤滑油を新替して修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機の開放整備が不十分で、シリンダヘッド付属弁等の摩耗によって燃焼不良となり、ピストンリングが固着して燃焼ガスがクランク室に吹き抜けたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機排気ガスの色が濃くなり、クランク室のミスト抜き管から少量のオイルミストが排出されるようになったことを認めた場合、そのまま運転を続けると、燃焼ガスがクランク室に吹き抜け、ピストンとシリンダライナが焼き付くおそれがあったから、早期に整備業者に相談するなどして主機の開放整備を実施すべき注意義務があった。ところが、同人は、始動時の回転数上昇具合や航行中の回転数に異状がなかったので大丈夫と思い、早期に主機の開放整備を実施しなかった職務上の過失により、漁場から帰航中、主機燃焼ガスがクランク室に吹き抜ける事態を招き、主機全シリンダのピストンとシリンダライナ等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。