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平成16年門審第10号
件名

漁船第五海幸丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年5月24日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫、千手末年、長谷川峯清)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:第五海幸丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
全シリンダのピストン及びシリンダライナの焼損、シリンダブロックの亀裂、主軸受など各軸受メタルの損傷など

原因
主機冷却海水の船外排出状況の確認不十分、警報装置の作動確認措置不十分

主文

 本件機関損傷は、主機冷却海水の船外排出状況の確認が十分でなかったうえ、警報装置の作動を確認する措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年2月11日23時50分
 長崎県対馬東方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第五海幸丸
総トン数 18トン
全長 21.50メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 478キロワット
回転数 毎分1,900

3 事実の経過
 第五海幸丸(以下「海幸丸」という。)は、平成元年2月に進水し、周年、主として長崎県対馬の東方沖合で夜間操業のいか一本釣り漁に従事するFRP漁船で、主機として、平成9年9月に換装したB製のS6A3-MTK2型と称するディーゼル機関を備えていた。
 主機は、船首側出力軸で集魚灯に電力を供給する交流発電機を直結駆動し、機関の冷却方式は間接冷却方式で、冷却海水(以下「海水」という。)は、目皿のある船底の吸入口から、吸入コック、こし器を経て海水ポンプで吸入加圧されたのち、空気冷却器及び逆転減速機用潤滑油冷却器を経て清水冷却器に至り、同冷却器で冷却清水(以下「清水」という。)と熱交換を行い、その後水線からの高さが約50センチメートル(以下「センチ」という。)で船体のほぼ中央右舷側にある排出口から船外に排出されていた。なお、海水こし器は、内部の金網フィルタエレメントの目詰まりが頻繁に発生することから、主機の換装直後に同エレメントが取り外されたままとなっていた。
 一方、清水は、清水冷却器で冷やされ、冷却清水ポンプで吸引加圧されたのち、潤滑油冷却器で潤滑油との熱交換を行い、各シリンダのジャケットとシリンダヘッド及び排気集合管を冷却し、再び清水冷却器に戻る密閉サイクルとなっており、機関出口の清水が摂氏温度71度以下の場合には、清水が清水冷却器をバイパスするよう温度調整弁が取り付けられていた。
 そして、海水及び清水の両系統は、海水系統に圧力低下、通水量減少、温度上昇などの異状を告げる警報は備えられていなかったが、清水系統に、操舵室の計器盤に遠隔の温度計に加えて摂氏温度98度で作動する温度上昇警報装置が設置されていた。
 主機の警報装置は、前示の温度上昇警報のほか、主軸受系統潤滑油の圧力が1.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)以下となったとき、同油のオイルフィルタが目詰まりしてフィルタ前後の差圧が1.5キロ以上となったとき、蓄電池への充電系統に異状が生じたときに作動するもので、操舵室の当直者が、それぞれ表示される赤ランプで異状の原因を把握するとともに、ブザー音によって清水高温及び潤滑油圧力低下の異状発生を知ることができるようになっていた。
 海幸丸は、操舵室以外に警報の作動を確認できる延長警報の装置が無く、同室左右舷の側面にあって斜め後方に開く縦150センチ横50センチの出入口扉を閉め切った場合には、同室の警報ブザー音が室外では聞こえないことから、操舵室から離れて甲板上の作業に従事する際には、機関運転の異状を早期に把握して必要な措置がとれるように、同扉を開けておくことや、冷却海水系統の異状を早期に把握するために、甲板作業中でも一瞥して判断できるよう、海水の船外排出状況を継続して確認する必要があった。
 海幸丸は、昭和61年3月に一級小型船舶操縦士の操縦免許を取得したA受審人ほか甲板員1人が乗り組み、平成15年2月11日14時00分船首0.40メートル船尾1.80メートルの喫水をもって、長崎県厳原港を発し、主機の回転数を毎分1,400として対地速力10.0ノットで漁場に向かったが、このころから海水ポンプが、ポンプケーシング内部表面の経年腐食や侵食及びゴムインペラの摩耗などによって、ポンプ性能が低下し始めていた。
 発航時にA受審人は、海水の船外排出状況を見て排出量がかなり減少していることに気付いたものの、海水は通水してさえいればその量の多少が機関の運転に大きな影響を及ぼすことはないものと思い、その後同状況に注意を払わないまま主機の運転を続け、16時30分対馬東方の漁場に至り、推進器用のクラッチを脱としたのち、同回転数を発電機負荷運転用の毎分1,800に上げ、17時30分全集魚灯を点灯して操業を開始した。
 A受審人は、操舵室を離れた際には1時間に一度の割合で同室に立ち戻り、計器盤で主機運転の異状の無いことを確認しながら120キログラムのいかを漁獲し、23時過ぎも操舵室で警報音が鳴っていないことを確かめたのち、甲板上でいかの選別作業にとりかかったが、同作業中、海水の船外排出状況を継続して確認していなかったうえ、当時の海象条件から波しぶきが操舵室に浸入するおそれがあったのでこれを防ごうと考え、同室の出入口扉を僅かに開けておくなど警報のブザー音を聴取できる措置をとることなく、同扉を閉め切っていた。
 こうして海幸丸は、23時30分海水ポンプのインペラの経年摩耗が進行し、やがて同インペラの数枚が欠損して海水の通水量が著しく減少し始め、冷却器における清水と海水との熱交換の能力が急激に落ち込み、23時40分操舵室において清水の温度上昇警報が作動し、計器盤上のブザーが鳴ると同時に警報内容を示す赤ランプが点滅した。
 A受審人は、甲板上で他の乗組員とともに漁獲物の選別作業を行っていたが、この間、依然として海水の船外排出状況を確認せず、操舵室を閉め切り状態としたままであったことから、海水の通水量が急激に減少したことも、その結果清水の温度上昇警報が作動していることにも気付かないまま同作業を続け、海幸丸は、主機が著しい過熱運転状態となり、ピストンやシリンダライナの膨張及び機関内部の潤滑不良を引き起こし、23時50分対馬東方沖合の北緯34度05分東経129度48分の地点において、主機運転音の異状を感じて操舵室に急行したA受審人が、同室で清水の温度上昇警報のブザーが吹鳴し、同時に警報内容を示す赤ランプも点滅していることを認めた。
 当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、海上には白波があった。
 A受審人は、急ぎ全集魚灯を消灯して主機の負荷を減じ、機関室に赴いて焦げた臭いと熱気が充満している状況を認めた。
 海幸丸は、操業を中止し、自力での帰航が困難となって僚船に救助を求め、翌12日05時30分長崎県千尋藻漁港に引き付けられ、のち、造船所において、全シリンダのピストン及びシリンダライナの焼損、シリンダブロックの亀裂、主軸受など各軸受メタルの損傷などが判明し、これらを新替修理した。

(原因の考察)
 本件は、発生時の状況及びその後の修理工事における点検や工事内容などから、機関が過熱運転となって発生したもので、その原因について考察する。
(1)海水の船外排出状況の確認
 甲板上で漁獲物の選別作業中、海水の船外排出状況は、船首甲板の作業場所から容易に確認できるものであり、同確認が十分に行われていれば、海水の通水量の著しい減少に気付き、主機を停止するなどの必要な措置を速やかにとることができ、機関の損傷には至らなかったと考えられる。従って、同確認が十分に行われなかったことは、本件発生の原因となる。
 また、同確認は、A受審人に対する質問調書中、「操舵室の警報ブザーは、甲板上どこでも明確に聞こえるというわけではないし、漁獲物の選別作業などに熱中していれば、ブザーに気付かないこともある。」旨の供述記載と、同人の当廷における、「甲板上いくつかの箇所で聞こえ難い箇所がある。」旨の供述、及び船上においては、風向風力の如何によっては警報ブザーが聞こえない、あるいは聞こえ難いことも十分に考えられ、更に付言すれば警報装置の故障も起こり得ることなどを考慮すれば、海水系統の異状について、海水の船外排出状況を確認することは、最も確実で迅速な手段であり、同種海難の再発防止上、極めて重要なことである。
(2)警報装置作動を確認できる措置
 A受審人に対する質問調書中、「甲板上にいても、操舵室の出入口扉を開けておき、注意しておれば同ブザーに気付く。以前、海水の船底の吸入口にビニールが付着し、冷却海水が不足して警報が作動したとき、直ぐ気付いて対応したので機関の損傷に至らなかった経験がある。」旨の供述記載により、警報の作動に早期に気付けば、機関の負荷を減ずるなどして機関損傷を未然に防止するための対応をとることができるものであり、操舵室を閉め切り状態としたまま、僅かでも確実に同扉を開けておくなどして、警報作動時のブザー確認ができる措置を十分にとっていなかったことは、本件発生の原因となる。
(3)冷却海水ポンプの整備
 本件発生後、同ポンプは、ケーシング内部表面の腐食や侵食及びゴムインペラの摩耗と欠損が認められた。同インペラは、本件発生9箇月前の平成14年5月に新替されていたものの、機関の取扱説明書によれば運転時間1,000時間毎に点検する旨の基準が示されており、海幸丸の運航に照らせば約3箇月毎の点検が必要であった。
 しかしながら、前項(2)での経験や、機関が推進器用クラッチを脱として集魚灯用発電機の運転のみを負荷としていた状況から、早期に警報の作動や排水状況の異状に気付けば、機関の負荷を減ずるなどして損傷に至る前に対応できるものと考えられることから、同整備が十分でなかったことは、本件発生の原因とならない。
(4)延長警報の装置
 A受審人の当廷における、「操舵室で作動した警報ブザーを、甲板上でも確認できるような延長警報の装置は、業者に依頼すれば可能と思う。」旨の供述から、いか一本釣り漁の操業形態を考え、操舵室に誰も居なくなること、またこの状態でも同室を閉め切らざるを得ないことなどを考慮すると、同種機関損傷の再発防止の観点から同装置の甲板上への追設が望まれる。

(原因)
 本件機関損傷は、主機冷却海水の船外排出状況の確認が不十分であったうえ、操舵室の警報装置の作動を確認する措置が不十分で、冷却海水量が著しく減少して冷却清水の温度が上昇したまま運転が続けられ、機関が過熱運転となってピストン及びシリンダライナの膨張並びに機関内部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、直結の発電機を駆動するため主機を運転状態としたまま、操舵室を離れて甲板上で漁獲物の選別作業を行う場合、発航時、冷却海水の船外排出量が減少しているのを認め、操業開始時主機に更に負荷をかけていたのであるから、冷却海水の量が著しく不足して冷却清水の温度が急上昇しないよう、舷側から船外に排出される海水の量を継続して確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、冷却海水は通水しておれば、その量の多少が機関の運転に大きな影響を与えることはないものと思い、同海水の船外排出状況を継続して確認しなかった職務上の過失により、海水ポンプのケーシング内部表面の経年腐食や侵食及びゴムインペラの摩耗によって、同ポンプの性能が劣化し、冷却海水の通水量が著しく不足して冷却清水の温度が急上昇したことにも、操舵室で温度上昇警報が鳴ったことにも気付かないまま運転を続け、主機が過熱運転となる事態を招き、全シリンダのピストン及びシリンダライナを焼損し、シリンダブロックの一部に亀裂などを生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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