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平成15年仙審第16号
件名

漁船第八十五福吉丸爆発事件

事件区分
爆発事件
言渡年月日
平成16年5月27日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(内山欽郎、原 清澄、勝又三郎)

理事官
弓田邦雄

受審人
A 職名:第八十五福吉丸船長 海技免許:第八十五福吉丸船長
指定海難関係人
B 職名:C漁業株式会社専務取締役 

損害
賄室、食堂、舵機室及び各食料品倉庫の器物等を損壊

原因
プロパンガスコンロのガス漏れ警報器の設置方法不適切、船舶所有者が、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置しなかったこと

主文

 本件爆発は、プロパンガスコンロ新設後のガス漏れ警報器の設置方法が適切でなかったことによって発生したものである。
 船舶所有者が、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置しなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年1月25日17時00分(日本標準時)
 北太平洋ハワイ諸島東方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第八十五福吉丸
総トン数 379トン
全長 56.40メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット

3 事実の経過
(1)第八十五福吉丸
 第八十五福吉丸(以下「福吉丸」という。)は、平成3年6月に就航したまぐろはえ縄漁業に従事する鋼製漁船で、専らハワイ諸島東方の北太平洋で操業を行っており、その漁業形態は、日本から回航要員によってアメリカ合衆国ハワイ州ホノルル港まで回航されて、空路でホノルルに集合した日本人乗組員及びインドネシア人乗組員が回航要員と交代して食料品等の必要な物資を積み込んだのち、漁場を移動しながら1年ないし1年半にわたって操業を繰り返すもので、その間は、2箇月ごとに補給船によって燃料油や食料品等が補給されるほか、3箇月ごとに漁獲物を仲積み船に積み込むとともに同船から餌や冷凍食品等が積み込まれていた。
(2)福吉丸の船尾楼
 福吉丸は、船体のほぼ中央から船尾までの長船尾楼を有し、同楼上部前方に船橋を、船尾楼甲板に乗組員居住区を設けていたほか、上甲板には、前方に冷凍室、4番魚倉、冷凍機室、機関室囲壁及び機関部工作室、それらに続いて右舷側に賄室、その左舷側に食堂、それらの後方に舵機室、5番魚倉及び糧食用冷蔵庫や各種の食料品倉庫等を配置していた。
(3)賄室の状況
 賄室は、左舷側前方に電気調理器、その後方に調理テーブル、及び右舷側に流し台等が配置され、左舷側後方の調理テーブルのすぐ後に食堂へ通じる出入口が設けられていたほか、換気装置として、天井の給気ダクトに2個のパンカールーブル(給気吹出口)、及び電気調理器上に賄室専用の排気ファンを有するレンジフード付きの排気ダクトが設けられ、排気ファンが常時運転されていた。
(4)プロパンガスコンロ新設の経緯
 C漁業株式会社は、ガスは火災の危険性が高いことから、社長の方針で5隻の所有船舶全てに電気調理器のみを設置していたが、平成11年10月、福吉丸に乗り組むことになった司厨長から電気調理器を使用したことがないのでガスコンロを設置してほしいとの要望があった際、司厨長の確保が年々難しくなってきていたうえ出港間近で別の司厨長を手配する時間がなかったことから、ガスコンロを新設することにし、賄室の調理テーブル上に、内側バーナー用と外側バーナー用の2個の切替えコック(以下「ガスコック」という。)を備えたプロパンガスコンロ(以下「ガスコンロ」という。)を船首尾方向に2個並べて(以下「船首側コンロ」及び「船尾側コンロ」という。)設置した。
 なお、C漁業株式会社では、福吉丸がガスコンロを設置した最初の船で、その後も、新たに採用した司厨長が強く希望した2隻にガスコンロを新設していた。
(5)プロパンガス設備の設置状況
 福吉丸のプロパンガス設備は、船尾楼甲板右舷後部の玉置き場を改造した場所に8本のガスボンベを格納し、そこからガス管を階下の賄室まで導いて分岐させ、片方をガスコンロ近くまで配管したのち分岐させて各ガス管とガスコンロをゴムホースで接続する一方、他方を予備として電気調理器の前方まで配管しており、ガスボンベからガスコンロまでの配管中には、閉止用のコックがガスボンベ格納庫の出口、最初の分岐点前及びガスコンロ側の分岐点前に各1個取り付けられていたほか、ガスコンロ用分岐管管端のゴムホースの手前にもコック(以下「元栓」という。)が各1個取り付けられていた。
 ところで、安全装置としては、プロパンガスが空気より重いことから賄室前壁の低い位置に警報器を内蔵した家庭用のガス漏れ検知器が取り付けられていたが、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器が設置されていなかった。
(6)ガスコンロ設備の使用及び整備状況
 福吉丸では、会社の指示によって司厨長以外のガスコンロ使用が禁止され、更に、インドネシア人にはガスコンロを使用した場合は支給しているインスタントラーメンを取り上げる旨を通告しており、また、2箇月ごとにガス会社から支給されたテスト用ガスでガス漏れ検知器の作動テストを行っていたほか、日本帰港時にもガス会社に同検知器の作動テストを行わせ、平成13年9月の日本出港前にはゴムホースを2本とも新替えさせていた。
(7)指定海難関係人B
 B指定海難関係人は、C漁業株式会社の代表権を有する専務取締役で、社長である父親に代わって会社の実務を担当しており、福吉丸にガスコンロを新設した際、出港間近で事前に社内で火災に対する安全対策を検討する時間がないまま、部下がガス会社に現場合わせでガス設備を設置するよう依頼したことを承知していた。
 ところが、B指定海難関係人は、ガスによる火災の危険性を十分に認識していたにもかかわらず、ガスコンロの設置後も、司厨長以外の乗組員にはガスコンロの使用を禁止したので大丈夫だろうと考え、社内で火災に対する安全対策を十分に検討させず、賄室に設置された家庭用のガス漏れ検知器以外にガス漏れ警報器がないこと、及び同検知器の警報音が賄室以外では聞こえないことなどを把握できなかったので、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置しなかった。
(8)受審人A
 A受審人は、平成11年10月にC漁業株式会社に入社して、ホノルル港で乗り組むことになっている福吉丸の下見に行き、新設されたガスコンロのガス漏れ検知器の作動テストに立ち会った際、周囲が静かだったので同検知器の警報音が小さいとは感じなかったが、乗船後にガス会社から支給されたテスト用ガスで2箇月ごとに同検知器の作動テストを行っているうち、機関室の騒音のために警報音が賄室以外では聞こえないことを認めて少し不安を感じていた。
 ところが、A受審人は、司厨長しかガスコンロを使用しないので大丈夫だろうと思い、ガス漏れ検知器の警報音が賄室以外では聞こえないことを報告して改善策を検討するよう会社に進言しなかった。
(9)事件発生に至る経緯
 福吉丸は、宮城県気仙沼港からホノルル港まで回航されて乗組員の交替や食料品等の積込みを終えたのち、A受審人ほかインドネシア人9人を含む20人が乗り組み、操業の目的で、船首2.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、平成13年9月27日03時00分(日本標準時。時刻は現地の08時ころに相当するので、以下、便宜上、時間は日本標準時に5時間を加えた時間で表示する。)ホノルル港を発し、ハワイ諸島東方沖合の漁場に至って操業を開始した。
 福吉丸は、漁場を移動しながら操業を繰り返し、同14年1月25日05時ころ110回目の操業を終え、船橋当直者及び機関室当直者以外の乗組員が自室で休息を取っている状態で適水を開始した。
 福吉丸は、昼ころ起きて投縄準備作業を行った乗組員が食堂で昼食を取って自室に戻ったのち、最後に残った司厨長も15時ころ昼食後の後片付けを終えて自室に戻り、当直者以外の乗組員が自室で就寝中、20時ころインスタントラーメンを食べるために食堂に下りてきたインドネシア人乗組員の1人が、賄室にも食堂にも人がいなかったことから船尾側ガスコンロを使用してインスタントラーメンを調理し、同コンロ使用後に自身が開放したガスコックと元栓を完全に閉止しなかったものか、無人の賄室でプロパンガスが漏れ始める状況となった。
 その後、福吉丸は、しばらくしてガス漏れ検知器が作動して警報が鳴ったものの、付近に乗組員がいなかったうえ船橋等の乗組員がいる場所にガス漏れ警報器が設置されておらず、乗組員がプロパンガスの漏洩(ろうえい)に気付くことができなかったので、そのままプロパンガスが漏れ続けた。
 こうして、福吉丸は、漏洩したプロパンガスの一部は運転されていた賄室の排気ファンによって電気調理器上の排気ダクトから外部に排出されたものの、同ガスが空気より重かったことから大部分が賄室から食堂へ、更に食堂から換気装置のない舵機室及び各食料品倉庫等に拡散して滞留していたところ、22時00分(日本標準時1月25日17時00分)北緯19度45分西経140度02分の地点において、舵機室前壁に取り付けられていた動力用分電箱内で電気火花が発生した瞬間、漏洩していた多量のプロパンガスが、その電気火花で着火して爆発した。
 当時、天候は曇で風力2の東風が吹いていた。
 その結果、福吉丸は、賄室、食堂、舵機室及び各食料品倉庫の器物等を損壊するなどの損傷を生じた。
(10)事後の措置
 福吉丸は、被害状況を調査して舵機に異常がないことを確認したのち、漁ろう長が状況を会社に報告して指示を仰いだところ、洋上での修理は不可能との結論に達したので、自力でホノルル港に入港し、のち損傷箇所の修理を行うとともにガスコンロ設備を全て撤去するなどの措置を行った。
 B指定海難関係人は、今回の事故を重く受け止め、同種事故の再発防止のため、他の所有船舶2隻のガスコンロ設備も順次撤去することにした。

(原因に対する考察)
 本件は、ハワイ諸島東方沖合の漁場で適水中、船橋当直者及び機関室当直者以外の乗組員が就寝中に突然爆発し、無人の賄室、食堂、舵機室及び各食料品倉庫の器物等が損壊するなどの損傷を生じたものである。
 以上の状況及び事実認定の根拠で示した事実を踏まえ、本件の原因について考察する。
1 爆発物質
 以下の点から、爆発物質がプロパンガスであることは明らかである。
(1)賄室内にプロパンガス設備が設置されていた点
(2)A受審人に対する質問調書中「食堂内にカセットコンロ用ガスボンベが12本ほどあったが破損していなかった。」旨の供述記載、及びB指定海難関係人に対する質問調書中「アセチレンガスや酸素は爆発のあった付近になかった。」旨の供述記載から、爆発範囲内にはプロパンガス以外に爆発性物質がなかったと認められる点
2 プロパンガスが漏洩するに至った経緯
 インスタントラーメンを調理したインドネシア人乗組員が本件後に下船しているので確認することができないものの、以下の点を総合的に判断すると、同乗組員が、20時ころ船尾側コンロでインスタントラーメンを調理して食べたのち、開放したガスコックと元栓を完全に閉止しなかったために、同コンロからプロパンガスが漏洩した可能性が高いと推認される。
(1)食堂で昼食を食べた乗組員も15時ころ賄室を出た司厨長もガスの臭いに気付いておらず、20時ころインドネシア人乗組員がインスタントラーメンの調理のために火を使用しているうえ事後にガスの臭いについて何も語っていないことから、20時ころまではガスが漏洩していなかったと認められる点
(2)22時に爆発しているので上記の点からガスの漏洩が2時間以内という短時間であると考えられること、しかも4箇月前にゴムホースがガス会社によって新替えされていること、及び損傷状況から、単なる配管からのガス漏れとは考えられない点
(3)船首側コンロが損傷軽微のまま調理テーブル上に残っていてガスコックと元栓が閉止されていたのに対して、船尾側コンロが、調理テーブル上から吹き飛ばされていて損傷が激しく、ガスコックと元栓がいずれも開閉状態の確認ができないほど破損していたことから、同コンロのガスコック及び元栓がいずれも完全に閉止されていなかった可能性が高いと考えられる点
(4)爆発時、インスタントラーメンを調理したインドネシア人が便所にいた以外は乗組員が全員自室で就寝中だった点
3 着火源
 以下の点から、漏洩したプロパンガスは、舵機室前壁に取り付けられていた動力用分電箱内で生じた電気火花で着火したと推認されるが、同分電箱内には自動発停する糧食用冷凍機等の遮断器はあるものの接点を有する継電器等がないため、火花の発生箇所は明らかではない。
(1)爆発した付近には人がおらず高温部分もないことから、電気火花以外に着火源になり得るものが存在しない点
(2)漁船保険保険金支払請求書写に添付された電気機器の損傷写真中、舵機室前壁に取り付けられていた動力分電箱のみが外側に膨出して損傷も他に比べて激しい点
4 ガス漏れ検知器の作動状況
 ガス漏れ検知器の作動が、乗組員によって2箇月ごとに確認され、本件発生の4箇月前にガス会社によっても確認されていることから、ガス漏れ検知器は、プロパンガスの漏洩後に作動したと推認するのが相当である。
5 換気装置について
 ガスコンロ新設時に同コンロ付近に換気装置が設置されていないが、以下の点を考えると、換気装置を設置しなかったことは、本件発生の原因とは認められない。
(1)賄室には電気調理器上に専用の排気ファンを有するレンジフード付きの排気ダクトが設けられていた点
(2)プロパンガスは空気より重いことから、ガスコンロ上に換気装置を設置しても漏洩したプロパンガスの全てが船外に排出されるとは考えられない点
(3)ガスコンロを設置した調理テーブルの配置状況及び同テーブルと食堂との位置関係等から、ガスコンロ付近の低い位置に換気装置を設置することは難しいと考えられるが、仮にガスコンロ付近の低い位置に換気装置を設置することができたとしても、食堂へ通じる出入口がガスコンロを設置した調理テーブルのすぐ傍にあることから、漏洩したプロパンガスが食堂へ流入せずに全てが船外に排出されるとは考えられない点
6 A受審人及びB指定海難関係人の所為
 前示のとおり、本件は、プロパンガスが2時間近くにわたって漏洩したと認められる一方、ガスの漏洩後にガス漏れ検知器が作動して警報が鳴ったと認められることから、乗組員がガス漏れ検知器の作動に気付いていれば、発生を防止できたと考えられる。
 従って、B指定海難関係人が、賄室にガスコンロを新設後、火災に対する安全対策を社内で十分に検討させず、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置しなかったことは、本件発生の原因となる。
 また、B指定海難関係人の当廷における「ガス漏れ検知器の警報音が賄室以外で聞こえないことが事前に分かっていれば船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置したと思う。」旨の供述から、A受審人がガス漏れ検知器の警報音が賄室以外では聞こえないことを認めた際にその旨を会社に報告して改善策を検討するよう進言していれば、船橋等にガス漏れ警報器が設置された可能性が高いと考えられるので、A受審人がガス漏れ検知器の警報音について会社に報告して改善策を進言しなかったことも、本件発生の原因と認められる。

(原因)
 本件爆発は、賄室にガスコンロを新設後、ガス漏れ警報器の設置方法が不適切で、乗組員に気付かれないまま漏洩していた多量のプロパンガスが、動力分電箱内で生じた電気火花で着火したことによって発生したものである。
 ガス漏れ警報器の設置方法が適切でなかったのは、船舶所有者が、ガスコンロの新設後に火災に対する安全対策を社内で十分に検討せず、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置しなかったことと、船長が、ガス漏れ検知器の警報音が賄室以外では聞こえないことを認めて不安を感じた際、船舶所有者に対し、その旨を報告して改善策を検討するよう進言しなかったこととによるものである。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、賄室にガスコンロが新設されたのち、ガス漏れ検知器の警報音が賄室以外では聞こえないことを認めて不安を感じた場合、船舶所有者に対し、その旨を報告して改善策を検討するよう進言すべき注意義務があった。ところが、同人は、司厨長以外にはガスコンロの使用が禁止されているので大丈夫だろうと思い、船舶所有者に対し、報告も改善策検討の進言もしなかった職務上の過失により、ガス漏れ警報器が船橋等の乗組員が常時いる場所に設置されず、乗組員が気付かないまま多量のガスが漏洩して爆発する事態を招き、賄室、食堂、舵機室及び各食料品倉庫の器物等を損壊させるなどの損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が、賄室にガスコンロを新設した際、火災に対する安全対策を十分に検討せず、船橋等の乗組員が常時いる場所にガス漏れ警報器を設置するなどの対策を講じなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、福吉丸のガス設備を全て撤去するとともに、他の所有船舶に設置したガス設備も撤去して、同種事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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