(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月6日05時30分
福岡県苅田港
2 船舶の要目
船種船名 |
引船転法輪 |
漁船幸徳丸 |
総トン数 |
93トン |
4.04トン |
登録長 |
26.00メートル |
10.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
|
漁船法馬力数 |
|
70 |
3 事実の経過
転法輪は、鋼製引船で、A受審人ほか2人が乗り組み、船首2.0メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、フローター25基を搬送するため、フローターを船尾に曳航して引船列(以下「転法輪引船列」という。)を構成し、平成15年11月5日14時20分山口県徳山下松港を発し、福岡県苅田港に向かった。
フローターは、海上浚渫工事作業区域で浚渫砂排出管として使用されるもので、フローター1基は、直径760ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ7.5メートルの鋼製パイプとこれに接続した連結用の長さ1.5メートルの円筒形ゴム継手、及び同パイプ下部の両側に取り付けられた長さ7メートルのドラム缶型の浮体から成るもので、全長9メートル幅4メートル高さ約1.5メートルであった。
転法輪引船列は、発航時、自船の曳航用フックに取った直径85ミリ長さ50メートルの合成繊維製曳航索を用いて、各フローターのゴム継手で縦一列に連結して長さ225メートルとなったフローター25基を曳き、全長が約300メートルであった。
また、それぞれのフローターの鋼製パイプの上面には、標識灯等を設置するための高さ約30センチメートルの取付金具が溶接され、船尾に近いほうから第1番目と第25番目のフローターには株式会社ゼニライトブイ製のL-2型と称する灯質4秒1閃光、光達距離約2キロメートルの日光弁付白色小型標識灯を、第23番目のものにはほぼ同型のオレンジ色小型標識灯を、更に第3番目から第22番目のものには同白色小型標識灯を2基ないし3基毎に設置してその灯器が海面上約1.6メートルの高さになるように合計10体の標識灯をフローター群に表示し、この他に第2番目のフローターには菱形形象物を表示していた。
A受審人は、翌6日01時15分苅田港北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から093.5度(真方位、以下同じ。)1.47海里の地点に左舷錨を投じ、錨鎖2節半を延出して転法輪引船列を錨泊させ、フローターを浚渫工事業者に引き渡すため、発航時の曳航状態のまま08時ごろまで仮泊することとした。
投錨後、A受審人は、転法輪のマスト上端に40ワットの錨泊灯、操舵室上部に500ワットの作業灯2個、ハウス船尾端に300ワットの作業灯2個、その他ハウス周りに40ワットの照明灯8個を点灯し、また、フローターには、前示のとおりの標識灯を引き続き点灯していた。
仮泊中、A受審人は、甲板員と交代で錨泊当直を行うこととし、02時00分から自室で仮眠をとったのち昇橋して前直者から何ら異常を認めない旨の引継ぎを受けて05時25分から当直に就いたが、交代時045度を向首していた転法輪引船列の周囲を一瞥(いちべつ)して航行中の他船を認めなかったことから、レーダーをスタンバイ状態とし、操舵室ほぼ中央に設置した椅子に船首方を向いた姿勢で腰を掛けて当直を続けた。
05時28分わずか前A受審人は、左舷船尾81度1,000メートルのところに幸徳丸が表示する白、紅2灯を視認することができ、その後同船が船尾方のフローターと衝突するおそれがある態勢で接近しているのを認め得る状況であったが、当直交代時に周囲を一瞥して航行中の他船を認めなかったことから、付近に航行する他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、幸徳丸に対して探照灯を照射するなどの注意喚起信号を行わなかった。
こうして転法輪引船列は、05時30分北防波堤灯台から096.5度1.40海里の地点で、北東方を向いたフローター群の中央部の円筒形ゴム継手に幸徳丸の船首がほぼ直角に衝突した。
当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、視界は良好で、日出時刻は06時38分、潮候は上げ潮の末期であった。
また、幸徳丸は、船体中央部よりやや後方に操舵室を有し、わたりがにのかにかご漁に従事するFRP製漁船で、平成12年2月に交付された一級小型船舶操縦士の免状を有するB受審人と甲板員で同人の妻及び長男の3人が乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって、平成15年11月6日05時00分福岡県北九州市柄杓田漁港を発し、苅田港南南東方の漁場に向かった。
B受審人は、発航時から両色灯と白色全周灯を点灯して操船に当たり、海岸に沿って南下し、05時25分半わずか過ぎ北防波堤灯台から041.5度1,670メートルの地点に達し、針路を136.5度に定め、機関を全速力前進にかけ、20.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で手動操舵により進行し、同時26分半わずか前、間もなく苅田港の掘り下げ水路を横断することなどから、減速して15.0ノットの速力で続航した。
ところで、幸徳丸は15ノットの速力で航走すると船首浮上により船首部の肩のところで船幅分の水平線が見えなくなる死角を生ずる状況であった。
05時28分わずか前B受審人は、北防波堤灯台から077.5度1.05海里の地点に達して前示水路の横断を終えたとき、左舷船首10.5度1,000メートルのところに多数の灯火を点灯した転法輪を認め、同時29分わずか前左舷船首10度560メートルばかりのところに同船の船尾方のフローターに設置された白色小型標識灯の灯火4ないし5個を視認した。
B受審人は、この白色小型標識灯が転法輪の後方に連なる物件の灯火と認識したものの、同船から自船の前路に達するほどの長さの物件はないだろうと思い、微速力に減速するなどして船首死角を解消し、前路の見張りを十分に行わなかったので、船首方のフローターの標識灯が死角に入っていて船首方にまで延びたフローター群の存在に気付かず、転舵するなどしてこれらを避けることなく、原針路、原速力で続航中、幸徳丸は、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、転法輪引船列はフローター群の中央部のフローターの円筒形ゴム継手に圧迫痕を生じ、幸徳丸は船首部に凹損を生じたが自力で発航漁港に戻り、のち修理された。また、B受審人が頚椎捻挫など、幸徳丸甲板員のCが顔面頭部外傷など、及び同Dが左肩腰部打撲などの傷を負った。
(原因)
本件衝突は、夜間、苅田港内において、漁場に向けて航行中の幸徳丸が、見張り不十分で、錨泊中の転法輪引船列を避けなかったことによって発生したが、転法輪引船列が、見張り不十分で、幸徳丸に対し注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、夜間、苅田港内において船首浮上によって前方に死角を生じる状況で漁場に向け航行中、左舷船首方に錨泊中の転法輪とその船尾方に連なる物件の標識灯を視認した場合、同物件の最後尾の標識灯を見落とさないよう、微速力に減速するなどして船首死角を解消し、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、転法輪から自船の前路に達するまでの長大な物件はないだろうと思い、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、物件の標識灯が死角に入っていてフローター群の存在に気付かず、転舵するなどしてこれらを避けることなく進行して転法輪引船列との衝突を招き、同引船列のフローターの円筒形ゴム継手に圧迫痕を、幸徳丸の船首部に凹損をそれぞれ生じさせ、また、自身が頚椎捻挫などの傷を負い、C甲板員に顔面頭部外傷など、及びD甲板員に左肩腰部打撲などの傷を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、夜間、苅田港内において長大なフローター群を船尾方に連ねたまま錨泊する場合、フローターに衝突するおそれのある態勢で接近する幸徳丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、当直交代時に周囲を一瞥して航行中の他船を認めなかったことから、付近に航行する他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、幸徳丸に気付かず、注意喚起信号を行わず、同船との衝突を招き、前示のとおり、転法輪引船列のフローターと幸徳丸に損傷を生じさせ、幸徳丸乗組員を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。