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平成15年第二審第5号
件名

遊漁船若松丸プレジャーボートじょんず衝突事件[原審横浜]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年6月15日

審判庁区分
高等海難審判庁(平田照彦、上野延之、雲林院信行、山田豊三郎、工藤民雄、黒田 勲、佐藤 要)

理事官
保田 稔

受審人
A 職名:若松丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:じょんず船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
C

損害
若松丸・・・船首部に擦過傷
じょんず・・・右舷船首部を圧壊し、自力航行不能

原因
若松丸・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
じょんず・・・警告信号不履行、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

第二審請求者
受審人B

主文

 本件衝突は、若松丸が、見張り不十分で、漂泊中のじょんずを避けなかったことによって発生したが、じょんずが、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年3月24日14時14分
 神奈川県三浦半島南岸沖合
 (北緯35度08.2分 東経139度40.0分)
 
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 遊漁船若松丸 プレジャーボートじょんず
総トン数 7.5トン  
全長 16.28メートル  
登録長   6.79メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 330キロワット 132キロワット
(2)設備及び性能等
ア 若松丸
 若松丸は、昭和55年3月に進水した一層甲板型のFRP製漁船で、平成11年2月遊漁船業を届けて、土、日曜日及び祝祭日には同業に就いていた。
 同船は、遊漁船として稼動するようになったとき、中央部より少し後方に設置されていた操舵室を2メートルばかり船尾寄りに移動し、その跡に客室を増設した。
 船首部には、1.8メートルの張出しがあって、10ノットを超える速力で航走すると船首が浮上し、舵輪後方の台に腰をかけた姿勢では船首両舷に各3度の死角が生じる状況にあった。
 操舵室の天井には、開口部が設けられており、ここから上半身を出して見張りを行えば、死角を補うことができた。
イ じょんず
 じょんずは、平成元年6月に第1回定期検査を受けたプレジャーボートで、船体前部にキャビンを、中央部に操舵室を有し、操舵室には左右各1個のいすが設けられていて、右舷側が操縦席となっており、信号装置として電子ホーンを設置していた。

3 関係人の経歴等
(1)A受審人
 A受審人は、昭和29年から父が所有する漁船に乗り組み、三浦市地先の漁場で漁師として働き、昭和51年12月一級小型船舶操縦士の免許を取得し、自ら独立して漁業に従事し、平成5年からは遊漁船業を兼業し、今日に至った。
(2)B受審人
 B受審人は、会社に勤務するかたわら、土、日曜日などに岸壁から釣りを行っていたところ、その後友人の船で釣りをするようになり、平成12年7月四級小型船舶操縦士の免許を取得し、10月中古船市場に出されていたじょんずを購入し、その後、月に3、4回日帰りで東京湾、相模湾及び伊豆半島周辺において釣りを行っていた。

4 事実の経過
 若松丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、釣り客4人を乗せ遊漁の目的で、船首0.5メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、平成13年3月24日06時00分神奈川県三浦半島南岸の江奈湾の定係地を発し、千葉県洲崎西方沖合の釣り場に向かった。
 A受審人は、07時ごろ予定の釣り場に至って遊漁を開始し、何回か釣り場を変更しながら遊漁を行ったのち、13時20分洲埼灯台から288度(真方位、以下同じ。)3.3海里の地点を発進し、針路を351度に定め、機関を半速力前進にかけ、10.0ノットの対地速力で手動操舵により帰航の途に就いた。
 A受審人は、操舵室の舵輪後方の台に腰をかけて操船に当たっていたところ、14時00分江奈湾の手前2.5海里ばかりに達したとき、釣り船の状況などの情報を交換していた僚船から同湾入口付近に釣り船がいない旨の連絡を受けたことから、前路に他船はいないものと思い、操舵室上部の開口部から上半身を出すなどして死角を補い、十分な見張りを行うことなく進行した。
 14時12分A受審人は、剱埼灯台から221度1、500メートルの地点に達したとき、ほぼ正船首方500から750メートルのところにかけ、じょんずそして同船を挟み100ないし150メートルばかり離れた2隻の遊漁船との3隻が漂泊していて、じょんずを正船首600メートルに見る衝突のおそれのある態勢であったが、死角を補う見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、同船を避けることなく続航した。
 14時13分半A受審人は、左舷方近距離に遊漁船を視認したものの、僚船からの無線情報に気を許していたこともあって、依然、前方の見張りを十分に行わなかったので、正船首方のじょんずに気付かず、14時14分わずか前左舷船首至近に同船の後部を初めて認め、機関を後進にかけ、右舵一杯をとったが、効なく、14時14分剱埼灯台から240度1、200メートルの地点において、若松丸は、原針路、原速力のまま、その船首がじょんずの右舷船首部に後方から89度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で、風力2の南風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
 また、じょんずは、B受審人が単独で乗り組み、友人2人を乗せ、船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、同日08時00分横浜市磯子区堀割川右岸の係留地を発し、09時30分ごろ三浦半島南岸の毘沙門湾沖合に至って遊漁を行ったのち、13時30分ごろ釣りを切り上げて帰航の途に就いた。
 B受審人は、機関を微速力前進にかけ、付近で遊漁を行っていた何隻かの船を避けながら東行し、14時05分前示衝突地点近くに至ったとき、5トンばかりの遊漁船2隻が南北に250メートルばかり離れて釣りをしているのを認め、特に急いで帰る必要もなかったことから、新たな釣りのポイントになるのではと思い、その釣果模様を見ることとし、両船のほぼ中央に占位して080度に向首し、自船を含めて3隻の船首がほぼ並ぶ態勢としたのち、機関のクラッチを中立として釣果の状況を観察していた。
 14時12分B受審人は、ほぼ右舷正横600メートルのところに、若松丸が自船に向首し衝突のおそれのある態勢で接近していたが、遊漁船の釣果模様を見ていたので、このことに気付かず、14時13分右舷船首91度300メートルに若松丸を初めて視認し、その後、衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたが、警告信号を行うことなく漂泊を続け、14時13分半少し過ぎ同船が右舷側の遊漁船の船首方を10メートルばかり離して航過したのを視認し、このとき、依然として若松丸が自船に向首する態勢であったが、同船が自船も避けたものと思い、速やかに機関のクラッチを後進に入れるなど衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続け、その後まもなく衝突の危険を感じたものの、何らの措置もとることができず、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、若松丸は、船首部に擦過傷を生じ、じょんずは、右舷船首部を圧壊し、衝撃で船外機が始動できず、若松丸により江奈湾に曳航され、のち、修理された。

(航法の適用)
 本件は、神奈川県三浦半島の南岸沖合において、航行中の若松丸と漂泊中のじょんずとが衝突したものであり、同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから、一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)によって律することとなる。
 漂泊船は、予防法上、航行船の概念に含まれ、両船の関係について個別に規定した条文はないから、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 若松丸
(1)A受審人が死角を補う措置をとらなかったこと
(2)A受審人が僚船の無線情報を安易に信頼したこと
(3)A受審人が見張りを十分に行わず、じょんずを避航しなかったこと
2 じょんず
(1)B受審人が湾口付近で漂泊したこと
(2)B受審人が衝突の危険に対する認識が十分でなかったこと
(3)B受審人が警告信号を行わなかったこと
(4)B受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
1 若松丸が、適切な見張りを行っていたなら、余裕のある時期にじょんずを視認でき、同船を避けることができたのであり、他方、じょんずは、接近する若松丸を視認し、同船に避航の気配がなかったのであるから、警告信号を行うとともに機関のクラッチを後進に入れていたなら、本件は発生していなかったものと認められ、これらは原因となる。
 両船がこれらの措置をとることは、物理的に何らの支障はなく、操船者がなぜこうした措置をとらなかったかについて検討する。
 A受審人が、じょんずの視認が遅れた理由としては、同船が死角に入っていたことによるのか、同人の見張りの方法が適切でなかったのかが考えられるところであるが、これについては、若松丸の死角が片舷3度ばかりであるから、船首の振れがなかったとしたなら、じょんずとの距離が120メートルに接近すれば同船を視認することができる状況にあった。
 A受審人が、当初、死角の影響でじょんずを視認することができなかったとしても、衝突の約20秒前には、同船を視認できる状況となり、また、死角があったとしても船首を振るなどしてこれを解消する見張りを行っていたなら、十分な余裕のある時期にじょんずを視認することができた。
 そうしてみると、衝突の直前までじょんずを視認できなかった理由としては、初認できる時間の差異はあるにしても、結局は、A受審人の見張りが適切でなかったとするのが相当である。
 それは、A受審人が衝突地点付近にいた3隻の船舶のうち、視認したのが1隻だけであったことからも、見張りが十分でなかったことは明らかである。
 そして、A受審人が他船の存在の蓋然性が高くなる湾口近くに接近していながら見張りを十分に行わなかったことは、衝突の10分ばかり前僚船からの無線情報を鵜呑みにし、このことで気を許したことが推定されるところである。
 僚船と事前に情報を交換することは、利便かつ効果的なものであるが、安全運航は、自らの耳目によって直接確認することが大原則であるから、このことの重要性を今一度思い起こし、その励行を厳守すべきである。
 じょんずについては、若松丸が右舷側にいた遊漁船又は自船に向首する態勢で接近していたのであり、若松丸が自船を避けなければ衝突することは明らかであったのであるから、中立運転にしていた機関を後進にかけて数メートル後退すべきであった。
 B受審人がそうした措置をとることは、時間的にも作業量としても何ら問題はなかったのであるが、それを行わなかった理由として、同人は、衝突の少し前若松丸が右転したように見えたので、自船を避けたものと思ったと言うが、航行中の船舶は風浪などによって船首が多少振れるのは普通であり、海技従事者であればそうしたことを考慮して行動すべきである。
 仮に、両船が数メートルを離して航過する態勢であったとしても、この状況は、海上においては、切迫した危険のある状況と認識すべきものであり、相手船に明確な避航の気配がない限り、B受審人は、自らがその事態を回避すべき立場にあった。
 次に、B受審人が若松丸の船首が右転したように見えたと思ったことについて、検討する。
 B受審人は、右舷側に漂泊して自船の壁になっていた遊漁船を、若松丸が10メートルばかり離して航過したのに、なお、自船に向かって接近しているのを認めたとき、同人は、初めて衝突の危険を具体的に実感したものと思われる。ところが、同人は、運航経験が少なく、こうした切迫した危険のある状況の経験がなかったことから、一時的に心身が膠着に近い状態となって、この状況から脱したいという精神状態にあったとき、若松丸の船首がわずかでも振れたとしたなら、それを同船の避航のための右転と見ることはありうることである。
 このことは、正確に認定できる根拠はないが、少なくともB受審人にとっては、こうした切迫した危険のある状況に陥ったことは初めてであり、精神的に、そうした状況に適切に対処できる状態になかったことだけは指摘できるところである。
2 以上のとおり、本件は、A受審人が死角を補うなど適切な見張りを行っていなかったこと、 B受審人が回避措置を講じなかったことによって発生したものであるから、A受審人が無線情報を頼りにしたことは、見張りが不十分になった理由となるものの、結果とは相当性のある因果関係はなく、原因とするまでもない。しかし、このことは、今後是正されるべきである。
 次に、B受審人の危険に対する認識が十分でなかったことは、同人が回避措置をとらなかったことの理由とはなるものの、原因とするまでもないが、今後、この経験を生かし衝突の危険について十分に配慮し、他船の避航だけに頼るのではなく、十分な余裕のあるときに自らの行動によって、そうした事態を積極的に回避するという安全意識の高揚が求められるところである。
 じょんずが湾口付近で漂泊していたことは原因とならない。
3 じょんずは、漂泊していたのであるが、予防法上は、航走中の若松丸と同じ航行船に位置付けられており、規定上、両船は、避航と保持との関係にないが、いずれの船が回避措置を講ずるべきであるかといえば、動的状態にあるものが静止状態にあるものを避けるとか、回避措置が容易にとれる方が先に避けることとされている。
 この根拠は、海上交通における条理として確立されているところの船員の常務にあり、これまで、海難審判においては、漂泊船は機関を始動して航走態勢になるまでに幾分の時間と準備が必要であるのに対し、航走中の船舶は転舵することで短時間で容易に回避することができるところから、航走船が一義的には漂泊船を避けることとしてきたところである。
 ところで、本件において両船の回避措置を検討すると、若松丸は、少し右転することで衝突を回避でき、じょんずは機関のクラッチを後進に入れるだけで衝突を回避でき、両船がとる措置には、時間の長短においても、操作の容易性においても差異はないが、若松丸は航走中であったのに対し、じょんずは漂泊中であったから、本件では、若松丸が、じょんずを一義的に避けるべき立場にあったものと認める。

(海難の原因)
 本件衝突は、神奈川県三浦半島南岸沖合において、若松丸が釣り場からの帰航中、見張り不十分で、前路で漂泊中のじょんずを避けなかったことによって発生したが、じょんずが、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、釣り場から三浦半島南岸の江奈湾に向け帰航する場合、船首方に死角があったから、漂泊中のじょんずを見落とさないよう、死角を補い、十分な見張りを行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、先行していた僚船から無線電話で同湾入口付近には釣り船がいない旨の情報を得ていたことから、前路に他船はいないものと思い、船首死角を補い、十分な見張りを行わなかった職務上の過失により、漂泊中のじょんずに気付かず、同船を避けないで進行してじょんずとの衝突を招き、自船の船首部に擦過傷を生じさせ、じょんずの右舷船首部を圧壊させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、三浦半島南岸沖合の江奈湾入口において、機関を中立運転として漂泊中、自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近する若松丸を視認し、近距離に迫ったことを認めた場合、速やかに機関のクラッチを後進に入れるなど衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、若松丸が自船を避けたものと思い、衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、若松丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成15年2月4日横審言渡
 本件衝突は、若松丸が、見張り不十分で、漂泊中のじょんずを避けなかったことによって発生したが、じょんずが、注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。


参考図
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