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平成15年第二審第20号
件名

漁船第一吉福丸漁船第3盛漁丸衝突事件[原審門司]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年6月4日

審判庁区分
高等海難審判庁(山崎重勝、東 晴二、平田照彦、山田豊三郎、工藤民雄)

理事官
川本 豊

受審人
A 職名:第一吉福丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士 
指定海難関係人
B社 業種名:まき網漁業

損害
第一吉福丸・・・左舷側ビルジキール損壊、船首部と左舷外板に擦過傷及びプロペラ翼に曲損などの損傷
第3盛漁丸・・・船体後部を大破して主船外機が水没、港まで引き付けられたが、のち廃船、船長が死亡

原因
第一吉福丸・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
第3盛漁丸・・・船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

第二審請求者
理事官 上中拓治

主文

 本件衝突は、第一吉福丸が、見張り不十分で、漂泊中の第3盛漁丸を避けなかったことによって発生したが、第3盛漁丸が、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年5月11日15時55分
 長崎県比田勝港東方沖合
 
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第一福丸 漁船第3盛漁丸
総トン数 6.6トン 0.8トン
全長 5.35メートル 7.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 279キロワット 44キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第一吉福丸
(ア)船体構造等
 第一吉福丸(以下「吉福丸」という。)は、平成7年10月に進水し、同11年12月から中型まき網漁業の灯船として魚群探索及び集魚に使用されている一層甲板型FRP製漁船で、船首から10.40メートルの中央より少し後方に操舵室を備え、船首部ブルワークの高さが喫水線上1.80メートルであった。
 喫水線上0.85メートルの甲板上の操舵室には、ほぼ中央に舵輪、右舷側に機関操作レバー、また前面の棚に右舷側からレーダー、機関監視装置、魚群探知機(ビデオソナー)、ジャイロコンパス及び魚群探知機(スキャンソナー)が、更に左舷側の棚にGPSプロッター、音響測深儀及び無線機が配置されていた。
(イ)操縦性能等
 最大速力は、機関回転数毎分2,100の約30ノットで、通常、漁場での移動や魚群探索時における航行速力は回転数毎分1,300の約12ノットとし、最大舵角時の旋回径が約40メートルであった。
(ウ)操舵室からの前方見通し状況
 操舵室前面は、窓枠によって左右に2分割されたガラス窓となっており、各窓に旋回窓が備えられ、右舷側に備え付けられたいすに腰を掛けた状態での喫水線上の眼高が約2.23メートルで、航行中には速力を増すにつれて船首が浮上するようになり、約10ノットを超えると船首構造物により前方に死角を生じて、その範囲が約20ノットで最大となり、約12ノットの速力では、正船首から左舷側に約8度、右舷側に約2度の範囲にわたって死角が生じる状況であった。
イ 第3盛漁丸
 第3盛漁丸(以下「盛漁丸」という。)は、昭和61年12月に進水した2機の船外機を備える和船型FRP製漁船で、操舵室はなく、船首部中央に甲板上の高さ約1.95メートルのマスト、船首右舷側にネットホーラが備えられ、魚群探知機1台が装備されていた。

3 関係人の経歴等
(1)A受審人
 A受審人は、昭和45年1月からいか釣り漁船に甲板員として乗り組んで漁業に従事し、同51年4月二級小型船舶操縦士(5トン未満)の免許を取得した後、いか釣り漁船の船長として経験を積み、平成2年ごろB社に入社し、その後まき網漁業に従事する5トン未満の灯船で船長職を執り、同11年12月吉福丸の購入に伴い、同船に船長として乗り組むことになった。
 A受審人は、自らの資格では吉福丸の船長職を執ることができないことを知っていたが、船長職を執れなくなることを気にして、B社にその旨を申し出ないまま、同12年4月から 吉福丸に単独で船長として乗り組んでいた。
 A受審人は、本件発生前日が休漁日であったことから十分に休息をとったのち、当日の14時ごろ吉福丸の出漁準備に取り掛かった。
(2)指定海難関係人B社
 B社は、昭和49年10月に設立され、本店を長崎県E市に定め、網船1隻、灯船2隻及び運搬船3隻のほか予備船1隻を所有し、海上社員22名、陸上社員3名をもってまき網漁業を営み、Dが代表取締役として所有船舶の運航管理、船員の配乗及び漁獲物の販売など全ての業務を統括していた。
 B社は、吉福丸の総トン数が6.6トンであったことから、A受審人の資格では同人を船長として乗り組ませることができなかったが、同人の受有する海技免状の要件などを十分に確認していなかったので、このことに気付かず、平成12年4月から吉福丸に船長として乗り組ませていた。
(3)盛漁丸船長C
 C船長は、自営の漁師を長年続けており、昭和50年11月一級小型船舶操縦士の免許を取得し、同62年1月盛漁丸を所有して自ら船長として乗り組み、長崎県比田勝港を基地として一本釣り漁業や採介藻漁業に従事していた。

4 事実の経過
 吉福丸は、A受審人が1人で乗り組み、魚群探索の目的で、僚船の灯船1隻とともに、船首0.35メートル船尾1.54メートルの喫水をもって、平成12年5月11日15時00分長崎県小鹿漁港を発し、対馬東方沖合の漁場に向かった。
 ところで、吉福丸のまき網漁は、網船1隻、灯船2隻、運搬船3隻で船団を組み、灯船での魚群探索を行ったのち、集魚に続いて漁網を投入してあじ、さば及びいわしなどを漁獲するもので、1回の操業時間に約2時間を要し、これを夕方から朝方にかけて繰り返し行うものであった。
 出航後、A受審人は、魚群探索を行いながら対馬東岸沿いに北上し、15時20分琴埼北東方1.4海里付近で魚影を認めたので、僚船の灯船にこれの監視を引き継ぎ、更にGPSに入力している、尉殿埼(じょうとのさき)東方4.5海里ばかりの漁場に向けて北上を再開した。
 15時25分A受審人は、琴埼灯台から055度(真方位、以下同じ。)1.8海里の地点を発進し、針路を032度に定め、機関を半速力前進より少し遅い、回転数毎分1,300とし、11.8ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、操舵室右舷側のいすに腰を掛けて見張りを行いながら、手動操舵により進行した。
 このとき、船首の浮上により、A受審人がいすに腰を掛けた姿勢では、水平線が船首部に隠れ、船首方に死角を生じていたものの、折からの西風と波高0.5メートルの波による船首の左右の振れや上下動により、前方が全く見通せない状況ではなかった。
 15時40分A受審人は、3海里レンジとしたレーダーで、左舷前方に3隻の漁船の映像を認め、これらを肉眼でも確認したものの、これ以外に前路に映像を認めなかったうえ、たとえ、小型の遊漁船がいたとしても、夕方近くになれば帰港を始めることを知っていたことから、沖合3.5海里ばかりに出ている船はいないものと思い、魚群探知機を見ながら、船首方の見張りを十分に行うことなく、同一針路、速力で続航した。
 15時52分A受審人は、尉殿埼灯台から092度3.1海里の地点に達したとき、正船首1,100メートルのところに、船首を西南西方に向けて漂泊している盛漁丸を視認でき、その後同船に向首したまま衝突のおそれのある態勢で接近していたが、魚群探知機を見ることに気をとられ、依然、前方の見張りを十分に行っていなかったので、これに気付かず、転舵するなどして漂泊している同船を避けないまま続航中、15時55分尉殿埼灯台から083度3.5海里の地点において、吉福丸は、原針路、原速力のまま、その船首が盛漁丸の左舷後部に、前方から38度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、視界は良好であった。
 また、盛漁丸は、C船長が1人で乗り組み、あまだい一本釣り漁の目的で、船首0.30メートル船尾0.40メートルの喫水をもって、同日07時00分比田勝港を発し、同港沖合の漁場に向かった。
 C船長は、マスト上部に、所属の漁業協同組合から支給された、幅50センチメートル長さ60センチメートルの臙脂(えんじ)の旗を掲げて発航し、目的の漁場に到着した後、時折場所を移動して操業を行った。
 12時ごろC船長は、前示衝突地点付近に至って機関を停止し、パラシュート型シーアンカー(以下「シーアンカー」という。)を船首から投入して手釣りを開始し、約1時間に1回の割合で潮昇りを繰り返しながら、船尾右舷側に腰を掛けて釣りを続けた。
 15時52分C船長は、前示衝突地点において、船首が250度に向いた状態で漂泊して釣りを行っていたとき、左舷船首38度1,100メートルのところに、北上する吉福丸が自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近したが、シーアンカーを解き放し、船外機を始動して移動するなど衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続け、盛漁丸は、250度に向首したまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、吉福丸は、左舷側ビルジキールの損壊、船首部と左舷外板に擦過傷及びプロペラ翼に曲損などを生じたが、のち修理され、盛漁丸は、船体後部を大破して主船外機が水没し、吉福丸の僚船により比田勝港まで引き付けられたが、のち廃船とされた。
 衝突後、C船長は、盛漁丸船内で倒れているのを発見され、吉福丸により比田勝港まで急送されて病院に収容されたが、死亡が確認された。また、同人には、目立った外傷がなく、閉塞性肥大型心筋症の病歴があるが、死因不明と検案された。
 なお、B社は、本件後、同社船員の海技免状リストを作成し、配乗業務の際には同リストで確認して適切な配乗を行うようにしたうえ、吉福丸には、船首浮上防止装置を取り付けて安全運航の確保に努めることとした。

(航法の適用)
 本件は、比田勝港東方沖合において、漁場を移動中の吉福丸とシーアンカーを投入して漂泊中の盛漁丸とが衝突したもので、漂泊船と航行中の動力船との衝突であり、海上衝突予防法にはこれら両船に適用する個別の航法規定が存在しないことから、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 吉福丸
(1)B社が吉福丸にA受審人を配乗させるにあたり、同人の資格を確認していなかったこと
(2)B社が適格な有資格者を船長として吉福丸に乗り組ませていなかったこと
(3)A受審人が吉福丸で船長職を執ることができないことをB社に申し出ていなかったこと
(4)航行中の船首方に死角が生じる状態であったこと
(5)A受審人が船橋当直中に魚群探知機を見ることに気をとられ、見張りを十分に行わなかったこと
(6)A受審人が適切なレーダー見張りを行っていなかったこと
(7)A受審人が前路に小船はいないとの認識をもっていたこと
2 盛漁丸
 シーアンカーを解き放し、船外機を始動して移動するなど衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 吉福丸は、当時の11.8ノットの速力では、船首の浮上により前方に死角を生じていたものの、折からの風と波による船首の左右の振れや上下動により、前方の見通しが全く効かない状況でなかったことから、A受審人が前方の見張りを厳重に行っていれば、前路で漂泊中の盛漁丸を早期に視認することができ、その動静を把握した後、転舵するなどして、余裕をもって同船を避けることが可能であったものと認められる。
 従って、A受審人が、見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 ところで、吉福丸では、当時、A受審人が二級小型船舶操縦士(5トン未満)の資格で船長職を執っていたものである。
 吉福丸の総トン数は6.6トンであり、B社が二級小型船舶操縦士(5トン未満)の資格を有するA受審人を同船の船長として乗り組ませていたことは、船舶職員法第18条に規定する乗組み基準に違反するもので遺憾なことであるが、操船に当たっていたA受審人は海技免許を取得しており、全くの無資格者でなかったうえ、同人の見張り不十分により本件が発生し、見張りの厳守については海技免許上の差異がないことから、B社が有資格者を乗り組ませなかったという違反事実と衝突という結果の発生との間に相当な因果関係があるとは認められず、このことは原因とならない。
 次に、吉福丸において、B社が吉福丸に船長を配乗させるにあたってA受審人の資格を確認していなかったこと、適格な有資格者を船長とし吉福丸に乗り組ませていなかったこと、及びA受審人が吉福丸で船長職を執ることができないことをB社に申し出ていなかったことは、いずれも本件発生に至る過程において関与した事実であるが、前述の理由により、本件事故と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方、盛漁丸は、シーアンカーが海中に投入されたままであることが衝突直後に確認されており、当時、漂泊中であったこと及び衝突前に何らの措置もとられなかったことが認められる。
 従って、盛漁丸としては、吉福丸が自船に向首接近するときには、シーアンカーを解き放し、機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとるべきであった。こうした措置がとられなかったことは、本件発生の原因となる。
(海難の原因)
 本件衝突は、比田勝港東方沖合において、漁場を移動中の吉福丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中の盛漁丸を避けなかったことによって発生したが、盛漁丸が、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、比田勝港沖合において、漁場を移動する場合、前路で漂泊中の他船を見落とさないよう、レーダーの監視に当たるほか、目視により船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、レーダーを一瞥して前路に支障となる映像を認めなかったことから、前路に他船はいないものと思い、魚群探知機を見ることに気をとられ、船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中の盛漁丸に気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、吉福丸の左舷側ビルジキールの損壊、船首部と左舷外板に擦過傷及びプロペラ翼に曲損などを生じさせ、盛漁丸の船体後部を大破させて廃船させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 指定海難関係B社の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成15年4月9日門審言渡
 本件衝突は、第一吉福丸が、見張り不十分で、漂泊中の第3盛漁丸を避けなかったことによって発生したが、第3盛漁丸が、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。


参考図
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