(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月19日07時30分
神奈川県横須賀港
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第二十一旭豊丸 |
プレジャーボートゆう |
総トン数 |
436トン |
全長 |
61.00メートル |
7.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
735キロワット |
58キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第二十一旭豊丸
第二十一旭豊丸(以下「旭豊丸」という。)は、平成4年12月に進水した沿海区域を航行区域とする一層甲板船尾船橋型の鋼製液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで、船橋前部に左右両舷に区画された貨物油槽3個を有し、船橋にはレーダー2基のほかGPSプロッターが装備されていた。同船は主として京浜各港から阪神各港間の航海に従事し、最大速力は11.01ノットで、同速力航走時の最大縦距及び最大横距は左旋回、右旋回とも同じでそれぞれ130メートル及び240メートル、また、全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離はそれぞれ1分25秒及び370メートルであった。
イ ゆう
ゆうは、限定付き沿海区域を航行区域とする最大搭載人員8人の一層甲板型FRP製プレジャーモーターボートで、船体ほぼ中央部に操舵スタンドが設置され、電気ホーンのほかGPSプロッター及び魚群探知機を装備していた。
操舵スタンドの上部には、海面上の高さ2.5メートルのマストが設置され、錨泊時には同マストを利用して海面上の高さ2.2メートルの位置に所定の形象物が掲げられるようになっていた。
3 関係人の経歴等
(1)A受審人
A受審人は、昭和54年に学校卒業後、近海いか釣り漁船等に乗船して甲板員として漁業に従事し、平成2年四級海技士(航海)の資格を取得した後、引き続き漁船において航海士としての経歴を積んだ。
平成10年内航船に職を転じ、旭豊丸の甲板長として乗船し、その後、同船において甲板長兼航海当直部員に、同年7月次席一等航海士に、次いで平成13年一等航海士に昇格して、同14年6月休暇取得の関係から、雇入契約変更の下に2ヶ月毎に20日間船長の職務を執ることとなり、当時船長としての職務を執って2回目の航海であった。
ところで、A受審人は、旭豊丸に乗船して以来、同船の海上試運転成績書などを見たこともなく、旋回径など旭豊丸の操縦性能について十分に把握していなかったが、これまでの経験と勘によって操船を行い、釣り船や漁船は、すぐ移動するから随時小角度の転舵を行って避航し、50メートル程も離せば十分だと認識して旭豊丸の運航に携わっていた。
(2)B受審人
B受審人は、昭和37年から外航船の甲板員に転じ、その後機関部員の職を執った後、同56年倉庫会社に入社して重機の運転に従事するかたわら同年9月四級小型船舶操縦士の免許を取得したうえ、趣味として休暇等を利用し、自らが所有するゆうを操縦して主に横須賀港沖合において釣りを楽しんでいた。
4 事実の経過
旭豊丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、空倉のまま、船首0.8メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、平成14年10月19日07時05分京浜港横浜区の錨地を発し、海面上1メートルばかりに朝もやが漂い、週末で多数の釣り船が出ている中、食料品購入のため横須賀港の新港ふ頭に向かった。
A受審人は、発航後乗組員が甲板上の水洗い作業を始めるのを見届け、1人で操船に当たり、横須賀港沖ノ根灯浮標の東方に至り、07時19分半少し前横須賀港東北防波堤東灯台(以下「東灯台」という。)から022度(真方位、以下同じ。)1.1海里の地点において、横須賀港第1号灯浮標(以下「第1号灯浮標」という。)を正船首わずか右に見て、針路を168度に定め、機関を回転数毎分300にかけ、9.0ノットの対地速力とし、操舵スタンド後方に立って見張りを行いながら、自動操舵によって進行した。
間もなく、A受審人は、第1号灯浮標の西側に数隻の釣り船が存在し、朝もやで白い船体の船舶が見えにくい状況であることを認めたものの、作業中の乗組員を見張りに当たらせるなど見張りを強化しないまま続航した。
07時27分A受審人は、東灯台から093度1,250メートルの地点に達したとき、第1号灯浮標の手前に当たる、船首方830メートルのところに、停留しているゆうを視認することができ、その後錨泊していることを表示する正規の形象物を掲げる同船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近していたが、一瞥して同灯浮標の近くに他船はいないものと思い、船首方の見張りを十分に行うことなく、ゆうの存在に気付かないまま、転舵するなどして同船を避けずに進行した。
A受審人は、07時29分半少し前船首方至近にゆうの操舵スタンドを初めて認め、自動操舵としたまま左転したが及ばず、07時30分東灯台から122度1,700メートルの地点において、旭豊丸は、165度に向首して原速力のまま、その船首が、ゆうの左舷中央部に前方から45度の角度で衝突し、乗り切った。
当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、ゆうは、B受審人が1人で乗り組み、釣りの目的で、船首尾とも0.3メートルの喫水をもって、同日06時30分京浜港横浜区のマリーナを発し、第1号灯浮標北側の釣り場に向かった。
07時10分B受審人は、横須賀港内の前示衝突地点に至り、船首から重さ8キログラムの錨を水深20メートルの海底に投下し、直径10ミリメートルの合成繊維索を約60メートル延出して機関を停止したうえ、正規の形象物を表示して錨泊し、右舷船尾部に座って右舷方を向いた姿勢で釣りを開始した。
B受審人は、これまでの経験から東灯台と第1号灯浮標の間は横須賀港の長浦ふ頭に入出港する船舶等多数の船舶が往来する海域であると認識していたものの、第1号灯浮標西方に数隻の釣り船が存在するのを認め、かねがね錨泊地点付近の海域はプレジャーボート等の釣り場であると自認していたこともあって、第1号灯浮標に接近して北から南へ通航する船舶はいないものと思っていた。
07時27分B受審人は、030度に向首していたとき、左舷船首42度830メートルのところに、南下中の旭豊丸を視認できる状況にあったが、自船が錨泊中であることを表示する形象物を掲げているので、航行中の船舶は避けてくれるものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、旭豊丸に気付かないまま、錨泊して釣りを続行した。
B受審人は、旭豊丸が自船に向首したまま、衝突するおそれがある態勢で接近したが、注意喚起信号を行わず、さらに旭豊丸が間近に接近しても、機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとらないで錨泊を続け、07時30分わずか前至近に迫った旭豊丸を初めて視認し、衝突の危険を感じて右舷船首方の海中に飛び込んだ直後、ゆうは、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、旭豊丸は、球状船首部に擦過傷を生じ、ゆうは、船体を分断され、のち廃船とされた。また、B受審人が衝突のショックにより、不眠及び食欲不振等による加療を要するに至った。
(航法の適用)
本件衝突は、横須賀港第3区内において、正規の形象物を表示して錨泊中のゆうに同港新港ふ頭に向け航行中の旭豊丸が衝突したものであるが、以下適用される航法について検討する。
ゆうが錨泊し、衝突した地点が横須賀港内であることから、港則法の定めが優先するが、港則法には錨泊している船舶と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。また、ゆうは錨地、錨泊にかかる制限を受けないプレジャーボートであり、さらに同法第35条漁ろうの制限に違背するものとはなしがたい。そうすると海上衝突予防法の適用によるところとなるが、錨泊している船舶と航行中の船舶に関する航法規定は存在しない。よって、同法38条及び39条の船員の常務で律することになる。
(本件発生に至る事由)
1 旭豊丸
(1)A受審人が、自船の操縦性能を十分に把握していなかったこと
(2)A受審人が、釣り船はすぐ移動するとの認識をもっていたこと
(3)A受審人が、見張りを十分に行わなかったこと
(4)A受審人が、朝もやで白い船体の船舶の視認が容易でない中、作業中の乗組員を見張りに当たらせるなど見張りを強化しなかったこと
2 ゆう
(1)B受審人が、見張りを十分に行わなかったこと
(2)B受審人が、錨泊中であることを表示する正規の形象物を掲げていれば、航行中の船舶が避けてくれるものと認識していたこと
(3)B受審人が、錨泊地点付近の海域はプレジャーボート等の釣り場であると自認していたこと
3 気象等
(1)海上に朝もやがかかっていたこと
(2)週末で多数の釣り船が存在したこと
(3)衝突地点付近海域が港区の分岐点付近に当たり、交通の流れが一定していないこと
(原因の考察)
旭豊丸は、京浜港横浜区を発して横須賀港に向けて南下するに当たり、海面上1メートルばかりに朝もやがかかり、白い船体の船舶が見えにくい状況にあったとはいえ、見張りを十分に行っていれば、錨泊しているゆうを早期に視認でき、同船の動静を把握した上、余裕を持ってこれを避けることが可能であり、その措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったものと認められる。
従って、A受審人が見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
旭豊丸において、A受審人が自船の操縦性能を十分に把握していなかったこと、釣り船はすぐ移動するとの認識をもっていたこと、及び朝もやで白い船体の船舶の視認が容易でない中、作業中の乗組員を見張りに当たらせるなど見張りを強化しなかったことは、いずれも本件衝突に至る過程において関与した事実であるが、本件事故と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方、ゆうは、正規の形象物を表示して錨泊中であったとはいえ、錨泊していた海域付近は港内で、しかも多数の船舶が往来する航路筋付近であった。
かかる状況下においては、見張りを十分に行うべきであり、見張りを十分に行っていれば、自船に向首して避航する様子もなく接近する旭豊丸を早期に視認して衝突を避けるための措置をとり得たものと認められる。
従って、B受審人が見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
ゆうにおいて、B受審人が、錨泊中であることを表示する正規の形象物を掲げていれば、航行中の船舶が避けていくものと認識していたこと、及び錨泊地点付近の海域はプレジャーボート等の釣り場であると自認していたことは、いずれも本件衝突に至る過程において関与した事実であるが、本件事故と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
次に、海面上1メートルばかりに朝もやがかかっていたことについては、通常あり得る自然現象としてやむを得ないところであり、当時灯浮標を1.5海里以上の遠方から視認しているところから、視界を制限するほどのものとは認められず、このことが航行に支障をもたらすような特別な状況とはいえない、また、週末で多数の釣り船が存在したこと、及び衝突地点付近海域が港区の分岐点付近に当たり、交通の流れが一定していないことについては、地域経済と密接不可分なことであり、これが無秩序かつ違法に行われていない限りにおいて、特に船舶の安全運航を本質的に阻害する要因とはいえず、いずれも本件発生にかかわるものとは認められない。
(主張に対する判断)
ゆう側補佐人は、「旭豊丸が正規の形象物を表示して錨泊していたゆうを避けるべきであった。また、例え、ゆうが見張りを十分に行って旭豊丸を認め得たとしても距離的にも時間的にも同船を避けるための措置をとる余裕も術もなかったのであり、すべての原因は旭豊丸にある。」旨主張するのでこの点について検討する。
まず、旭豊丸が正規の形象物を表示して錨泊していたゆうを避けるべきことは、補佐人が主張するとおり論をまたないところである。
しかしながら、錨泊地海域付近は、横須賀港内であって多数の船舶が往来する海域であり、しかも灯浮標の近くというのであれば、当然同浮標を目標にしてその付近を船舶が航行することは予測されるところである。してみれば、例え、正規の形象物を表示して錨泊中であるとはいえ、適当な見張りを維持して航海上の危険のおそれに可能な限り対処すべきであり、このことは海上衝突予防法第38条及び同39条の定めに沿うものである。
加えてB受審人が、「錨泊地点付近海域は多数の船舶が往来するところであることを知っていた。この海域は例え、錨泊していても結構船が通るから接近する船には注意が必要だと思う。」旨供述するとおり、同受審人は長年釣りに親しんできたこれまでの経験から、錨泊地点付近海域が多数の船舶の往来する海域であることを承知しており、接近する船舶に対する注意が必要であることを認識していたのである。また、同受審人は、「見張りをしていれば2海里くらい先で旭豊丸を視認できたと思う。他船が接近してきたらクリートにとめてある錨索を海中に投入して逃げること、あるいは1分もあれば所持していたナイフで錨索を切断して対処することも可能であった。投錨したままでも機関をかければ10メートルから20メートルの距離は十分動く。」旨供述するとおり、同受審人が見張りを行っていれば、相当の余裕をもって旭豊丸の接近を知ることができ、これに十分対処できたものと認められるところであり、敢えて補佐人の主張を肯認する理由はない。
(海難の原因)
本件衝突は、神奈川県横須賀港において、南下中の旭豊丸が、見張り不十分で、錨泊中のゆうを避けなかったことによって発生したが、ゆうが、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、横須賀港において、南下する場合、他船を見落とさないよう、船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、灯浮標の近くに他船はいないものと思い、船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、ゆうの存在に気付かず、錨泊中の同船を避けないまま進行して衝突を招き、旭豊丸の球状船首部に擦過傷を生じ、ゆうの船体を分断して廃船とさせ、B受審人をショックによる不眠症等により加療させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は、横須賀港において、釣りのため錨泊する場合、港内で多数の船舶が往来する海域であったから、接近する他船を見落とさないよう、見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、自船は錨泊中であることを表示する形象物を掲げているから、航行中の船舶が避けてくれるものと思い、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、旭豊丸の存在と接近に気付かず、機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとらずに錨泊を続けて衝突を招き、前示の損傷を生じさせ、自らがショックによる不眠症等により加療を要するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成15年6月20日横審言渡
本件衝突は、第二十一旭豊丸が、見張り不十分で、錨泊中のゆうを避けなかったことによって発生したが、ゆうが、見張り不十分で、注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。
参考図
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