(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年5月3日02時30分
山口県萩漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五日誠丸 |
総トン数 |
19.84トン |
全長 |
19.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
404キロワット |
3 事実の経過
第五日誠丸(以下「日誠丸」という。)は、昭和55年2月に進水した、山口県北方沖合及び対馬周辺海域を操業区域として、はえなわ漁業に従事する一層甲板型のFRP製漁船で、甲板上のほぼ中央に右舷側入口引戸を備えた操舵室、甲板下の船首方から順に1番ないし7番各魚倉、機関室、船員室、操舵機室、倉庫及び清水タンクがそれぞれ配置されていた。
ところで、機関室は、長さ3.7メートル幅3.4メートル高さ2.2メートルの区画で、操舵室床の長さ1.6メートル幅1.1メートルの入口蓋を外して出入りするようになっており、中央部に主機及び逆転減速機が据え付けられ、主機前部の左舷側に船内電源用交流発電機、右舷側に充電用直流発電機、主機後部にビルジポンプ、燃料油移送ポンプ(以下「移送ポンプ」という。)及び蓄電池等がそれぞれ設置されていた。
機関室の燃料油系統は、主機左舷側に容量2.7キロリットルの左舷燃料油タンク(以下、燃料油タンクについては「燃料油」を省略する。)同右舷側に各1.7キロリットルの右舷前部及び同後部各タンクが置かれ、各タンクの燃料油取出弁(以下「取出弁」という。)と移送ポンプの吸引側とが外径26ミリメートルのゴム管で接続され、同ポンプにより各タンクから燃料油のA重油が、同右舷側後部に置かれた長さ40センチメートル(以下「センチ」という。)幅80センチ高さ70センチの常用タンクに送られるようになっており、同タンク左舷側前部の高さ23センチ及び同51センチの位置には、同ポンプの始動用検知器及び停止用検知器がそれぞれ取り付けられていた。
移送ポンプは、平素、自動発停で運転されていたが、始動用及び停止用両検知器が常用タンク左舷側に取り付けられていたこと及び同タンク右舷側上端にはあふれ油を右舷後部タンクに戻す配管(以下「戻り配管」という。)が備えられていたことから、船体の右舷側への傾斜が増大すると、常用タンク左舷側の油面が低下して始動用検知器が作動するものの、同油が戻り配管から流出することにより油面が停止用検知器に達しないまま、連続運転になる可能性があった。
また、日誠丸の甲板は、高さ約90センチのブルワークで囲まれ、ブルワーク基部の片舷3箇所に長さ20センチ高さ10センチの放水口が設けられていた。そして、魚倉は、ハッチコーミングに蓋を載せただけの構造で、1番ないし3番各魚倉が物入れとして使用され、右舷、中央及び左舷の3区画に仕切られた4番ないし7番各魚倉のうち、4番左右舷及び6番右舷各魚倉を除いた魚倉が活魚倉として使用され、同魚倉のねじ式船底栓(以下「船底栓」という。)が取り外されており、漲排水の手間を省く目的で、港内係留中も排水されないまま、喫水面まで漲水されていた。
A受審人は、息子の五級海技士(機関)の免許を取得しているB指定海難関係人がかつて他船で機関長職を経験していたことから、機関作業全般を同人に行わせていた。
B指定海難関係人は、燃料油の移送等を含めた機関作業全般を行っており、平素、操業の際には、左舷タンクを一杯としたまま、右舷前部及び同後部各タンクの燃料油を使用し、操業後に船体が傾斜していれば、左右両舷各タンクの取出弁を開けて油面の高低差による同油の移送を行い、船体の傾斜を修正していた。
こうして、日誠丸は、平成11年8月交付の一級小型船舶操縦士の免許を有するA受審人、B指定海難関係人ほか1人が乗り組み、山口県見島北方沖合漁場における操業を終え、船首0.8メートル船尾1.8メートルの喫水をもって、同14年5月2日16時45分同県萩漁港越ヶ浜地区の岸壁に右舷付けで係留した。
A受審人は、入港したとき、操業中に右舷前部及び同後部各タンクの燃料油が消費されたことから、重さ約1トンの漁具を右舷側前部甲板上に置いた状態で、船体が約5度左舷側に傾斜していることを認めたが、B指定海難関係人に対し、燃料油を移送して船体の傾斜を修正する際、傾斜修正状況を十分に監視するよう指示することなく、離船して帰宅した。
一方、B指定海難関係人は、入港後、直ちに船体の傾斜を修正することとして左右両舷各タンクの取出弁を開け、燃料油の移送を開始したが、その際、同弁を開いたままの状態にしておけば自然に傾斜が修正されて移送が止まるものと思い、傾斜修正状況を十分に監視することなく、16時50分ほかの乗組員とともに離船して帰宅した。
ところが、日誠丸は、左舷タンクから右舷前部及び同後部各タンクに燃料油が移送され、左舷側への傾斜が修正されたのちも、左舷タンクの油面が右舷各タンクの油面より高かったことから、その移送が止まらず、漁具が右舷側に置かれていたこともあって、いつしか右舷側に傾斜し始めて常用タンク左舷側の油面が下がり、始動用検知器が作動して移送ポンプが始動し、戻り配管から同油が右舷後部タンクへ流出する状況となり、同油面が停止用検知器に達しないまま、同ポンプが連続運転されるうちに右舷側に大きく傾斜した。
やがて、日誠丸は、右舷側の放水口から浸入した海水が甲板上を洗い始め、1番ないし3番各魚倉、4番及び6番各右舷魚倉の蓋が浮き上がり、同魚倉内に海水が流入して船体が沈下するとともに右舷側に著しく傾斜した後、海水面がブルワーク頂部を超え、船底栓が取り外されていたことから、5番ないし7番各左舷魚倉が空に近い状態となった。
A受審人は、23時55分僚船からの知らせを受けて現場に駆け付け、日誠丸の船体の沈下を伴う右舷側への著しい傾斜を認め、機関室に浸水していないことを確認した後、4番ないし7番各左舷魚倉に漲水すれば傾斜を修復できるものと思い、船底栓を閉めたうえ4番ないし7番各中央魚倉の海水を移動式の水中ポンプで4番ないし7番各左舷魚倉に移送し、甲板上の海水を放水口から排水しながら船体を浮上させるなど、適切な傾斜修復措置をとることなく、僚船から借用した同ポンプ1台を陸上電源で運転し、同左舷魚倉の船底栓を閉めただけでこれに漲水した。
その結果、日誠丸は、海水が船底栓孔から4番ないし7番各中央魚倉に浸入して船体が更に沈下し、操舵室の右舷側入口引戸が海水面に漬かり、翌3日02時30分萩漁港ユウナギ東防波堤灯台から真方位018度180メートル地点の岸壁において、機関室及び船員室等が浸水した。
当時、天候は晴で風力5の南風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
A受審人は、水中ポンプで機関室の排水を試みたものの、浸水量に追い付かず、断念して消防署に救援を求めた。
日誠丸は、消防車の出動により魚倉、機関室及び船員室等の排水作業が行われたが、主機、各発電機、蓄電池、ビルジポンプ及び移送ポンプ等に濡損を生じ、のち各機器が開放洗浄された。
(原因)
本件浸水は、燃料油を移送して船体の傾斜を修正する際、傾斜修正状況の監視が不十分であったこと及び船体が沈下するとともに著しく傾斜する状況下、傾斜修復措置が不適切で、船体が更に沈下し、機関室等に海水が浸入したことによって発生したものである。
船体の傾斜修正状況が監視されなかったのは、船長が甲板員に対し、燃料油を移送して傾斜を修正する際、監視するよう指示しなかったことと、甲板員が監視しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、船体の沈下を伴う右舷側への著しい傾斜を認めた場合、左舷魚倉に漲水すると船体が更に沈下して船内に海水が浸入するから、船体を沈下させないよう、船底栓を閉めたうえ中央魚倉の海水を水中ポンプで左舷魚倉に移送するなど、適切な傾斜修復措置をとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、左舷魚倉に漲水すれば傾斜を修復できるものと思い、適切な傾斜修復措置をとらなかった職務上の過失により、船体が更に沈下して操舵室の入口引戸が海水面に漬かり、機関室及び船員室等への浸水を招き、主機、各発電機、蓄電池、変圧器、ビルジポンプ及び移送ポンプ等に濡損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が燃料油を移送して船体の傾斜を修正する際、傾斜修正状況を監視しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。