(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年4月16日13時40分
広島県三原瀬戸
2 船舶の要目
船種船名 |
交通船あさひ |
全長 |
12.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
91キロワット |
3 事実の経過
あさひは、平水区域を航行区域とする一層甲板型FRP製交通船で、A受審人が単独で乗り組み、船首尾とも0.8メートルの喫水をもって、C社に入渠して海上試運転中の自動車運搬船Z号(総トン数8,403.92トン)にジャイロコンパス修理のために急遽赴くこととなったD社社員E(以下「E乗客」という。)1人を乗せ、平成15年4月16日13時00分広島県尾道糸崎港内C社岸壁を発し、同県因島東方沖合のZ号に向かった。
ところで、あさひは、船首方から順に、船首甲板、客室、操舵室、船尾甲板及び両室両舷外側に通路を配置し、船首端には長さ約1.4メートルで、幅が後部約1.6メートル先端部約0.8メートルの台形状の乗下船用渡し板(以下「渡し板」という。)が設置され、渡し板へは船首甲板から階段で上がるようになっており、階段及び同板中央部の後端から船首方約0.4メートルのところにかけて手すりがそれぞれ設けられ、救命浮環が船尾の手すりに取り付けてあった。
B社は、主に船舶製造、修繕及び解体の下請業などを目的に設立され、専らC社に係る業務を行い、同社からの要請による関係者の輸送に従事するため交通船としてあさひ1隻を所有し、その運航を工務課運輸係に行わせていたが、C社が下請業や修理業などの関係者に対して事前に安全作業教育を実施し、その中には、あさひに乗下船する際の注意事項も含まれているのを知っていたから、接舷が終了するまで乗客を安全な場所で待機させる海中転落防止措置について船長に対する指導を十分に行っていなかった。
また、A受審人は、平成7年8月に四級小型船舶操縦士免許を取得し、同13年5月に入社して工務課運輸係に配属され、同14年2月から他の社員2人と共に交代で船長を務めるようになり、E乗客とは今回初めて乗り合わせた。
こうして、A受審人は、戸崎瀬戸を経てZ号に向けて南下中、13時35分同船船渠長からトランシーバーにより右舷側舷梯(以下「舷梯」という。)に付けるよう指示があったので、同船の船首方を迂回して舷梯に向かい、同時37分070度(真方位、以下同じ。)に向首して漂泊中のZ号の舷梯まで100メートルの地点に達して接舷に備えて減速を始めたころ、それまで船尾のいすに腰掛けていたE乗客が、救命胴衣を着用しないまま、ヘルメットをかぶり、リュックサックを背負って両手を空けて左舷側通路から船首に向かい、舷梯まで50メートルに接近したとき、渡し板に上がり手すりを持って中腰の姿勢でいるのを認めたが、まさか海中に転落することはないと思い、渡し板から下ろして接舷が終了するまで船首甲板など安全な場所で待機させる海中転落防止措置を十分にとらなかった。
A受審人は、機関を適宜使用して舷梯に接近したところ、舷梯から5メートルばかり離れて行きあしが停止したので接舷をやり直すため50メートル後進したのち、13時39分再度舷梯に接近を始め、1ノットばかりの行きあしで渡し板右舷角が舷梯に接舷したとき、13時40分百貫島灯台から302度2.8海里の地点において、接舷の衝撃で、舷梯に乗り移ろうとしたE乗客が体の平衡を崩して海中に転落した。
当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、海上は平穏であった。
A受審人は、直ちに機関を中立とし、船首近くで口付近まで海水につかっているE乗客に救命浮環を渡し、リュックサックやヘルメットを脱がせるなどしても引き上げられなかったので、トランシーバーでZ号船渠長に救助の応援を依頼した。
その結果、E乗客は、Z号から来援した5人により引き上げられ、あさひで帰港のうえ救急車により病院に搬送されたが、溺水により死亡した。
B社は、本件発生後、同種事故の再発防止について社内検討会議を開き、船長の許可があるまで乗客を客室で待機させるよう指導するとともに、客室入口に接舷時の注意事項を掲示したほか、船内放送設備及び海中転落者が上がるための移動式救助用はしごなどをそれぞれ新設するなどの措置を講じた。
(原因)
本件乗客死亡は、広島県因島東方沖合において、交通船から修理のため漂泊中の大型船に航海計器修理に向かう乗客を移乗させる際、海中転落防止措置が不十分で、接舷の衝撃で船首端渡し板で待機していた乗客が海中に転落したことによって発生したものである。
船舶製造下請業者が、交通船から乗客を移乗させる際の海中転落防止措置について、船長に対する指導を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、広島県因島東方沖合において、修理のため漂泊中の大型船に航海計器修理に向かう乗客を移乗させる場合、乗客が船首端渡し板で待機していたから、接舷の衝撃による海中転落など不測の事態を招かないよう、同渡し板から下ろして接舷が終了するまで船首甲板など安全な場所で待機させる海中転落防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、まさか海中に転落することはないものと思い、船首甲板など安全な場所で待機させる海中転落防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、接舷の衝撃で、舷梯に乗り移ろうとした乗客が体の平衡を崩して海中に転落し、溺水により死亡する事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B社が、交通船から乗客を移乗させる際の海中転落防止措置について、接舷が終了するまで安全な場所で待機させるよう船長に対する指導を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B社に対しては、本件発生後、船長の許可があるまで乗客を客室で待機させるよう指導するとともに、客室入口に接舷時の注意事項を掲示したほか、船内放送設備を新設するなど、同種事故の再発防止措置を講じたことに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。