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平成15年仙審第42号
件名

漁船福成丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年2月13日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(吉澤和彦、勝又三郎、内山欽郎)

理事官
熊谷孝徳

受審人
A 職名:福成丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
甲板員が死亡

原因
漁労(固定刺網の揚網)作業における乗組員の安全に対する配慮不十分

主文

 本件乗組員死亡は、固定刺網の揚網作業における乗組員の安全に対する配慮が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年10月16日15時30分
 福島県小高町東方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船福成丸
総トン数 5.71トン
登録長 11.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 235キロワット

3 事実の経過
(1)福成丸
 福成丸は、昭和53年に建造された一層甲板を有するFRP製漁船で、さけの固定刺網漁業などに使用され、船体中央から少し船尾寄りに操舵室があり、船首部右舷の上甲板上に刺網を揚収する油圧駆動の揚網機が備えられ、同甲板周囲には高さ約60センチメートルのブルワークが設けられていた。
(2)福成丸の固定刺網漁における揚網の要領
 福成丸は、主に福島県小高町沖合の水深10メートル前後の水域をさけの固定刺網の漁場とし、全長約50メートルの漁網を1張として、海岸線とほぼ直角に東西方向に敷設し、複数の漁網を漁場の環境によって、更にその沖側か、あるいは南北にわたって、いずれも間隔をおいて敷設していた。
 固定刺網は、浮子綱、沈子綱及び網本体からなり、沈子綱の両端が、直径9ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約37メートルの合成繊維製錨綱に結ばれた重さ10キログラムの錨によって固定され、錨には直径9ミリ長さ約15メートル合成繊維製のボンデン綱が結ばれ、同綱にボンデンと標識の旗が取り付けられていた。
 揚網の要領は、風向が沖合からのときを除いて沖側から開始され、揚網担当者が、ボンデンを回収してボンデン綱を揚網機のボールローラーにはさみ、同綱が引き揚げられると錨を回収し、続いて錨綱をボールローラーにはさんで同綱、網本体を順次揚収するようにしており、この間操船者が、漁網を右舷船首約45度の方向から引き揚げる態勢となるよう、操舵室で機関のスロー、ストップと舵の操作を繰り返すものであった。
(3)受審人A
 A受審人は、漁船員を経て自営の漁師となり、昭和49年12月一級小型船舶操縦士の免許を所得し、福島県請戸漁港を基地として固定刺網漁業や一本釣り漁業に従事していた。
(4)甲板員B
 B甲板員は、大工職人を経て平成13年7月から福成丸に乗船し、これまでに多い月では15日、少ない月では1週間程度出漁の経験があり、固定刺網漁では揚網等の漁労作業に従事していた。
(5)本件発生に至る経緯
 福成丸は、A受審人とB甲板員が乗り組み、さけ固定刺網漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成14年10月16日13時30分請戸漁港を発し、同港北方約5海里の小高町沖合の漁場に向かい、14時00分目的地に至った。
 A受審人は、南北に間隔をおいて敷設しておいた6張の刺網の揚網作業を始めるのに先立ち、B甲板員には慣れた作業であるから作業用救命衣を着用させるまでもないと思い、乗組員の安全に対する配慮を十分にすることなく、備え付けの作業用救命衣の着用を指示しないまま北側から順次揚網を始め、15時20分4張目を沖側から揚げに掛かった。
 B甲板員は、メリヤスの上衣とゴム合羽ズボンを着用してゴム長靴を履き、手袋、ヘルメットなしで揚網機の操作を兼ねながら揚網作業に当たり、回収した標識の旗とボンデンを操舵室の左舷側通路に横たえ、ボンデン綱を同室前壁左舷端付近にコイル状にして積み上げ、錨を操舵室前壁中央付近に置き、その前方に引き揚げられてくる錨綱をコイル状に積み上げながら20メートルばかり揚収したとき、15時27分ころ操船に当たっていたA受審人から、浮流していた漁網がプロペラに絡まったので揚網をいったん中断する旨連絡を受け、錨綱をボールローラーに挟んだまま揚網機の運転を停止した。
 A受審人は、操舵室から離れて絡網の除去を始めるのに先立ち、B甲板員が乗船したてのころ、錨綱の揚収途中で揚網作業を中断するようなときには、同綱を揚網機の近くにある係船柱に係止するよう指導していたから、あらためて指示するまでもないと思い、依然乗組員の安全に対する配慮を十分にすることなく、同綱を係止するよう指示しないまま機関を中立にして船尾に赴き、ブルワークから身体を乗り出し、ナイフを使用して網の除去作業を行った。
 B甲板員は、北西風と南東に流れる潮流とによって、ほぼ北西方に向いた船体がゆっくりと圧流される状況下、揚網機の傍らで待機していたところ、船体の移動とともにボールローラーに挟まれていた錨綱に強い張力がかかって外れ、同綱が係船柱に係止されていなかったことから船外に走出され、同綱かそれに続く錨、もしくはボンデン綱に足をとられたかして、15時30分東北電力原町火力発電所専用港灯標から真方位192度4.7海里の地点において海中に転落した。
 当時、天候は晴で風力1の北西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期にあたり、付近の水域には南東に流れる微弱な潮流があった。
 A受審人は、絡網の除去作業中、突然「おおー。」という叫び声を聞いて船首方を振り向き、B甲板員が海中に転落するのを目撃したので直ちに救助活動を開始したが、同人は浮上せず、1週間後に遺体で発見された。 

(原因)
 本件乗組員死亡は、福島県小高町沖合において、固定刺網の揚網作業を行う際、乗組員の安全に対する配慮が不十分で、作業用救命衣の着用の指示がなされなかったばかりか、錨綱を途中まで揚収して揚網作業を中断した際、同綱を係止する指示もなされず、同綱の走出にともなって乗組員が海中に転落したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、福島県小高町沖合において、乗組員を固定刺網の揚網作業に従事させる場合、前もって作業用救命衣を着用すること、及び錨綱の揚収途中で揚網を中断する際には錨綱を係止することをそれぞれ指示すべき注意義務があった。しかるに同人は、乗組員は同作業に慣れているし、錨綱を係止することはかつて指導しておいたから改めて指示するまでもないと思い、いずれの指示をも行わなかった職務上の過失により、乗組員が、船体の移動による錨綱の走出にともなって海中に転落し、同人の死亡を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって、主文のとおり裁決する。





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