(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年8月5日07時30分
北海道鱒浦漁港北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十二幸丸 |
総トン数 |
14トン |
全長 |
20.78メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
160 |
3 事実の経過
第五十二幸丸(以下「幸丸」という。)は、平成6年3月に進水した、かにはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人(昭和60年5月一級小型船舶操縦士免許取得)ほか4人が乗り組み、操業の目的で、平成14年8月5日02時40分北海道鱒浦漁港を発し、03時15分同港北東方沖合10海里ばかりの漁場に至って操業を開始した。
ところで幸丸は、船首側から順に船首甲板、前部甲板、船橋及び後部甲板を配し、前部甲板は長さ7.3メートル幅4.6メートルで両舷に高さ1メートルほどのブルワークがあり、船橋前端から5.7メートル前方の左舷側に、一端がラインホーラー他端がネットホーラーとして使用される、操作レバーを機側に備えたT字型の油圧揚網機が設置されていた。ラインホーラーは、外径47センチメートル(以下「センチ」という。)の2枚の円盤を挟んで溝が形成された幅13センチのドラムにより縄等を巻き揚げ、その軸心の高さが甲板から1.3メートルとなっており、揚縄時に、左舷ブルワークのわずか外側に固定されると、ドラム外縁とブルワーク上端との隙間は10センチほどであった。また、ドラム軸心から後方約50センチの左舷ブルワーク上端わずか外側にガイドローラーが設置されていた。
かにはえなわ漁の操業方法は、海流に抗して前進しながら、浮標、瀬縄、錨、錨綱及び長さ1,600メートルの幹縄を順次つないで海中へ投入し、次いで幹縄の他端に錨綱、錨、瀬縄及び浮標を投入して漁具の敷設を終了し、幹縄には長さ3メートルの枝縄を介して底面の径90センチ高さ40センチのかごが9.56メートルの間隔で168個取り付けられ、敷設した翌日に揚縄してかにを漁獲するものであった。また揚縄は、ラインホーラーにより各縄等を、船首方からガイドローラーを介してドラムに下巻きで1回転させ摩擦力を持たせて巻き揚げ、揚げた幹縄を再び左舷側の海面に落とすものであった。
揚縄時の作業分担は、揚げた漁具を再度同じ地点に敷設する場合には、ドラム前と呼ばれる、舵及び機関の遠隔操縦装置により操船を行いながらラインホーラーを操作して揚がってきたかご付きの枝縄をドラムに巻き込まれる前に幹縄から外す役割、外された枝縄を受け取り、かごを甲板上に引き揚げて漁獲物を取り出す役割、次の敷設に備えてかごに餌を補充する役割及び枝縄を幹縄につないでかごを海中に投げ入れる役割の者がそれぞれ配置され、漁具の敷設地点を移動する場合には、かごを海中に投げ入れる役割に替わりかごを前部甲板から右舷側通路を経て後部甲板に運搬する役割、また後部甲板左舷側で海面に落とした幹縄を繰り込む役割の者が加わり、それぞれ各1人が配置されていた。
幹縄と枝縄の結びは、幹縄のストランドに差し込んだ長さ70センチのナイロンロープによる輪に、枝縄を一重つなぎとしてその端を折り返し、いわゆる引き解き結びのように一端を引けば結びが直ぐに解けるようになっていたが、かごに漁獲物が多く入っているときなどはつなぎ目が硬くなったり、撚り(より)がかかったりして容易に解けないことがあり、そのまま無理に枝縄を外そうとすると、身体がそのつなぎ目と一緒に回転中のドラムに接近して巻き込まれるおそれがあった。
A受審人は、平素、ドラム前の役割に就いていたものの、1週間ほど前に右手小指を負傷したことから、操業経験が豊富な甲板員Bを主にドラム前の役割に就かせることとしたが、発航に先立って、操業の打ち合わせを行った際、作業に慣れているので大丈夫と思い、B甲板員に対し、枝縄を幹縄から容易に外せないときには、必ずラインホーラーを停止するよう厳重に指示して揚縄作業の安全措置を十分にとらなかった。
A受審人は、前日に敷設した9本のはえなわ漁具のうち5本を揚げ、再度それぞれに餌を補充して同じ地点に投縄し、07時20分鱒浦港北防波堤灯台から052度(真方位、以下同じ。)7.6海里の地点で、6本目のはえなわ漁具の東南東端に至り、B甲板員をドラム前の役割に、甲板員3人を外された枝縄を受け取り、かごを甲板上に引き揚げて漁獲物を取り出す役割、かごに餌を補充する役割及びかごを前部甲板から右舷側通路を経て後部甲板に運搬する役割にそれぞれ就かせ、自らは後部甲板左舷側に位置して幹縄を繰り込む役割に就いて揚縄作業を開始し、B甲板員が機関を中立運転としてラインホーラーによる揚縄操作により、295度の方向に1.5ノットの対地速力で進行した。
こうしてB甲板員は、ゴム長靴及び胸あて付きゴムズボンを履き、ゴム手袋をして裾口の締まる腕抜きを付け、揚網機の船尾側に立って左舷側海面に揚がってくるかごの様子をのぞき込みながら揚縄作業中、20数個目の枝縄が幹縄から容易に外せないままそのつなぎ目がドラムの至近まで巻き揚がったが、ラインホーラーを停止することなく、左舷ブルワークから半身を乗り出し利き腕である左手で、硬くなったつなぎ目を解くため枝縄先端を無理に引いていたところ、身体がそのつなぎ目と一緒に回転中のドラムに接近し、07時30分鱒浦港北防波堤灯台から050度7.5海里の地点において、同甲板員の右腕の腕抜きが回転したドラムと幹縄との間に巻き込まれ、次いで上半身がその間に挟まれた。
当時、天候は晴で風力2の南風が吹き、潮候は上げ潮の初期にあたり、海上は平穏であった。
A受審人は、揚網機の異音を聞いて振り向き、B甲板員がドラムに挟まれているのを認め、ドラムを逆転させて同甲板員を引き出し、直ちに網走港に入港して手配した救急車で病院に搬送した。
その結果、B甲板員は、胸部打撲・挫創による外傷性ショック死と診断された。
(原因)
本件乗組員死亡は、北海道鱒浦漁港北東方沖合において、かにはえなわ漁業の揚縄作業中、枝縄を幹縄から容易に外せなくなった際、同作業の安全措置が不十分で、回転中のドラムに接近して同ドラムと幹縄との間に挟まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、北海道鱒浦漁港北東方沖合において、揚縄作業を行う場合、発航に先立つ操業の打ち合わせの際、枝縄を幹縄から容易に外せなくなったとき、そのまま無理に外そうとすると、身体が枝縄と幹縄のつなぎ目と一緒に回転中のドラムに接近して巻き込まれるおそれがあったから、作業を行う甲板員に対し、必ずラインホーラーを停止するよう厳重に指示して揚縄作業の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが、同受審人は、作業を行う甲板員は操業経験が豊富であり、慣れているので大丈夫と思い、揚縄作業の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、同甲板員がラインホーラーを停止しないまま、回転中のドラムに接近して右腕の腕抜きがドラムと幹縄との間に巻き込まれ、次いで上半身がその間に挟まれ、同甲板員を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。