(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年12月3日23時45分
大分県佐伯湾
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船しまんと |
総トン数 |
1,446トン |
全長 |
89.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
4,413キロワット |
回転数 |
毎分600 |
3 事実の経過
しまんとは、平成6年1月に進水した、B社(以下「会社」という。)によって大分県佐伯港と高知県片島港との間に定期運航される最大搭載人員434人の鋼製旅客船兼自動車渡船で、2機2軸を有し、主機としてD社が製造した8DLM-32型及び8DLM-32L型と呼称するディーゼル機関をそれぞれ機関室の左舷及び右舷(以下「左舷機」及び「右舷機」という。)に装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置を備え、各シリンダには船首側から1番ないし8番の順番号が付されていた。
主機は、同年3月に就航以来、常時C重油が燃料油に用いられ、年間に6,500時間運転されており、毎年12月あるいは1月に定期入渠の際、業者によるピストン等の整備が行われていた。
ところで、主機のピストンは、ピストンクラウンとピストンスカートから構成された組立型で、ピストンリングとして、圧力リング3本及び油かきリング2本がそれぞれピストンクラウン及びピストンスカートのリング溝に装着され、圧力リングの最上部のもの(以下「トップリング」という。)にクロムメッキが施されており、浮動式のピストンピンがピストンスカートのピストンピンボスに嵌合され、直径135ミリメートル(以下「ミリ」という。)のアルミニウム合金製のピストンピン蓋がピストンピン側面の両側にはめ込まれ、同蓋下部には直径10ミリ全長15ミリの黄銅製ノックピン(以下「ノックピン」という。)が取り付けられていた。
主機のシリンダライナは、内径320ミリ行程400ミリで、内側をピストンが上下に往復し、下部にピストン冷却用の噴油ノズルが取り付けられており、クランク軸受から流出した潤滑油の一部がクランクアームの回転によりはねかけられてピストンとの摺動面に注油されていた。
また、主機のシリンダへッドは、排気弁及び吸気弁各2個の4弁式で、燃料噴射弁やインジケータ弁等が装備され、燃料噴射弁のノズルチップから燃料油が300キログラム毎平方センチメートルの噴射圧力で噴霧される構造になっていた。
A受審人は、しまんとの就航以来、一等機関士兼機関長として乗り組み、同11年6月機関長に昇進し、主機の運転保守にあたり、航海全速力前進時には回転数毎分570(以下、回転数は毎分のものを示す。)にかけており、同12年12月以降、運航経費節減の目的で、会社及びメーカー側と協議のうえ定期入渠における右舷機のピストンの抜出し間隔を2年間に延長するとともに、抜出しから半年経過の都度、運航の合間に燃料噴射弁や排気弁等を取り替える整備体制とし、同年12月に1番ないし4番シリンダの、同13年12月に5番ないし8番シリンダのピストンをそれぞれ抜き出し、ピストンリングを新替えしてノックピンの摩耗したものを取り替えるなどの整備を行っていた。その後、A受審人は、右舷機の運転時間が経過するうち、排気弁、吸気弁や燃料噴射弁に付着する燃焼生成物のカーボンが徐々に増えていたことから、各弁周りの汚れに伴って2番シリンダの燃焼が阻害され、同14年4月下旬同機を回転数570で運転中、シリンダへッド出口排気温度(以下「排気温度」という。)が450度(摂氏、以下同じ。)に上昇して他シリンダとの比較で30度ほど高い状態を認め、燃料噴射弁の噴霧不良を懸念したが、連休の繁忙期にかかって整備に必要な停泊時間の余裕がなく、5月11日に同弁のノズルチップの新替えを行ったものの、排気温度が高い状態のまま、業者による定期整備が予定されていた同月末まで運転を続けた。
そして、右舷機は、5月30日に2番シリンダのシリンダへッドが取り外されて排気弁等の整備が行われた後、排気温度が高い状態は解消されたものの、前示燃焼阻害によるカーボンがピストンの圧力リングとリング溝との間に付着したところに低負荷運転等に伴って生じたカーボンが加わり、いつしか同リングが固着したことから、燃焼最高圧力の低下による不完全燃焼状態となり、さらに同溝に付着するカーボンが増加し、また、ピストンピン蓋のノックピンが徐々に摩耗していた。
ところが、A受審人は、右舷機のピストン整備後、長期間経過した状況下、適宜に燃焼最高圧力を計測するなどして燃焼状態を確認することなく、2番シリンダの同圧力の低下による不完全燃焼状態に気付かないまま、越えて12月3日21時45分佐伯港に向け同機を回転数540にかけて航行中、固着したトップリングが熱膨張の影響を受けて折損したことから、燃焼ガスの吹抜けが始まり、シリンダライナ摺動面の潤滑油が焼けて白煙を生じると同時に運転音が変化し、これに気付いた機関当直者から異状発生の報告を自室で受けた。
A受審人は、直ちに機関室に赴き、船橋に連絡して右舷機を停止した後、左舷機の運転だけで続航し、右舷機の2番シリンダのクランク室内に潤滑油の焼ける臭気や白煙を認めたものの、軸受温度の計測及びシリンダライナ下部の目視のほかターニングを行って異状がなかったことから、あと1往復して様子を見ても大事に至ることはあるまいと思い、業者の手配を会社に申し入れるなどして速やかにピストンのピストンリング及びリング溝等の点検を行うことなく、燃焼ガスの吹抜けに気付かないまま、22時15分ごろ同機を始動し、回転数500まで増速して運転を続け、23時06分佐伯港に入港し、次の定期便に就いた。
こうして、しまんとは、A受審人ほか10人が乗り組み、旅客8人を乗せて車両6台を積載し、船首3.25メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、23時30分佐伯港を発して片島港に向け、同受審人が機関当直に就き、右舷機を回転数440及び左舷機を回転数570にかけて航行中、右舷機の2番シリンダの圧力リング全数が折損して燃焼ガスが著しく吹き抜け、シリンダライナ摺動面が潤滑不良となり、ノックピンが摩耗していたピストンピン蓋が過熱してシリンダライナと接触し、23時45分竹ケ島灯台から真方位306度0.5海里の地点において、ピストンとシリンダライナとが焼き付き、異音を発した。
当時、天候は曇で風力3の東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、機関室で異音を聞くと同時に白煙を見たことから、船橋に連絡して右舷機を停止し、2番シリンダのクランク室を点検したところ、シリンダライナ摺動面にかき傷を認めて運転不能と判断し、その旨を船長に報告した後、左舷機の運転によって続航した。
しまんとは、翌4日03時16分片島港に入港して旅客及び車両を無事に降ろし、佐伯港に回航した後、右舷機の2番シリンダのピストンが業者により抜き出され、精査の結果、シリンダライナ摺動面のほかピストンのかき傷、圧力リング全数の折損及びピストンピン蓋等の損傷が判明し、各損傷部品が新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、主機ピストン整備後、長期間経過した状況下、燃焼状態の確認が不十分で、カーボンがリング溝に付着してピストンリングが固着したこと及びピストンの点検が不十分で、燃焼ガスが吹き抜けるまま運転が続けられ、シリンダライナ摺動面が潤滑不良となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転保守にあたりピストン整備後、長期間経過した状況下、機関当直者から異状発生の報告を受けた場合、クランク室内に潤滑油の焼ける臭気や白煙を認めたのであるから、異状箇所を見逃さないよう、業者の手配を会社に申し入れるなどして、速やかにピストンのピストンリング及びリング溝等の点検を行うべき注意義務があった。しかし、同受審人は、軸受温度の計測及びシリンダライナ下部の目視のほかターニングを行って異状がなかったことから、あと1往復して様子を見ても大事に至ることはあるまいと思い、速やかにピストンのピストンリング及びリング溝等の点検を行わなかった職務上の過失により、燃焼ガスの吹抜けに気付かないまま運転を続け、シリンダライナ摺動面の潤滑不良を招き、ピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。