(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月26日16時08分
愛媛県松山港
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船おれんじびーなす |
総トン数 |
698トン |
全長 |
61.35メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,500キロワット |
回転数 |
毎分750 |
3 事実の経過
おれんじびーなすは、平成2年9月に進水した、2機2軸及びバウスラスタを備えた鋼製旅客船兼自動車渡船で、僚船とともに4隻体制で山口県柳井港と愛媛県松山港の間を2時間25分で結ぶ毎日上下各16便の定期運航に従事しており、機関室中央左右に据え付けた主機の両舷側に、発電機原動機(以下「補機」という。)として、C社(以下「C」という。)が製造した、M3SG-A型と称する定格出力198キロワット同回転数毎分1,200の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を1機ずつ備え、船尾側に三相交流発電機を連結し、右舷側を1号機、左舷側を2号機とそれぞれ呼称していた。
補機は、通常航海中には1台で船内電力をまかない、出入港時にはバウスラスタへの給電のため予備機を始動して並列運転を行い、運転機を毎日交互に切り替えてそれぞれ年間約4,800時間運転しており、各シリンダに船首側から順番号が付され、シリンダブロックの右舷側に、燃料供給ポンプ及び集合型燃料噴射ポンプを取り付け、その前部にある調時歯車室の右舷側上部に設置した調速機とともに、調時歯車に接続した燃料ポンプ駆動装置によって駆動するようになっていた。
調速機は、D社製のSG-2型と称する機械油圧式で、駆動軸下端のスプライン部が燃料ポンプ駆動装置内のかさ歯車で構成する駆動部と連結し、内蔵した調速ばねの力とバランスウエイトの遠心力との不均衡力によって、油圧ポンプからの高圧油が出力ピストンを作動させ、その動きを出力レバーから、コントロールロッド、連結レバー、及びラックコネクティングロッドで構成した逆コの字形の燃料制御リンク機構を介して燃料噴射ポンプのラックに伝え、補機を一定回転数に制御するようになっており、上部には、遠隔速度調整用の同調モーターを取り付けて内部の速度調整軸と連結させ、主配電盤上から補機の回転数を遠隔調整できるようになっていた。
ところで、調速機は、調速ばねのへたりや構成部品の摩耗などが生じて作動油圧が低下したり、燃料制御リンク機構に遊びなどが生じると回転数制御が不安定になるほか、駆動歯車やスプライン部が極度に摩耗すると振動発生につながるおそれがあった。
また、燃料制御リンク機構は、停止、始動及び運転の各位置に制御するコントロールハンドルと、遠隔又は危急停止のために停止ソレノイドによってラックを強制的に停止位置に移動させる停止装置リンクがそれぞれ連結レバーに連結し、同レバーと各ロッド類との接続にはピン、ボルト、みぞ付ナット及び割りピン等を使用しており、このうち、連結レバーとラックコネクティングロッドとは、ねじ付のラックコネクティングロッドピン(以下「ロッドピン」という。)を介して呼び8Mのみぞ付ナットと、呼び径2ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ20ミリの割りピンによって連結されていた。
A受審人は、昭和48年にB社(以下「B」という。)に入社し、平成8年5月機関長に昇任して一括公認を受けたうえで同社所有の各船に順次乗船したのち、同13年9月からおれんじびーなすの機関長として乗り組み、後日配乗されたもう1人の機関長と、原則として3労3休の就労体制で交替しながら機関の運転と保守管理にあたり、補機燃料制御リンク機構の目視点検とグリースアップを2週間ごとに行うようにしていた。
指定海難関係人B社工務部(以下「工務部」という。)は、おれんじびーなすの他所有船3隻と、予備船として系列会社から借用している1隻の計5隻の保船管理及び資材調達などの業務を担当する部門で、所有船4隻にはすべて同型機種の補機を搭載しており、同機の調速機については定期的な開放整備を行っておらず、不具合が生じたときにCの系列機器販売修理会社(以下「機関修理業者」という。)に点検修理を依頼するようにしていた。
おれんじびーなすは、機関長と一等機関士が片道ずつ交替で単独の機関室当直を行うようにし、昼夜を通して柳井港と松山港間の運航を続けていたところ、同15年3月3日に単独運転中の2号補機が調速機の作動不良により過速度停止装置が働いて危急停止したため、工務部の指示で入渠中の僚船おれんじじゅぴたーから調速機を流用することになり、翌4日に調速機駆動装置の点検が行われないまま2号補機の調速機を取り替えて運航を再開し、作動不良を起こした調速機については、陸揚げして機関修理業者が点検した結果、同調用モーターのコイル焼損が原因と分かり、修理後同船に取り付けられた。
A受審人は、2号補機の調速機取替え作業に立ち会い、試運転で同機交換前より振動が少し大きくなったのを認め、その後軽負荷時の回転数変動とそれに連動する燃料制御リンク機構の振動が大きくなり、発電機の周波数変動が±0.5ヘルツを超えて並列運転時の自動同期投入に失敗することがあったので、その旨を工務部に報告した。
工務部は、A受審人から2号補機の不具合状況について報告を受け、発電機の自動同期投入ができないということから、機関監視室内の主配電盤に組み込まれた発電機の自動同期投入、自動負荷分担及び自動並列解除などを行うための自動化機器に原因があると考え、同月19日主配電盤製造業者に点検を依頼したものの各機器には異常が認められず、同業者から調速機側に問題があると指摘されたが、運航ができないほどの状況ではないと判断し、機関修理業者には調速機の調整方法を質問しただけで、速やかに同業者によって調速機を点検する措置をとることなく、同業者から入手した点検調整要領をおれんじびーなすに送り、調整等を同受審人らに任せたまま運航を続けさせた。
一方、A受審人は、その後の2号補機の調整と工務部への状況報告については自らが行うようにし、点検調整要領をもとに、調速機の速度ドループや出力レバー付ばねによる感度調整などを行っても運転状態が改善できず、依然として発電機の周波数変動が大きく自動同期投入にも支障を生じていたが、その都度コントロールロッド付ばねなどの調整で何とか運転が続けられていたことから、次回11月の入渠時に修理すればよいと考え、工務部に強く依頼して機関修理業者による調速機の点検を行わなかったので、調速機駆動用のかさ歯車に段付き摩耗が生じていることなどを発見できないまま運転を続けた。
こうして、おれんじびーなすは、回転数変動と燃料制御リンク機構の振動が改善されない状態で2号補機の運転を続けたことから、同リンク機構のラックコネクティングロッドとロッドピンとを連結するみぞ付ナットが緩み始め、ラックの遊びが大きくなって回転数変動と振動が更に増し、同ナット用割りピンの摩耗が著しく進行する状況のもと、同年5月25日午後便から交替乗船していたA受審人ほか、5人が乗り組み、乗客19人及び車両11台を載せ、船首2.1メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、翌26日13時40分柳井港を発して松山港に向かった。
A受審人は、2号補機の回転数変動と燃料制御リンク機構の振動が更に激しくなったのを認め、柳井港入港前の発電機並列運転を行った際に、2号発電機の周波数変動が±1ヘルツまで増大したために自動同期投入ができず、同港出港後のテストでも自動同期投入が不可能であったことから、1号補機の単独運転としたのち、工務部に調速機等を点検するために次回柳井港発から他船に運航を振り替えることを依頼した。
そして、A受審人は、燃料制御リンク機構の連結部の緩みが加わって回転数変動や振動が激しくなっているおそれがあったが、工務部の了解を得たのであと1航海だけという思いから、ボルトやみぞ付ナットなどの緩みの有無など、2号補機同リンク機構の点検を十分に行うことなく、ラックコネクティングロッドとロッドピン連結部の割りピンが折損して脱落し、みぞ付ナットも緩んでいることに気付かないまま、16時すぎ松山港入港に備え、同機を始動して発電機を手動並列運転としたのち、着岸作業のために機関室を離れた。
おれんじびーなすは、松山港の三津浜フェリー桟橋に向かって入船左舷付の態勢で接近し、16時05分に係留索をとったのちバウスラスタを適宜使用して着岸作業中、2号補機燃料制御リンク機構の連結レバーとラックコネクティングロッドを連結する前示みぞ付ナットが完全に緩んで脱落したため、回転数制御が不能となり、バウスラスタの使用状態による電力負荷の増減に対して回転数が大きく変動したため、16時08分わずか前同機の過速度停止装置が作動して警報を発したが、ラックの連結が外れたために危急停止しないまま、16時08分松山港防波堤灯台から真方位142度240メートルの地点において、2号補機が過回転状態となった。
当時、天候は曇で風力1の北東風が吹き、港内は穏やかであった。
A受審人は、左舷側舷門でタラップの取付け作業中に機関室からの警報音に気付き、同室に急行したところで船内電源が喪失し、白煙を上げていた2号補機のコントロールハンドルを停止位置にしたものの停止できないでいるうち、約2分後、同機がクランクピン軸受の焼付きや破断した1番シリンダのピストンと連接棒がクランクケースを突き破ったことなどで自停した。
おれんじびーなすは、1号発電機から給電を再開して柳井港に戻り、修繕ドックに回航したのち、機関修理業者などの手により2号補機を精査した結果、前示損傷に加えて1番シリンダ下のオイルパン及び直結潤滑油ポンプが破損し、過給機タービン軸が折損したほか、調速機駆動用かさ歯車に段付き摩耗が生じていることなどが判明したことから、調速機の開放点検まで行わず、のち調速機を含む2号補機が同型機種に換装された。
工務部は、本件発生後、各船機関長に事故状況を周知して燃料制御リンク機構などの点検を指示し、各船共通である補機用調速機を予備として購入したほか、同機の定期整備計画を検討するなど、同種事故の再発防止策を講じた。
(原因)
本件機関損傷は、2号補機に発電機の自動同期投入に影響する回転数変動とそれに連動して燃料制御リンク機構の振動が生じた際、調速機の点検が不十分であったばかりか、その後振動が激しくなった同リンク機構の点検が不十分で、連結レバーとラックコネクティングロッドとを連結するみぞ付ナット用割りピンが折損して、同ナットが緩んで脱落するまま運転が続けられ、回転数制御が不能となったことによって発生したものである。
海運業者の工務部門が、機関長から2号補機の不具合状況について報告を受けた際、速やかに機関修理業者によって調速機を点検する措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、機関の運転と保守管理に当たり、2号補機の回転数変動とそれに連動して燃料制御リンク機構の振動が生じ、種々の調整で運転を続けたものの、その後同リンク機構の振動が更に激しくなったのを認めた場合、連結部の緩みが加わっているおそれがあったから、運転中にリンクの連結が外れて回転数制御が不能となることのないよう、みぞ付ナットやボルトなどの緩みの有無など、同リンク機構の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、工務部から調速機等を点検するために次回柳井港発から他船に運航を振り替えることの了解を得たので、あと1航海だけという思いから、燃料制御リンク機構の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、運転中に連結レバーとラックコネクティングロッドとを連結するみぞ付ナットが脱落し、2号補機の回転数制御が不能となって過回転する事態を招き、1番シリンダのピストン及び連接棒、クランクピン軸受並びに過給機タービン軸などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
工務部が、調速機取替え後、機関長から2号補機の不具合状況について報告を受けた際、調査を依頼した主配電盤製造業者からも調速機側に問題があると指摘されたにもかかわらず、速やかに機関修理業者によって調速機を点検する措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
工務部に対しては、本件発生後、各船機関長に事故状況を周知して燃料制御リンク機構などの点検を指示し、各船共通である補機用調速機を予備として購入したほか、同機の定期整備計画を検討するなど、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。