(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月14日05時42分
伊予灘 佐田岬北西沖
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船美津川丸 |
総トン数 |
2,361トン |
全長 |
90.52メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,059キロワット |
回転数 |
毎分280 |
3 事実の経過
美津川丸は、平成2年2月に進水した鋼製石灰石運搬船で、主機として、C社が同元年に製造した6M38HT型と称する、トランクピストン型の自己逆転式ディーゼル機関を備えていた。
主機は、各シリンダに船首側から1番ないし6番の順番号が付され、シリンダブロックの左舷側にカム室を配置し、カムによりローラ、ローラガイド及びプッシュロッドを介して吸気弁、排気弁及び燃料噴射ポンプを駆動するカム軸を収め、同ブロックの船尾側に、クランク軸歯車、中間軸及びカム軸歯車を介してクランク軸の回転をカム軸に伝達する調時歯車装置を設けていた。
主機のカム軸は、炭素鋼(JIS S45C相当)製の一体軸で、各シリンダ毎にいずれもニッケルクロムモリブデン鋼製で浸炭焼入れを施した前後進用の吸気カム、排気カム及び燃料カムをそれぞれ焼嵌めてキー止めし、船首端に同軸を船首尾方向に移動して各カムを前後進に切り替えるための油圧サーボモータを設け、一方、船尾端にカムギヤダンパと称する変動トルク緩衝装置を組み込んだカム軸歯車を焼嵌めてキー止めしたうえ、7箇所のカム軸受によって支持され、同歯車の船尾側に始動空気分配用のパイロットカム軸をボルトで取り付け、調時歯車室に同軸用のブッシュが組み込まれていた。
また、カムギヤダンパは、高出力化による燃料噴射系の圧力上昇に伴って燃料カムに作用する力が増加するなか、歯面にかかるカム軸系の変動トルクを緩和する目的でカム軸歯車に組み込まれたもので、カム軸端に装着するダンパボスと称する内輪部と、同歯車である外輪部とを円周方向に取り付けられた8組の円筒多重ばね(以下「円筒ばね」という。)で繋いだうえ、両輪部が直接接触しないよう内輪部の先端8箇所の溝に銅合金製の間隔片を取り付け、両側面を側板で覆って内部にカム軸から潤滑油が注油される構造になっており、カム軸側の変動トルクが内輪部から円筒ばねに伝達されるとき、同ばねが撓むことによって同トルクを吸収するようになっていた。
ところで、主機は、カム軸受を10,000ないし15,000時間毎に、カムギヤダンパを20,000ないし25,000時間毎にそれぞれ開放点検するよう、取扱説明書の保守点検基準に記載されていたが、同ダンパに関しては、パーツカタログで内部構造が分かる程度で、点検要領や部品取替え基準が明確に示されていなかった。
美津川丸は、同11年にG社が船舶所有者で親会社でもあるH社から借入れ、同社の運航管理下で保船管理と船員配乗を担当するようになったもので、主として大分県津久見港から岡山県水島港への石灰石輸送に従事し、主機を年間約5,700時間運転しており、乗組員については、特定の船に固定せずになるべく多様な船を経験させるという方針から、機関長を含め約3箇月毎に交代するようになっていた。
指定海難関係人Aは、G社が管理する内航船8隻及び外航船3隻の船体及び機関に関する工務全般を統括する部門で、機関関係については、各船機関長から1ないし2箇月毎に主要整備記録を作成させるほか、不具合や問題点を適宜報告させるようにしており、入渠工事仕様書についても機関長に原案を作成させたうえで追加、削除するようにしていた。ところが、美津川丸については、工務担当者や機関長が短期間で交代していたこともあって、主機の整備来歴が把握できず、カム軸受の間隙計測及びカムギヤダンパの点検整備を建造以来行っていなかった。
B指定海難関係人は、同6年にC社に入社し、I事業部J工場K課に配属されたのち、同11年から本社のD部の技術サービス担当者となり、主として関東地区の顧客に対するアフターサービス業務を担当していた。
美津川丸は、同13年1月28日津久見港入港前に主機4番シリンダカム室付近から打音を生じ、入港後の点検で、同シリンダ燃料油噴射ポンプのローラが何らかの原因で剥離欠損し、ローラガイドが振られて固着するとともに、燃料カムの前進側突き上げ突起部が最大で約4ミリメートル(以下「ミリ」という。)摩滅していることが発見された。
B指定海難関係人は、Aからの問い合わせを受けて美津川丸を担当することになり、損傷部品の取替えを助言したものの、カム軸を抜き出さないで取替えが可能な2分割型のカム(以下「割りカム」という。)の在庫がなく、Aが同船の運航を継続したいという意向もあったため、製造工場であるJ工場のL室M課にカムの仮修理について問い合わせ、燃料カムの焼入れ深さが5ミリなので突き上げ部を4ミリまで削正しても問題ないとの指示を受けたことから、Aに対して、割りカムの納期が5箇月で、燃料カムの4ミリ削正ならば当面大丈夫である旨を伝えたうえ、割りカムの発注方法を連絡した。
美津川丸は、部品調達までの約40時間主機4番シリンダの減筒運転を行ったのち、同月31日にAの手配した修理業者により、同シリンダ燃料油噴射ポンプのローラ及びローラガイドを新替えしたうえ、摩滅した燃料カムの突き上げ突起部をグラインダなどで最大4ミリ削正する仮修理を行って運航を再開し、燃料突き始め時期や同ポンプラックなどを調整したものの、通常運転における同シリンダ内最高圧力が他シリンダと比べ、7ないし10キログラム毎平方センチメートル低い状態が続き、機関長が適宜その状況をAに報告するとともに、このまま運転を継続することについて見解を求めていた。
これに対し、Aは、美津川丸の主機燃料カム仮修理後、各機関長からの報告で4番シリンダの最高圧力が他シリンダより著しく低く、シリンダ出力が不均衡となっていることを把握したうえで、B指定海難関係人の回答から割りカムに取り替えるまでは現在の運転状態を続けざるを得ないと考えていたところ、行き違いから同カムの発注手続きが行われておらず、同年6月5日に正式発注となったため、同カムへの取替えが大幅に遅れることが判明したが、このような不均衡運転を想定以上に長期間継続しなければならなくなったことについて、問題の有無や点検の必要性等をB指定海難関係人を通じてC社に相談しないまま、同船の運航を続けさせた。
一方、B指定海難関係人は、Aとの行き違いから割りカムの発注が遅れ、燃料カムの取替えが大幅に遅れることを知った際、仮修理によって燃料カム突き上げ部の傾斜と頂部高さが変わり、他シリンダより最高圧力や排気温度が低くなることを承知していたにもかかわらず、M課に長期間出力不均衡運転を続けることの問題点を相談しなかったうえ、その後Aから相談が寄せられなかったこともあって、自ら美津川丸の運転状況を確認せず、早期に自社によるカム軸などの点検を行うようAに助言しなかった。
このため、主機は、カム軸などの開放点検が行われることなく4番シリンダのみ最高圧力が著しく低い不均衡運転が引き続き長期間続けられ、カム軸及びカム軸歯車への変動トルクが増加する状況のもと、カム軸受メタルとパイロットカム軸ブッシュの摩耗が進行するとともに、カムギヤダンパ間隔片の破損や摩耗が進展して変動トルクに対する緩衝機能が弱まったことから、カム軸に繰り返し曲げ応力と変動トルクとが相乗的に付加し続け、やがてカム軸のダンパボスへの嵌合面にフレッチング摩耗が生じ、いつしか同摩耗箇所に微小亀裂が発生するに至った。そして、同シリンダ燃料カムの摩滅から約8箇月経過した同年10月16日に割りカムへの取替え工事が行われたが、その際にも依然カム軸などの点検が行われなかったので前示の不具合が発見されず、それぞれがさらに進行するまま運転が続けられた。
こうして、美津川丸は、翌14年8月に乗船した機関長Nほか10人が乗り組み、石灰石4,650トンを積載し、船首5.96メートル船尾7.27メートルの喫水をもって、翌9月14日03時20分津久見港を発して揚地の水島港に向かい、主機を回転数毎分255の全速力にかけたのち機関区域が無人となるMゼロ運転として航行中、ダンパ主機カム軸がボスへの嵌合面に生じていた亀裂の進行によって折損し、05時42分佐田岬灯台から真方位309度2.6海里の地点において、主機が回転数を徐々に低下しながら自停した。
当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、海上は穏やかであった。
N機関長は、操舵室から連絡を受けた一等機関士経由で事態を知らされ、機関室に急行して主機の再始動を試みたものの始動できず、主機をターニングしたところロッカーアームが動かないことで調時歯車装置の不具合と考え、同歯車室を開放してカム軸歯車の直前でカム軸が折損しているのを発見し、主機の運転が不能である旨を船長に報告した。
美津川丸は、来援した引船により同月19日水島港に引きつけられて揚荷を終えたのち、修繕ドックに回航して主機を精査した結果、カム軸がダンパボスへの嵌合部の境界付近から斜めに亀裂が進展して折損していたほか、カムギヤダンパの8個の間隔片のうち3個が破損し、カム軸受メタル及びパイロットカム軸ブッシュが著しく摩耗していることが判明し、のちカム軸、カム軸受及び同ブッシュなどの損傷部品を新替えするとともにカムギヤダンパを整備して修理された。
Aは、本件発生後、機器保守整備計画を各船と協議して新たに作成し、専従工務担当者を配置して保船管理体制を強化するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
(原因)
本件機関損傷は、主機4番シリンダの燃料カム突き上げ突起部が摩滅して仮修理後、割りカムへの取替え時期が大幅に遅れることが判明した際、海運業者の保船管理部門が、問題の有無や点検の必要性を機関製造業者に相談するなど、シリンダ出力が不均衡のまま長期間運転を継続することについての検討を十分に行わなかったことと、機関製造業者のアフターサービス担当者が、仮修理後の主機運転状況を確認して、カム軸などを点検するよう海運業者に対する助言を十分に行わなかったこととにより、長期間カム軸に変動トルクが付加するまま運転が続けられるとともに、カム軸受とカムギヤダンパの摩耗が進展してカム軸に曲げ応力が作用し、カム軸の同ダンパボス嵌合部にフレッチング摩耗による亀裂を生じたことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
Aが、主機4番シリンダ燃料カムの突き上げ突起部が摩滅し、削正仮修理を行ったのち、最高圧力が他シリンダより著しく低くシリンダ出力が不均衡となっていることを把握したにもかかわらず、発注の行き違いから割りカムへの取替え時期が大幅に遅れることが判明した際、問題の有無やカム軸などの点検の必要性を機関製造業者に相談するなど、不均衡運転を長期間継続することについての検討を十分に行わず、運転を続けさせたことは、本件発生の原因となる。
Aに対しては、本件発生後、機器保守整備計画を本船と協議して新たに作成し、専従工務担当者を配置して保船管理体制を強化するなど、同種事故の再発防止対策を講じた点に徴し、勧告しない。
B指定海難関係人が、主機4番シリンダ燃料カムの仮修理要領及び割りカムの納期等をAに回答したのち、発注の行き違いから割りカムへの取替え時期が大幅に遅れることが判明した際、その後の主機運転状況を確認して、カム軸などを点検するようAに対する助言を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、自らAに連絡を取るべきであったと反省している点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。