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平成15年広審第114号
件名

貨物船伸社丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年3月3日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、供田仁男、道前洋志)

理事官
平井 透

受審人
A 職名:伸社丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(履歴限定)
B 職名:伸社丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(旧就業範囲)

損害
右舷燃料油タンクに4箇所の腐食破孔、燃料噴射ポンプ等が損傷

原因
貨物ポンプ室の漏洩液排出管の点検不十分、燃料油系統の点検不十分

主文

 本件機関損傷は、塩酸輸送に従事するに当たり、貨物ポンプ室のポンプ台付漏洩液排出管の点検が不十分で、同室床板に腐食破孔を生じて直下の燃料油タンクに塩酸が流入したことと、燃料油系統の点検が不十分であったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年3月25日23時30分
 愛媛県 新居浜港
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船伸社丸
総トン数 130トン
全長 36.90メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 316キロワット
回転数 毎分900

3 事実の経過
 伸社丸は、昭和58年1月に進水した、船尾船橋型の鋼製塩酸タンク船で、機関室に、主機としてC社製の6MA-HT型ディーゼル機関と、主発電機を駆動する同社製の4KDL型と称する定格出力69キロワットのディーゼル機関(以下「補機」という。)をそれぞれ備えていたほか、船尾楼甲板の左舷側に、D社製のW04D-F型と称する同出力41キロワットのディーゼル機関(以下「停泊用補機」という。)、発電機及び容量100リットルの燃料油タンクを防音箱に一括格納したパッケージ型発電機(以下「停泊用発電機」という。)を設置しており、主機、補機及び停泊用補機ともA重油を燃料油としていた。
 燃料油系統は、機関室前部の両舷にディープタンクとして配置されたいずれも容量7キロリットル(以下「キロ」という。)の燃料油タンクから電動移送ポンプにより同室中段船首方の右舷側に設置した容量約2キロの燃料油常用タンク(以下「常用タンク」という。)に移送したのち、主機には容量40リットルの沈殿槽、1次こし器、直結供給ポンプ及び機付ノッチワイヤ式2次こし器を経て燃料噴射ポンプに、補機には直結供給ポンプ及び機付ノッチワイヤ式こし器を経て集合型燃料噴射ポンプにそれぞれ送られるようになっていたほか、停泊用補機の燃料油タンク(以下「機付タンク」という。)には常用タンクから蓄電池駆動の移送ポンプにより給油するようになっていた。
 貨物ポンプ室(以下「ポンプ室」という。)は、右舷燃料油タンクが直下となる船尾楼右舷側前部の上甲板上に配置され、船首側に出入口扉を設け、高さ100ミリメートル(以下「ミリ」という。)のコーミングを備えた箱状のポンプ台を、床板のほぼ中央部に全周溶接して設置し、その上に軸を左右舷方向に向け、右舷側に電動機、左舷側に貨物ポンプを据え付けた共通台板が取り付けられており、同ポンプの吸吐出弁はいずれもダイヤフラム弁で、吐出弁が同ポンプの上部やや船首寄りに設けられていた。
 また、貨物ポンプは、E社が製造した耐蝕渦巻ポンプで、軸封装置として、スタッフィングボックス内にカーボン製回転環とセラミック製固定環などで構成する内装式のメカニカルシールを装着したうえ、同シール摺動部を冷却する目的で吐出側から吸入側へ塩酸を循環させるとともに、同シールと同ボックスエンドカバーとの間には、同シールから空気を吸引することなどを防止するために雑用水系統からシール水を注水するようになっており、同カバーの軸貫通部にグランドパッキン1本を装着していた。そして、同ボックスから出たシール水は、同貫通部からの漏洩水などとともに、ポンプ台コーミング内の右舷後部に設けられた天板から側板に貫通する内径20ないし30ミリの鋼製漏洩液排出管(以下「排出管」という。)から排出され、ポンプ室の床板に流れて同室右舷後部外板のスカッパーから船外排出されるようになっていた。
 伸社丸は、平成5年1月にF社が購入したのち、愛媛県新居浜港を中心とした瀬戸内海の諸港間において、専ら濃度35パーセント、密度1.18の塩酸輸送に従事しており、主機の運転時間が毎月約100時間で、発電機については荷役時以外は主に停泊用発電機を使用し、燃料油を1箇月ごとに5キロ程度補油するようにしていたほか、貨物ポンプを毎月約50時間運転していた。
 ところで、ポンプ室は、同室のスカッパーが床面より約15ミリ高いためにポンプ台から排出されるシール水などが床面に滞留しやすいことから、同9年ごろ、同ポンプのシール水排出口にビニルホースを取り付けるとともに、スタッフィングボックスの下にもビニルホースを接続した受皿を置き、両ホースをスカッパーまで導くように改造されたが、同ボックス軸貫通部からの漏れが増加して受皿から溢れたシール水や、吐出弁のダイヤフラムが破損して漏洩した塩酸はその後もコーミングに溜まるようになっていたため、同台の排出管が経年や塩酸の影響などで腐食破孔すると、シール水や塩酸が通常目視できない同台と床板の間に流れ込んで滞留し、床板にも腐食破孔が生じるおそれがあった。
 A受審人は、同7年8月に機関長として乗り組んだのち、船長や機関長などを歴任して同13年1月から再び船長職に就き、操船のほか貨物ポンプの運転及びポンプ室の保守管理も担当し、同ポンプ運転中に吐出弁から塩酸が漏れてポンプ台コーミング内を多量に流れ落ちているのを発見して同弁を手直しすることがあり、同14年に入ってから同ポンプのメカニカルシールが漏れ始め、軸貫通部からのシール水の漏れも多くなったことを認めていたが、漏洩液がコーミングから床板に流れ落ちているので大丈夫と思い、同台付排出管を定期的に点検していなかったので、いつしか同管に破孔が生じてポンプ台と同室床板の間に塩酸やシール水が流れ込んでいることに気付かなかった。
 一方、B受審人は、同13年1月に機関長として乗り組み、機関の運転と保守管理にあたり、燃料油については、常用タンクが1キロを切ると両舷燃料油タンクから同時に移送するようにし、乗船して間もなく常用タンクや主機沈殿槽のドレン抜きを行ったところ、ほとんど水などが溜まっていなかったことから、その後は沈殿槽のドレン抜きとこし器類の開放掃除を1箇月ごとに、常用タンクのドレン抜きを半年ごとにそれぞれ行うなど、同タンクからのドレン排出状況を十分に点検しないまま運転を続けていた。
 伸社丸は、運航を続けるうち、ポンプ台の下に滞留した塩酸やシール水により床板の腐食が進行していつしか床板に破孔を生じ、貨物ポンプや吐出弁から漏洩する塩酸やシール水が破孔した同台付排出管及び床板を経て右舷燃料油タンクに流入するようになり、これらが主機などの燃料油系統にも送られる状況のもと、翌14年3月19日から広島県に所在する造船所に合入渠工事のため入渠し、整備時期に当たっていた貨物ポンプが予備の同型ポンプと取り替えられた。
 入渠中、B受審人は、半年ごとに行っている主機燃料噴射弁の噴射テストを終えて同弁を復旧したのち、高圧管の空気抜きのために燃料噴射ポンプを突き上げようとしたところ動きがスムーズでないことを認め、整備業者に主機とともに停泊用補機の同ポンプを開放整備するよう依頼したところ、プランジャやバレルに肌荒れがあって光沢も失われており、同業者から燃料油系統へ異物が混入していないか点検するよう助言を受けたが、同ポンプの経年劣化によるもので運転には支障ないと思い、直ちに燃料油系統への異物混入の有無を調査しなかった。
 そして、B受審人は、下架後の同月23日に運転中の停泊用補機が自停し、機付タンクから10リットルばかり水が出てなめると酸っぱさを感じ、常用タンクや沈殿槽からも多量の水が出てきたのを認め、さらに翌24日には、入渠工事を終え積荷のために入港した山口県徳山下松港で減速中の主機が自停したにもかかわらず、こし器や燃料噴射弁の掃除などを行って両機とも運転が可能になったことから、依然として燃料油系統に多量の水分が混入した原因や異物混入の有無などを調査しなかったので、同油系統に塩酸が混入し、主機及び停泊用補機の各燃料噴射ポンプ内部の腐食がさらに進行していることに気付かなかった。
 こうして、伸社丸は、A及びB両受審人ほか1人が乗り組み、塩酸166キロを積載したのち、船首2.3メートル船尾2.8メートルの喫水をもって同月25日12時40分徳山下松港を発し、主機を回転数毎分800の全速力にかけて揚荷地の新居浜港に向かい、翌朝の揚荷に備えて同港内に錨泊するため、主機の回転数を毎分400を減速したところ、23時30分新居浜港東防波堤灯台から真方位165度530メートルの地点において、燃料噴射ポンプのプランジャとバレルが膠着(こうちゃく)して主機が自停した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、港内は穏やかであった。
 船首配置に就いていたB受審人は、主機の停止を認めたA受審人の指示で投錨を開始したところ、投錨中に停泊用補機が自停して船内電源を喪失したため機関室に急行して補機を始動したものの、間もなく同機も自停してしまい、その後たまたま同港内に錨泊中であった僚船から給電を受け、燃料油系統のこし器類や各機を点検し、補機は運転可能となったが、主機及び停泊用補機は再始動できなかった。
 翌朝、伸社丸は、僚船に抱かれたまま着岸して揚荷を終え、主機等を点検した整備業者が燃料油系統へ塩酸が混入していることを認め、主機燃料噴射ポンプのプランジャ及びバレルなどを新替えするとともに、常用タンクのA重油を入れ替えて同月28日に前示造船所まで自力回航後、右舷燃料油タンクの内部点検で天井部に20ミリ前後の腐食破孔が4箇所生じていることが判明し、のち主機及び補機の精査、損傷部品の取替え、燃料油配管の掃除、並びにポンプ室床板のダブリング補修及びポンプ台の新替えなどの修理が行われ、燃料噴射ポンプ等の損傷が激しい停泊用補機が換装された。 

(原因)
 本件機関損傷は、塩酸輸送に従事するに当たり、ポンプ室のポンプ台付排出管の点検が不十分で、破孔した同管を経て同台下部に滞留した塩酸などによって同室床板に腐食破孔を生じ、同破孔から直下の右舷燃料油タンクに塩酸や清水が流入したことと、常用タンクからのドレン排出状況や主機燃料噴射ポンプのプランジャなどに肌荒れを生じた際の異物混入の有無など、燃料油系統の点検が不十分であったこととにより、同油系統に塩酸が混入したまま主機及び補機の運転が続けられたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、塩酸輸送に従事してポンプ室の保守管理に当たる場合、ポンプ台付排出管が破孔すると、通常目視できない同台下部と同室床板の間に漏洩した塩酸などが滞留するおそれがあったから、同排出管を定期的に点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、漏洩液がコーミングから床板に流れ落ちているので大丈夫と思い、ポンプ台付排出管を定期的に点検しなかった職務上の過失により、同管に破孔を生じたことに気付かず、同台下部に滞留した塩酸などによって同室床板に腐食破孔を生じ、同破孔から直下の右舷燃料油タンクに塩酸や清水が流入する事態を招き、主機、補機及び停泊用補機の燃料噴射ポンプに腐食を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、機関の運転と保守管理に当たり、入渠時に開放整備した主機燃料噴射ポンプのプランジャなどに肌荒れを認めた場合、直ちに異物混入の有無を調査するなど燃料油系統の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、燃料噴射ポンプの経年劣化によるもので運転には支障ないと思い、直ちに異物混入の有無を調査するなど燃料油系統の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同油系統に塩酸が混入していることに気付かないまま運転を続け、前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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