(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年10月29日22時00分
北海道利尻島西南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第13時丸 |
総トン数 |
19.53トン |
全長 |
23.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
508キロワット |
回転数 |
毎分1,940 |
3 事実の経過
第13時丸(以下「時丸」という。)は、昭和55年4月に進水したいか一本つり及び刺網の各漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてB社が製造した6M160A-1型と呼称するディーゼル機関を備えていた。
主機の潤滑油系統は、直結潤滑油ポンプにより容量107リットルのオイルパンから吸引、加圧された潤滑油が、油冷却器及び油こし器を順に経て潤滑油主管に至り、クランク軸、カム軸、過給機及び燃料噴射ポンプなどの各軸受のほかピストン冷却ノズルとシリンダヘッドの動弁装置などに導かれるようになっており、潤滑油圧力が0.5キログラム毎平方センチメートルに低下すると警報を発する潤滑油圧力低下警報装置を備えていた。
シリンダヘッドは、吸気弁及び排気弁を各2個備えた4弁式で、動弁装置の潤滑を終えて同ヘッド上に滞留した潤滑油を、プッシュロッドの貫通パイプ内を通してクランク室に戻す構造となっていた。
A受審人は、昭和52年11月に一級小型船舶操縦士の免許を取得し、平成2年1月に中古の時丸を購入して以来船長として乗り組み、同9年5月に現装の主機に換装し、毎年3月から12月までを長崎県沖から北海道沖にかけてのいか一本つり漁に、12月末から2月末までを北海道石狩湾での刺網漁にそれぞれ従事して、2月末から3月にかけての休漁期に船体整備を行い、主機については、定例的な開放整備を行わず、運転時間が250時間に達するごとに潤滑油と油こし器のエレメントを新替えして年間3,700時間ばかり運転していた。
平成13年10月中旬A受審人は、主機煙突からの排気音の変化により排気の出具合が悪くなったように感じたので、地元の北海道古平漁港近くに所在する機関整備業者に調査を依頼したところ、消音器が目詰まりしていることが判明し、同器を新替えした。
このころ、主機は、排気の出具合が悪くなったことから、シリンダ内で燃焼不良を起こし、高温となった排気ガスが排気弁棒及び弁ガイドの隙間を吹き抜け、弁ガイドの摺動部に異常摩耗を生じて、シリンダヘッド上への吹き抜けが更に進み、排気ガスがプッシュロッド貫通パイプを経てクランク室に入り、燃焼残渣が潤滑油中に混入して固形状のスラッジを生じ始め、同油の汚れが急速に進行するようになった。
A受審人は、その後、主機クランク室ミスト抜き管のミスト量が増えたほか、10月27日主機の潤滑油及び油こし器のエレメントの新替えを行ったとき、同油が短時間のうちに著しく汚れて油こし器に大量のスラッジが堆積していることを認めたが、漁期が終了する翌年2月まで定期的に潤滑油を新替えすれば大丈夫だろうと思い、速やかに業者に依頼して、主機の開放整備を十分に行わなかったので、排気ガスのシリンダヘッドへの吹き抜けが続き油中のスラッジが増加する状況となった。
こうして、時丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、操業の目的で、船首1.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、10月29日13時00分北海道稚内港を発し、主機を回転数毎分1,500にかけ、日本海武蔵堆の漁場に向けて航行の途、3番及び4番クランクピン軸受が潤滑油中のスラッジを噛みこんで焼き付き、大量に発生した金属粉が油冷却器の油路を塞ぐようになって、22時00分仙法志埼灯台から真方位247度61.5海里の地点において、潤滑油圧力低下警報が吹鳴するとともに回転が低下した。
当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、海上は平穏であった。
航海当直中のA受審人は、直ちに主機を中立運転としたところ自停したので、機関室に急行してターニングを試みたが重くて回らず、再始動不能と判断し、付近を航行中の僚船に救助を求め、時丸は、僚船により古平漁港に引き付けられ、主機の開放調査が行われた結果、前示損傷のほか、シリンダライナ全数、連接棒2本及びクランク軸に焼損を生じていることが判明し、のち修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機クランク室ミスト量が多くなり、潤滑油が短時間のうちに著しく汚れるようになった際、主機の開放整備が不十分で、排気ガスが排気弁と弁ガイドとの隙間からシリンダヘッド上に吹き抜けたまま運転が続けられ、油中にスラッジを生じて、主機の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機クランク室ミスト量が多くなり、潤滑油が短時間のうちに著しく汚れるようになったのを認めた場合、排気ガスが機関内部で吹き抜けを起こしているおそれがあったから、速やかに業者に依頼して、主機の開放整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、漁期が終了するまで定期的に潤滑油を新替えすれば大丈夫だろうと思い、主機の開放整備を十分に行うことなく運転を続け、油中にスラッジを生じて、主機の潤滑阻害を招き、シリンダライナ全数、連接棒2本及びクランク軸に焼損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。