(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月31日22時40分
長崎県五島列島北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八十二喜代丸 |
総トン数 |
276トン |
全長 |
56.04メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
728キロワット |
回転数 |
毎分568 |
3 事実の経過
第八十二喜代丸(以下「喜代丸」という。)は、昭和63年9月に進水した鋼製漁船で、A受審人ほか8人が乗り組み、運搬船として大中型まき網漁に従事しており、主機として、B製の6DLM-28ZFS型と称するディーゼル機関を備え、各シリンダには、船首側を1番として6番までの順番号が付されていた。
主機の潤滑油系統は、2系統があり、いずれも機関直結の同一の潤滑油ポンプで吸引加圧された潤滑油が、一つは機関内部の各軸受を経てピストンとシリンダライナとのしゅう動面に供給される系統で、他方はピストンの内側に冷却油として噴射される系統であり、うち各軸受への系統については、潤滑油入口主管が機関の右舷側床板下方において機側に沿って配管され、同管の潤滑油圧力は、通常4.8キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)で、2.5キロまで低下すれば警報が作動し、2.0キロまで低下すれば機関が危急自動停止するようになっていた。
また、主機の潤滑油系統は、総油量が2,600リットルで、うち約600リットルがクランク室内に、残り約2,000リットルが油冷却器や配管内及び機関室上段にある潤滑油ヘッドタンクにそれぞれ通油しており、前示入口主管の潤滑油は、潤滑油ポンプからこし器や油冷却器を経たのち船尾方から圧送され、同主管の船首側端においては、ねじ込みアングル弁を介して、外径6ミリメートル長さ3メートルの銅管が分岐して接続されていた。
軸受潤滑油入口主管から分岐した銅製枝管は、三方口型冷却清水温度調整弁(以下「温調弁」という。)の制御油圧用配管で、前示アングル弁と銅管の管継手として、くい込みユニオンが取り付けられており、同配管が、加工し易いものの軟らかい銅材料であることを考慮すると、鉛やゴムなどの緩衝材を巻いて防振バンドで適切な箇所に固定するなど、銅管の防振措置を十分に執っておく必要があった。
ところで、前示の銅管は、アングル弁との接続部直後から約1メートルの範囲で、立上がり配管となっており、その後の温調弁まで長さ2メートルの範囲は水平配管で、うち水平配管部分については、防振バンドで床板の根太に固定するなど必要な防振措置が執られていたものの、立上がり配管部分については、何の措置も施されておらず、同接続部の銅管が、機関運転の経過とともに管継手のくい込み部で徐々に肉厚が減耗していた。
A受審人は、平成13年4月機関長として乗船以来、一等機関士及び二等機関士とともに4時間ごとの機関室当直を行い、また日常の整備作業を計画して部下に指示するなど、主機の運転及び整備の責任者として職務にあたっていたが、前示の温調弁制御油圧用銅管が、機関室床板の下方に配管されていたことや、乗船以来、潤滑油系統及び温調弁の作動に関して不具合の兆候が何もないので大丈夫と思い、振動による配管の損傷などに留意することなく、日頃から配管を点検して振動部分に防振バンドを巻いて根太に固定するなどの防振措置を十分に執っていなかった。
こうして、喜代丸は、平成15年5月31日16時00分、長崎県生月港を発し、同日22時00分同県五島列島北西方沖合の漁場に至って操業を始め、16時から20時までの機関室当直を終えたA受審人は自室で休息を、当直を引き継いだ二等機関士は機関室で当直に従事し、主機の回転数を毎分510及び可変ピッチプロペラの翼角を20度として、速力10ないし11ノットで魚群探索中、前示の温調弁制御油圧用銅管が、主機軸受潤滑油入口主管の船首側端に取り付けられた前示アングル弁との管継手部において、機関の振動によってくい込み部分で切断し、管継手から抜け外れて潤滑油が漏洩し始め、漏洩箇所が船首側シリンダに近かったことから、特に1番及び2番シリンダへの軸受潤滑油の供給量が不足することとなり、当該シリンダの主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受、ピストンとシリンダライナとのしゅう動面など機関内部の潤滑が著しく不良となって各軸受のメタルなどが焼損し、22時40分、五島白瀬灯台から真方位337度15.3海里の地点において、潤滑油圧力低下の警報が作動するとともに、クランク室安全弁が作動して同室から大量の白煙を生じた。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
自室にいたA受審人は、船橋当直中の船長から機関室で発煙している旨の連絡を受け、同室に急行して主機を手動で停止し、温調弁制御油圧用銅管が、管継手部から抜け外れて潤滑油が漏洩していること、及びクランク室の潤滑油量が、検油棒の先端に付着するかしないかまでに減少していることなどを認めた。
その結果、喜代丸は、主機の運転を断念し、修理のため僚船に曳航されて佐賀県伊万里港の造船所に引き付けられ、同所において、損傷箇所の詳細な点検を受け、1番シリンダについては、ピストンとシリンダライナの溶着が、2番シリンダについては、ピストンリングが全数ともリング溝に固着している状況が、また他のシリンダも含めて主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受の各軸受メタルや軸受ブッシュなどの焼損が認められ、それぞれを新替え修理するとともに、配管の防振措置を施工し、併せて配管点検用として床板に開口部を設けた。
(原因の考察)
本件は、主機の軸受潤滑油系統の入口主管から各シリンダに供給される潤滑油のうち、船首側1番及び2番シリンダにおいて、同油の供給量が不足し、当該シリンダの機関内部の潤滑が不良となって、主軸受などの各軸受メタルが焼損及びピストンとシリンダライナとが溶着するに及んだもので、潤滑油の供給量が不足したのは、同系統から分岐した銅製の枝管が、配管から抜け外れて潤滑油が漏洩したためであり、また、銅製の枝管が配管から抜け外れたのは、機関の振動によって銅管の管継手くい込み部分が切断したことによるもので、その過程は明らかである。
ところで、立上がり配管部分の防振措置については、水平配管部分には防振措置が適切に施されていたことから類推すると、建造時もしくは温調弁設置時の銅管取付け当初においては、防振バンドによる防振措置が施されていたものと考えられ、その後、運転の経過とともに振動などによって同バンドが切損したまま、何も措置されていない状況になったと認められる。
機関長として管理の責任を負うこととなった機関に接する際、運転中の振動による各部への影響を把握することは、機関の大切な管理手法であり、床下も含めて早期に運転中の潤滑油系統などを点検し、特に軟らかい材料の銅管については、適切な防振措置が必要であることは自明であり、同措置が十分に行われていれば、銅管の損傷及び潤滑油の漏洩は避けられ、同油の供給量不足は起こらなかった。
従って、配管の防振措置が十分に執られていなかったことは、本件発生の原因となる。
(原因)
本件機関損傷は、主機の管理にあたる際、潤滑油系統に接続する銅製枝管の防振措置が不十分で、操業中、同管が、機関の振動により管継手の内部で肉厚を減じ、切断して同継手から抜け外れ、潤滑油が漏洩して同油の供給量が不足し、機関内部の潤滑が著しく不良となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関長として主機の管理にあたる場合、振動による配管の損傷を未然に防止できるよう、日頃から枝管を含む潤滑油系統などの配管を点検し、振動部分に防振バンドを巻いて根太に固定するなどの適切な防振措置を十分に執っておくべき注意義務があった。ところが、同人は、潤滑油系統及び冷却清水温度調整弁の作動に関して、不具合の兆候が何もないので大丈夫と思い、防振措置を十分に執っていなかった職務上の過失により、操業中、潤滑油系統から分岐した同弁制御用の銅製油圧配管が、管継手のくい込みユニオン部において、機関の振動による金属同士の接触で肉厚が減耗して切断し、管継手から抜け外れ、潤滑油が漏洩して同分岐位置に近い船首寄りシリンダの内部への潤滑油供給量が不足し、当該シリンダの主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受、ピストンとシリンダライナとのしゅう動面などの潤滑が著しく不良となる事態を招き、各軸受のメタルが焼損及び同しゅう動面が溶着するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。