(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年11月18日08時00分
長崎県対馬下島南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十二大慶丸 |
総トン数 |
385トン |
全長 |
59.13メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分653 |
3 事実の経過
第五十二大慶丸(以下「大慶丸」という。)は、昭和47年1月に進水した、主に中華人民共和国等から四国方面等への活魚運搬に従事する鋼製漁船で、主機として、B社が製造した6DLM-26型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に同機の遠隔操縦装置を備えていた。
主機は、同59年11月に換装された間接冷却方式のもので、各シリンダには、船首側を1番とする順番号が付されており、内径260ミリメートルのシリンダライナがシリンダブロックに嵌合(がんごう)され、シリンダライナ外周面とシリンダブロック内面との間に冷却清水ジャケットが設けられていた。
主機の冷却清水系統は、電動渦巻式の冷却清水ポンプが装備され、容量350リットルの膨張タンクと清水冷却器との間に設けられた連絡管に冷却清水ポンプ吸引管が接続されていて、同ポンプによって加圧された冷却清水が入口主管に入り、各シリンダの冷却清水ジャケットに分岐してシリンダヘッドに送られ、各部を冷却したのち出口主管及び清水冷却器を経て同吸引管に戻る経路で循環するようになっていた。そして、冷却清水ポンプのポンプ軸ケーシング貫通部には、グランドパッキンが装着されており、また、膨張タンクには、冷却清水の水面計及び補給弁が取り付けられていた。
ところで、主機は、冷却清水系統の腐食発生防止のため、水素イオン濃度をPH値7.0ないし9.5の適正範囲に保つよう、定期的に同濃度を計測のうえ補給水量に見合う亜硝酸塩系の防錆剤を投入するなどして防錆剤濃度管理を行うことが取扱説明書に記載されていた。
A受審人は、平成6年3月に大慶丸の機関長として乗り組み、年間7,200時間ばかり主機の運転を続けて保守にあたり、冷却清水系統の防錆剤として、C社製造のポリクリンと呼称されるものを使用し、同12年8月臨時検査受検の際、業者による全シリンダライナの抜出し整備を行い、同系統の冷却清水を取り替えて配合割合0.35パーセントより多めの防錆剤を投入した。
ところが、主機は、冷却清水が冷却清水ポンプのポンプ軸ケーシング貫通部から漏れていて、その漏水量調節のためにグランドパッキンの締付けが繰り返されているうち、同部が段付き状に磨耗する状況となり、漏水量が増加して膨張タンクの冷却水量が減少し、同水の補給が繰り返されていた。
しかし、A受審人は、主機の冷却清水ポンプの整備を行うことなく、冷却清水系統の補給水量の増加に伴って防錆剤濃度が希釈されるようになったが、前回整備時に防錆剤を多めに投入したから支障がないものと思い、定期的に水素イオン濃度を計測のうえ同剤を投入するなどして防錆剤濃度管理を十分に行わず、同14年1月に定期整備を行ったのちも依然、防錆剤濃度管理を十分に行わなかったので、長期間にわたって水素イオン濃度が適正範囲に保たれず、冷却清水ジャケットのシリンダライナ及びシリンダブロック冷却面に生じた腐食が進行するまま、運転を続けていた。
こうして、大慶丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、ふぐ30トンを積載し、船首3.40メートル船尾4.20メートルの喫水をもって、11月16日15時00分中華人民共和国大王家島を発して愛媛県宇和島港に向け、同受審人及び機関部員2人がそれぞれ単独で4時間交替の機関当直に就き、主機を全速力前進の回転数毎分625にかけて航行中、2番シリンダ冷却清水ジャケットの腐食が著しく進行し、18日08時00分北緯33度35分東経127度52分の地点において、シリンダブロック左舷側に破孔が生じ、冷却清水が漏洩し始めた。
当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、海上は白波があった。
A受審人は、自室で休息中に機関当直者から主機の冷却清水が漏洩している旨の報告を受け、機関室に赴いて前示破孔を認め、シリンダブロック外側に応急措置を施した後、膨張タンクの補給弁を開弁して同水を補給しながら続航することとした。
大慶丸は、21日朝宇和島港に入港した後、主機が業者により精査された結果、2番、3番、5番及び6番シリンダのシリンダライナの著しい腐食が判明し、同シリンダライナが取り替えられ、シリンダブロックの破孔が溶接修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機の冷却清水ポンプの整備が不十分で、漏水による冷却清水系統の補給水量の増加に伴って防錆剤濃度が希釈されたばかりか、防錆剤濃度管理が不十分で、長期間にわたって水素イオン濃度が適正範囲に保たれないまま運転が続けられ、冷却清水ジャケットに生じた腐食が著しく進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の冷却清水系統に防錆剤を使用して運転保守にあたる場合、補給水量が増加して防錆剤濃度が希釈されていたから、水素イオン濃度を適正範囲に保つよう、定期的に同濃度を計測のうえ防錆剤を投入するなどして、防錆剤濃度管理を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、前回整備時に防錆剤を多めに投入したから支障がないものと思い、防錆剤濃度管理を十分に行わなかった職務上の過失により、長期間にわたって水素イオン濃度が適正範囲に保たれないまま、運転を続けて冷却清水ジャケットに生じた腐食が著しく進行する事態を招き、シリンダブロック及びシリンダライナの損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。