(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年8月7日12時50分
兵庫県岩屋港南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船あさしお丸 |
総トン数 |
1,295トン |
全長 |
65メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
回転数 |
毎分720 |
3 事実の経過
あさしお丸は、平成元年8月に進水し、航行区域を平水区域とし、兵庫県明石港と同県岩屋港間の定期航路に就航する鋼製旅客船兼自動車航送船で、同航路での運航は、C社が所有するあさしお丸を含む3隻の同類船(以下「あさしお丸等」という。)のうち、2隻を運航船として1日22往復の終日運航及び同14往復の定期運航にあて、残りの1隻を不測の事態に対応するための予備船として待機させる体制がとられ、それぞれ約10日の間隔でローテイションさせることを標準形態としており、主機として、D社が製造した6DLM-28S(L)型と称する、各シリンダに船首側から順番号が付された、A重油専焼の過給機付4サイクル6シリンダトランクピストン型機関を機関室の左右舷に各1機装備し、両舷主機の推進軸系には、それぞれ減速機及び可変ピッチプロペラを備え、運転時間が年間約4,000時間であった。
主機のシステム油系統は、共通状態として使用していた2個の容量4,000リットルの潤滑油サンプタンクから、両舷主機直結の潤滑油ポンプ又は電動予備潤滑油ポンプにより吸引、加圧された潤滑油が、潤滑油冷却器出口において、それぞれ圧力調節弁及びこし器が設けられた、クランク軸、カム軸及び調時歯車装置などの各運動部の潤滑系統と、ピストンの冷却系統に分岐し、各部の潤滑及び冷却を終えたのち、同タンクに戻る循環経路となっていた。そして、潤滑油は、システム油系統中に混入した夾雑物を除去する目的で組み込まれた、遠心式油清浄機及び精密ろ器などで構成された清浄装置により、主機運転中に側流清浄が行われていたが、微細で小さい比重の夾雑物や潤滑油中に発生するスラッジなど(以下「異物」という。)を除去するには限界があったので、それらによる同油系統の汚損が徐々に進行する状況で使用され、約1箇月ごとに消費量に相当する200ないし300リットルの新油が補給されていた。
主機のピストンは、冠部とスカート部からなる鋳鉄製組立型で、冠部の冷却がカクテルシェイカーと称する方式で行われ、圧力約4キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧された潤滑油が、シリンダライナ下端部に取り付けられた冷却油注油ノズル(以下「注油ノズル」という。)の内径5ミリメートル(以下「ミリ」という。)の注油孔から上方に噴射されて冠部冷却室内に流入し、ピストンの上下動に伴って攪拌されるようになっていた。
そして、注油ノズルは、十分な断面積の潤滑油流路が内部に工作されていたものの、その流れの方向を直角に変化させることを余儀なくされる構造であったので、異物が同流路に堆積しやすく、同流路が狭められると、注油量が減少してピストンの冷却が阻害されるおそれがあることから、法定検査工事でピストンを抜き出し、開放した際などに、その冷却効果及び同ノズルの閉塞状況、また、入渠時以外でも定期的にクランク室ドアを開放し、電動の予備潤滑油ポンプを使用して冷却油注油状況についての点検を行う必要があった。
ところで、乗組員は、運航船での時間を要する保守作業を実施することが困難な運航状況であったことから、約3箇月に1回各船での集中的保守を実施できるよう、予備船の点検整備期間とする1箇月のうち連続した2日の指定時期を調整し、一括公認雇入れのもとで休日を消化しながら各船に順次配乗されており、交替で乗下船を頻繁に繰り返していたA受審人ら6人の機関長が、主機をはじめとする各機器の職務分掌を明確に定められていなかったことから、冷却清水の補給量が増加した際、原因についての検討を提起する者が現れないなど、責任の所在が不明瞭な状況で機関の運転及び保守管理に従事していた。
また、B指定海難関係人は、C社の工務部長として、あさしお丸等の船体及び機関等の保船管理を担当し、あさしお丸が法定検査工事等で入渠する際には、その工事仕様を決定し、工事監督として現場作業に立ち会っており、ピストンの冷却がシステム油で行われることを承知していたものの、修理業者に対し、同船が新造されて以来一度も注油ノズルの点検を指示していなかったばかりか、各機関長に対し、定期的にクランク室ドアを開放し、電動の予備潤滑油ポンプを運転して冷却油注油状況を十分に点検するよう指示していなかった。
こうしたことから、主機は、運航船における潤滑油こし器の開放掃除等の簡易な日常的保守及び予備船における集中的保守が前記体制で行われていたほか、各シリンダのピストンが、毎年実施され5年間ですべてのシリンダの法定検査が完了するように策定された継続検査計画表に加え、B指定海難関係人が独自に策定した保守計画に基づき、2年に1回の間隔で抜き出し整備を繰り返されていたが、いずれにおいても注油ノズルの閉塞状況及び冷却油注油状況の点検が行われていなかった。
あさしお丸は、就航以来、注油ノズルに異物が徐々に堆積し、ピストン冷却油注油量が次第に減少する傾向にあったが、ピストンの冷却が阻害されるまでに至ることなく無難に運航を続けていたところ、平成14年7月下旬左舷主機用の電動渦巻式冷却清水ポンプの吐出圧力が異常に低下して脈動する現象を呈したことから、8月6日兵庫県津名郡淡路町岩屋に所在する修理業者に依頼して、同主機冷却清水系統の一部配管を取り外すなどしてその原因究明を試みたものの、冷却清水の流動を阻害するような異常が発見されず、復旧後に行った冷態での通水試験においても同現象が再現されなかったので、温態での同清水圧力変動の有無を確認する目的で、翌日海上試運転が実施されることとなった。
こうして、あさしお丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、B指定海難関係人を同乗させ、8月7日12時05分主機を始動し、船首2.5メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、同時18分試運転海域としていた大阪湾に向け岩屋港を発し、同時23分すぎ両舷主機を回転数毎分640、プロペラ翼角23度及びピストン冷却油圧力約4キロの通常運航時と同じ運転諸元として試運転を開始した。
ところが、あさしお丸は、依然として冷却清水圧力に変化が認められない状態が続いたので試運転を中止することになり、12時40分浦港南防波堤灯台から085度(真方位、以下同じ。)2.4海里の地点に至って反転し、同一運転諸元のまま岩屋港に向け帰港中、汚損が一際進行していた左舷主機4番シリンダのピストン冷却油注油量が著しく減少し、過熱したピストンから熱伝達を受けたシリンダライナも過熱したことから、同ライナ下部に装着されていたゴム製Oリングが損傷したので、シリンダジャケットの水密を維持できなくなり、冷却清水がクランク室内に漏洩して同室内の圧力が上昇する状況になっていたところ、12時50分岩屋港北防波堤東灯台から138度1,650メートルの地点において、A受審人がクランク室ドアに付設されていた安全扉の作動及び同扉などからの白煙の噴出を認め、同主機を停止した。
当時、天候は晴で風力3の南風が吹き、海上は平穏であった。
A受審人及びB指定海難関係人は、左舷主機4番シリンダのクランク室ドアが著しく高温になっていたことから、同ドアを開放したところ、多量の冷却清水がシリンダライナ下部から流出しているのを認めた。
その結果、あさしお丸は、左舷主機の運転を断念し、右舷主機のみの片舷運転で岩屋港に帰港し、さらに詳しい点検が行われ、左舷主機4番シリンダのピストン及びピストンピン軸受メタルなどが焼損し、シリンダライナには無数の縦傷が生じていたほか、注油ノズルが異物で閉塞していることが判明し、損傷部品を新替えするなどの修理のほか、多量の冷却清水が混入したシステム油全量の新替などが行われた。
本件後、B指定海難関係人は、他シリンダの注油ノズルにも異物が堆積していることを認め、ピストンの適正な冷却効果を維持できるよう、入渠時の整備施工業者及び約3箇月ごとの定期整備にあたる機関長に対し、注油ノズル及びピストン冷却油注油状況の点検を十分に行うよう指示するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
(原因についての考察)
本件は、兵庫県岩屋港南東方沖合において、左舷主機4番シリンダのピストンが冷却阻害された状態のまま運転が続けられ、同ピストン及びシリンダライナなどが過熱焼損するに至ったもので、以下、その原因について考察する。