(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年6月10日19時07分
播磨灘
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船ささゆり |
総トン数 |
250トン |
全長 |
43.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル16シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,993キロワット |
回転数 |
毎分1,790 |
3 事実の経過
ささゆりは、平成10年3月に進水した、兵庫県姫路港飾磨区と同県家島諸島各港間の定期航路に就航する軽合金製旅客船で、主機として、F社が製造した16V16FX型と称するV形ディーゼル機関2機を備え、右舷主機(以下「右舷機」という。)及び左舷主機(以下「左舷機」という。)は、左舷側のシリンダ列がA列、右舷側のシリンダ列がB列と呼称され、各列シリンダには船尾側から1番ないし8番の順番号がそれぞれ付けられていた。
主機の連接棒大端部は、連接棒本体と連接棒キャップとが斜めセレーション合わせとなっており、同本体とキャップとの間に薄肉完成メタルを組み込んだうえ、クランクピンに連結され、同ピンを挟んだ上部と下部にキャップ側から各1本の連接棒ボルトを締め付けて結合されていた。
ところで、連接棒ボルトは、全長120ミリメートル(以下「ミリ」という。)、ねじの呼びM20、ピッチ1.5ミリのニッケルクロムモリブデン鋼製で、慣性力や遠心力による繰返し応力を受けるため、傷や亀裂(きれつ)が存在すると応力が集中して折損に至るおそれがあるので、その取扱いには十分な注意を払う必要があった。
また、主機の潤滑油系統は、オイルパンに入れられた潤滑油が、直結潤滑油ポンプにより吸引されて加圧され、油圧調整弁、油冷却器、油こし器を経由して主管に至り、主軸受及びクランクピン軸受など各軸受部に注油されたのち、オイルパンに戻るようになっていた。
指定海難関係人Aは、C社の運航管理者兼海務部長の職務にあるほか、船体・機関の保守管理責任者として工務監督も兼務しており、ささゆりが平成14年2月に第一種中間検査工事を行うにあたり、工事内容を立案し、同月19日香川県内海町にある造船所に入渠した際、船内整備で行われた主機2機の開放・受検・復旧工事に立ち会った。
指定海難関係人Bは、機関の据付け、保守及び整備に携わるD社E支店の高速エンジン部長として、A指定海難関係人からの要請を受け、前示工事の技術指導のため、部下の技術員1人をささゆりに派遣した。
ささゆりは、右舷機の全数のピストン抜出し及び同クランクピン軸受メタルの新替えなどの開放整備が行われたとき、連接棒ボルトについて、目視点検とカラーチェックにより異常のないことが確認されて復旧工事を終え、2月28日海上試運転を行ったところ、入渠前から懸案となっていたシステム油圧力の低下傾向が解決されなかったので、同試運転を取りやめ、左舷機のみの片舷運転で造船所へ戻り、原因調査が行われた。
A指定海難関係人は、右舷機潤滑油圧力低下の報告を受けて来船したB指定海難関係人から、クランクピン軸受メタルの開放点検を行うことの指導・助言を受けた際、これに同意したものの、同人に対し、復旧にあたり連接棒大端部を適切に組み立てるよう指示しなかった。
B指定海難関係人は、部下及び造船所作業員を指揮して、全数の連接棒キャップを取り外させ、軸受下部メタルに異常のないことを確認したのち、同作業員に連接棒大端部の復旧を行わせる際、連接棒ボルトについて、合いマークまで締め付けるよう指示したが、目視点検を十分に行うよう指示しなかった。
右舷機は、連接棒大端部の組立てが作業員により28日夕方から夜間にかけて急いで行われたこともあり、連接棒ボルトの十分な目視点検が行われなかったので、A列3番シリンダの上部同ボルトねじフランクが打痕によるものか、ごみが付着したままの締付けによるものか傷ついた状態で取り付けられたが、このことが気付かれなかった。
ささゆりは、翌3月1日右舷機潤滑油圧力低下の原因が油冷却器の目詰まりであることが判明し、同冷却器の取替えなどが行われ、翌々2日海上試運転が行われたのち入渠工事を終えた。
ささゆりは、運航再開後、全速力時の主機回転数を毎分1,750として1日あたり8往復の運航が続けられるうち、前示連接棒ボルトねじフランクに生じていた傷に繰返し応力が集中し、同傷部に亀裂を生じ、これが進展する状況となった。
こうして、ささゆりは、4人が乗り組み、旅客17人を乗せ、船首1.0メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、6月10日18時50分姫路港飾磨区を発し、家島港に向け、両舷主機を回転数毎分1,750にかけ、速力26.0ノットで航行中、右舷機A列3番シリンダ上部連接棒ボルトが折損して連接棒キャップがクランクピンから外れ、クランク軸にたたかれて大端部がクランク室側壁を突き破り、19時07分尾崎鼻灯台から真方位054度3.2海里の地点において、右舷機が大音響を発し、船体振動が増大した。
当時、天候は晴で風力3の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
ささゆりは、右舷機を停止し、左舷機のみで続航して家島港に入港し、翌11日内海町の造船所において右舷機を開放点検した結果、3番シリンダにおいて、連接棒の曲損、連接棒ボルトの折損、クランク軸の損傷及びシリンダライナとシリンダブロックの破損などが生じていたほか、A列1番及び6番シリンダの連接棒ボルトが固着気味であることが判明し、損傷部がすべて新替えされた。
B指定海難関係人は、本件後、連接棒ボルトのねじフランクに生じた傷が折損の原因と判明したことから、工程の基本事項を文書化して施工業者に示すようにするなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
(原因)
本件機関損傷は、船側の工務監督が、第一種中間検査工事で主機海上試運転後、クランクピン軸受メタルの点検を保守・整備業者に行わせる際、連接棒大端部の復旧工事についての指示が不十分であったことと、保守・整備業者が、同大端部の復旧工事を造船所作業員に行わせる際、連接棒ボルトの点検についての指示が不十分であったこととにより、同ボルトねじフランクが打痕やごみが付着したままの締付けなどにより傷ついた状態で取り付けられ、同傷部に応力が集中したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が、第一種中間検査工事で主機海上試運転後、潤滑油圧力低下の原因調査のため、右舷機クランクピン軸受メタルの点検を保守・整備業者に行わせる際、連接棒大端部の復旧工事を適切に行うよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
B指定海難関係人が、主機連接棒大端部の復旧工事を造船所作業員に行わせる際、連接棒ボルトの目視点検を十分に行うよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後、工程の基本事項を文書化して施工業者に示すようにするなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。