(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年5月29日18時30分
北太平洋
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五萬漁丸 |
総トン数 |
137トン |
全長 |
38.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分600 |
3 事実の経過
第五萬漁丸(以下「萬漁丸」という。)は、平成元年11月に進水した、かつお一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、同6年2月に主機がC社製造の6N260-EN2型と称するディーゼル機関に換装されていた。
主機は、連続最大出力1,471キロワット毎分回転数750(以下、回転数は毎分のものを示す。)のディーゼル機関で、燃料噴射系統に負荷制限装置が取り付けられ、計画出力735キロワット同回転数600として登録されたもので、一体鋳造製のシリンダブロックに吊りメタル式の主軸受と溶接鋼板製のオイルパンを有し、シリンダブロックに直列にシリンダライナが嵌め込まれ(はめこまれ)、同ライナ上にシリンダヘッドが載せられた構造で、船首側からシリンダ番号が付されていた。
シリンダライナは、鋳鉄製で、上端のつば部にボアクーリングの通路を設け、裾部にはシリンダブロックとの間にOリングを装着して冷却水を密封していた。
主機は、過負荷運転の防止と燃焼管理の両面での目安として取扱説明書にシリンダ出口排気温度が400度を超えないよう記載されていたが、前示登録後、負荷制限装置が取り外され、航海時及び操業中には全速力の回転数を740までとして運転されていた。
萬漁丸は、平成11年12月に購入され、同時にB指定海難関係人が漁労長として、またA受審人が機関員としてそれぞれ乗り組み、翌12年3月から同受審人が機関長を引き継いで、操業を行っていたところ、同受審人が主機回転数の限度や、排気温度の制限を確認しなかったので、魚群を追ったり、水揚げのために市場に急いだりするときなど、主機が750回転を超えて運転されることが続き、同年6月ピストン及びシリンダヘッドの燃焼室面に亀裂(きれつ)を生じ、ピストンが割損(かっそん)して運転不能となり、損傷したピストン、シリンダヘッド、シリンダライナなどが取り替えられ、翌月から再び運転を開始し、同年12月には入渠(にゅうきょ)して定期整備としてピストン抜き整備が行われた。
B指定海難関係人は、漁労長として実質の主機操作の権限を有しており、ピストン割損事故後、機関整備業者から出力制限のためにハンドルの上限を下げるよう告げられたものの、過負荷運転に対する配慮を十分に行わなかったので、魚群を追うときなど速力を上げる際には、主機ハンドルを一杯に上げて運転を続けた。
A受審人は、主機のピストン割損事故の後、損傷状況、メーカー作成の損傷報告書、機関日誌の排気温度記録などにより、事故当時、過負荷運転になっていたことを認めたが、修理後も回転数と排気温度が制限値を超えて運転されることがあった際に、漁労長に対して過負荷運転をしないよう明確に指示しなかった。
主機は、漁労長の操作で事故前と同様に制限値を超えて運転されることがあり、前示定期整備入渠ののちも過負荷運転が頻繁に行われ、排気温度が制限値400度を超える運転が続けられるうち、ピストンが過熱してピストンリングに膠着(こうちゃく)するものが出た。
こうして、萬漁丸は、A受審人、B指定海難関係人ほか20人が乗り組み、船首2.2メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、平成13年5月28日11時05分神奈川県三崎港を発し、翌29日早朝から伊豆諸島東方沖合の漁場で操業を開始し、同日18時ごろ操業を終了して、次の漁場に向けて主機を700回転にかけて移動していたところ、主機6番ピストンがブローバイしてシリンダライナとともに焼損し、18時30分北緯33度59分東経142度56分の地点で、甲板上のオイルミスト放出管から白煙と水蒸気が噴出した。
当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
B指定海難関係人は、蒸気噴出の知らせを聞いて主機を中立回転とし、また、A受審人が、異常の連絡を受けて機関室に赴き、ハンドルを下げて主機を停止した。
萬漁丸は、僚船にえい航されて千葉県勝浦港に引き付けられ、精査の結果、主機6番ピストンのピストンリングが膠着して吹き抜け、同シリンダライナのOリングが破損して冷却水がクランク室に漏れ、主機2番及び同3番ピストンのピストンリングも膠着していることが分かり、のち損傷部品が取り替え修理され、潤滑油が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理が不十分で、運転制限値を超えて過負荷運転が繰り返されたことによって発生したものである。
主機の運転管理が十分でなかったのは、機関長が漁労長に対し、過負荷運転をしないよう明確に指示しなかったことと、漁労長が過負荷運転に対する配慮を十分に行わず、主機ハンドルを一杯に上げて操作していたこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、主機の運転管理をするに当たり、航海中、魚群を追尾したり、市場に急いだりするときに主機の排気温度が運転制限値を超え、回転数も定格値を超えることがあると認めた場合、実質上の操縦権を把握していた漁労長に、過負荷運転にならないよう明確に指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、過負荷運転にならないよう明確に指示しなかった職務上の過失により、しばしば主機が過負荷運転され、ピストンリングが膠着してブローバイする事態を招き、ピストン及びシリンダライナを焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、主機が過負荷運転にならないよう配慮しなかったことは、本件発生の原因となるが、機関長が過負荷運転についての指示を明確に行っていなかった点、及び、本件後、過負荷運転にならないよう配慮して制限値以内で主機ハンドル操作を行っている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。