(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年12月13日07時30分
鹿児島県吐
喇群島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船安隆丸 |
総トン数 |
75.40トン |
全長 |
34.70メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
536キロワット |
回転数 |
毎分655 |
3 事実の経過
安隆丸は、昭和56年2月に進水した、かつお一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、Z社が製造したT220-UT2型と呼称するディーゼル機関の主機及びY-850型と呼称する逆転減速機をそれぞれ装備し、操舵室に主機及び逆転減速機の遠隔操縦装置を備えていた。
逆転減速機は、油圧作動湿式多板クラッチを内蔵し、主機フライホイールとの間にたわみ継手を付設していた。たわみ継手は、外径765ミリメートル(以下「ミリ」という。)ボス径220ミリの鋳鉄製皿形円板状のもので、外周部に主機フライホイールと接続するための筒形ゴム及び座金を貫通した六角ボルト16本が取り付けられ、ボス端面と逆転減速機入力軸船首側端面との接合面のリーマ穴に長さ52ミリ外径26ミリのクロムモリブデン鋼製の平行ピン8本が挿入されたうえ、接合面がねじの呼び径20ミリ長さ60ミリの炭素鋼製六角ボルト(以下「ボルト」という。)6本により標準トルク22ないし23キログラムメートルで締め付けられるようになっており、また、適時、逆転減速機周りを点検することなどが取扱説明書に記載され、ターニングを行うと点検穴からの平行ピン端部の目視が可能であった。
指定海難関係人B(以下「B」という。)は、船舶及び内燃機関等の整備業を営み、工場が臼杵市に所在し、専務取締役Cが工場長の職務に就いており、平成10年4月15日に安隆丸の定期検査受検の目的で、逆転減速機を工場に搬入して開放整備工事を行い、たわみ継手接合面のリーマ穴に平行ピンを挿入し、ボルトを締め付けてこれに針金で回り止めを施し、ボス端面に同ピン端部をかしめた後、同機を復旧した。
ところで、安隆丸は、操業中には主機を停止回転数毎分300にかけたまま前進あるいは後進へ小刻みに使用するため、逆転減速機の遠隔操縦によりクラッチの嵌脱(かんだつ)が頻繁に繰り返され、その都度、たわみ継手に伝達されるトルクが変動していた。たわみ継手は、前示開放整備工事以降、長期間運転が続けられているうち、ボルトの締付接触面に存在していた微小な凹凸がつぶれて平坦化し、ボルト軸部に発生していた引張力(以下「ボルトの軸力」という。)が次第に低下して接合面にわずかな隙間を生じたことと伝達されるトルクが変動する影響とによる繰返し曲げモーメントが平行ピンに作用し、いつしか同ピンが次々と抜け落ちる状況になった。
A受審人は、同年5月13日に安隆丸の機関長として乗り組み、機関の運転保守のほか、操業中に甲板で漁労作業にあたり、逆転減速機のクラッチの嵌脱が頻繁に繰り返されていることを認めたが、これまでクラッチの嵌脱には支障がなかったことから異状がないものと思い、適時、逆転減速機周りを点検しなかったので、たわみ継手接合面の平行ピンが次々と抜け落ちていることに気付かず、そのまま運転を続けた。
こうして、安隆丸は、A受審人ほか13人が乗り組み、操業の目的で、同12年12月11日20時00分宮崎県目井津漁港を発し、13日01時40分鹿児島県吐 喇群島西方沖合の魚場に至り、主機を停止回転数にかけて操業中、逆転減速機の遠隔操縦によりクラッチを中立から前進に嵌入したところ、ついにたわみ継手接合面の平行ピン全数が抜け落ち、前示隙間でボルトに過大な曲げモーメント及びせん断力が作用し、07時30分北緯29度51分東経128度53分の地点において、ボルト全数が折損して異音を発した。
当時、天候は曇で風力4の北西風が吹き、海上は白波が出ていた。
A受審人は、船首甲板で異音の発生を知らされ、機関室に赴いて主機を停止した後、逆転減速機のたわみ継手接合面の平行ピン全数が抜け落ちてボルトが折損していることを認め、運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
安隆丸は、僚船に救助を要請して目井津漁港に曳航され、逆転減速機が業者により精査された結果、同機入力軸端面及びたわみ継手ボス端面等の損傷が判明した後、各損傷部品が取り替えられた。
(原因の考察)
本件は、逆転減速機のたわみ継手接合面の平行ピンが抜け落ちる状況下、ボルトが折損したものであるが、その経緯について検討する。
逆転減速機のたわみ継手接合面のボルト及び平行ピンに関しては、D課長に対する質問調書中、「たわみ継手接合面は、わずかな隙間が生じると、伝達されるトルクが変動する影響で繰返し曲げモーメントが平行ピンに作用し、同ピンが抜けることになる。その隙間が生じるのは、ボルトの軸力が低下するからである。ボルトの軸力が低下するのは、締付不足や締付接触面に存在する微小な凹凸がつぶれて平坦化したことなどが考えられる。また、平行ピンは、公差による中間ばめで、リーマ穴に軽くたたいて挿入することになるが、メーカでは傷を付けないために冷やしばめを行っている。ボルトが折損するに至ったのは、たわみ継手接合面の隙間で過大な曲げモーメント及びせん断力が作用したことが考えられる。」旨の供述記載がある。これらに逆転減速機の開放整備工事が行われてから本件の発生に至るまで2年半余りの期間を経過していることを勘案すると、同工事におけるボルトの締付け及び平行ピンの挿入等の取扱いが不適切であればそれほどの期間を経過せずにボルト折損の可能性が高いと考えられ、ボルトの軸力が低下したのは、締付接触面に存在する微小な凹凸がつぶれて平坦化したことによるものと認められる。
したがって、A受審人が適時、逆転減速機周りを点検しなかったことは本件発生の原因となる。
(原因)
本件機関損傷は、逆転減速機周りの点検が不十分で、たわみ継手接合面のボルトの軸力が低下して同接合面に隙間が生じたことにより、平行ピンが抜け落ちる状況のまま運転が続けられ、ボルトに過大な曲げモーメント及びせん断力が作用したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、操業中に逆転減速機のクラッチの嵌脱が頻繁に繰り返されていることを認めた場合、たわみ継手に伝達されるトルクが変動していたから、たわみ継手接合面の異状を見逃さないよう、適時、逆転減速機周りを点検すべき注意義務があった。しかし、同人は、これまでクラッチの嵌脱には支障がなかったことから異状がないものと思い、適時、逆転減速機周りを点検しなかった職務上の過失により、たわみ継手接合面の平行ピンが次々と抜け落ちていることに気付かず、そのまま運転を続けてボルトに過大な曲げモーメント及びせん断力が作用する事態を招き、ボルト及び同機入力軸端面及び同継手ボス端面等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
指定海難関係人Bの所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。