(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年11月8日10時20分
福島県小名浜港南南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一榮丸 |
総トン数 |
149トン |
全長 |
38.40メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,250キロワット |
回転数 |
毎分1,000 |
3 事実の経過
第一榮丸(以下「榮丸」という。)は、平成2年7月に進水したさんま棒受網漁業及びまぐろはえ縄漁業に従事する鋼製漁船で、B社製の6PA5LX型と称するディーゼル機関を主機として備え、主機の各シリンダを船尾側から順番号で呼称し、減速装置を介して主機の回転を可変ピッチプロペラに伝えるようになっていた。
主機のクランク軸は、表面に高周波焼入れを施したジャーナル部及びピン部の径が共に195ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鍛造品で、一方、クランクピン軸受メタルは、軟鋼製の裏金にケルメットを鋳込み、表面のオーバーレイとの間にニッケルダムと称するニッケル層を設けた4層メタルで、上メタル中央に設けられた油穴から下メタルにかけて回転方向にほぼ4分の3周に亘って油溝が設けられており、斜め割りセレーション合わせとなっている各連接棒大端部に組み込まれていた。
ところで、いわゆる中・高速機関のクランクピン軸受メタルは、ピストン及び連接棒等の慣性力の影響を受け、ピストンの上死点では、クランクピンの下側が下メタルに強く押し付けられて、メタルに接触する部分は磨耗するが油溝に相対する部分は磨耗しないため、同ピンにカムウエアと称する段付磨耗が発生し、ピストンの下死点では、段付磨耗の凸部が上メタルの油溝のない部分に当たるため、上メタルのオーバーレイ等が早期に剥離する傾向にあった。
そこで、B社では、主機の開放時にはクランクピンの段付磨耗量を必ず計測し、磨耗量が限界値の0.015ミリを超えているときには同ピンの表面を研磨し、磨耗量を許容値の0.010ミリ以下に修正するよう、平成4年10月に「クランク軸段付磨耗の整備時の点検・修正要領の件」と題するサービスニュースを関係先に配布して注意を喚起していた。
指定海難関係人Aは、宮城県気仙沼市に工場を有し、B社が製造した陸用機関及び舶用機関の整備、修理及び部品販売を主な業務としており、設備や整備士の有資格者数等の技術力が基準を満たしていると運輸局に認定されていることから、内燃機関整備点検記録を提出することによって船舶検査官による機関開放の立会検査が省略されていた。また、同社は、B社に整備業者専用の整備マニュアルがないことから、機関取扱説明書やサービスニュース等の情報に従って整備及び修理を行っており、前示のサービスニュースを入手後にクランクピン段付磨耗の研磨・修正用冶具を購入して整備体制を整えていた。
榮丸は、毎年さんま棒受網漁が始まる8月20日以前に1箇月ほど入渠して船体及び簡単な機器の整備を行うとともに、2年毎の入渠時に主機の開放整備を行い、年間4,500時間ほど主機を運転しながら操業に従事していたところ、同13年6月下旬に第1種中間検査を受検する目的で気仙沼港内の造船所に入渠し、主機の開放整備をいつものとおりA指定海難関係人に依頼した。
A指定海難関係人は、主機を開放した際、クランクピンの段付磨耗量が0.02ミリまで進行して限界値を超えているのを認めたものの、前回の定期検査時に研磨・修正した段付磨耗の計測結果が0.03ミリだったのに特に問題がなかったことから、次回の定期検査までは大丈夫であろうと判断し、クランクピン軸受メタルを全数取り替えただけでクランクピンの段付磨耗を研磨・修正しないまま、内燃機関整備点検記録のクランク軸欄には異常なしと記載し、また、連接棒大端部については内径計測結果が許容値内にあったのでそのまま継続使用することにして、全ての整備を終えた。
榮丸の機関長は、A指定海難関係人が提出した内燃機関整備点検記録を確認して署名したものの、同記録のクランク軸欄には異常なしと記載されていたので、クランクピンの段付磨耗量が限界値を超えていることを知る由もなかった。
その後、榮丸は、各連接棒大端部に新品のクランクピン軸受メタルが組み込まれていたものの、クランクピンの段付磨耗量が限界値を超えていたことから、主機の運転を続けているうちに各軸受上メタルの油溝のない部分の当たりが強くなって磨耗が進行するとともに、連接棒大端部の変形量が許容値近くまで進行していたこともあって、各軸受上メタルの潤滑条件が非常に厳しい状況となっていた。
こうして、榮丸は、船長ほか15人が乗り組み、さんま棒受網漁を行う目的で、同14年11月8日09時50分福島県小名浜港を発したのち、主機を回転数毎分900プロペラ翼角を17.5度に定めて同港南南東方沖合の漁場に向かって航行中、主機3番シリンダのクランクピン軸受メタルが異物を噛み込むなどしてクランクピンと金属接触を起こし、同メタルが焼損してクランクピンと共回りし始め、10時20分番所灯台から真方位158度5.3海里の地点において、主機の潤滑油圧力が低下した。
当時、天候は曇で風力3の南風が吹いていた。
主機の操縦ハンドル前で仕事をしていた機関長は、潤滑油圧力が低下しているのに気付いて主機の回転数を下げ、更に同圧力が低下するので直ちに主機を停止し、潤滑油こし器を開放して点検したところ、多量の金属粉を認めたので、主機の運転は不可能と判断して事態を船長に報告した。
榮丸は、救助船に曳航されて小名浜港に引き返し、同港において調査したところ、3番連接棒、クランク軸、全クランクピン軸受メタル及び主軸受メタルに損傷が判明したので、損傷部品を新替えするなどの修理を行った。
なお、本件時に使用されていた潤滑油は、前年の入渠時に取り替えられたもので、性状に異常は認められなかった。
一方、A指定海難関係人は、本件後、サービスニュース等の書類を機種別に整理し直すとともに、取扱説明書やサービスニュース等に記載された整備基準を厳守するよう徹底し、計測結果は基準値内であっても残すなど、品質管理体制の見直しを行った。
(原因)
本件機関損傷は、機関整備業者が、主機の開放整備時に限界値を超えていたクランクピンの段付磨耗を研磨・修正しなかったことから、各クランクピン軸受上メタルの油溝のない部分の当たりが強くなって磨耗が進行するとともに、連接棒大端部の変形量が許容値近くまで進行していたこともあって、各クランクピン軸受上メタルの潤滑条件が厳しくなり、同メタルとクランクピンとが金属接触を起こしたことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
指定海難関係人Aが、主機の開放整備時に限界値を超えていたクランクピンの段付磨耗を研磨・修正しなかったことは、本件発生の原因となる。
指定海難関係人Aに対しては、本件後、サービスニュース等の書類を機種別に整理し直すとともに、取扱説明書やサービスニュース等に記載された整備基準を厳守するよう徹底するなど、品質管理体制を見直して事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。